☽第9話 吟遊詩人と「鉄のからくり」
その日は休日だったが、リオとアウェルに変装したヴィソルは酒場に来ていた。
だが、今日の彼らの目的は「食事」ではない。「吟遊詩人に会うこと」だ。
彼に会って歌の内容を確かめたいのだと、ティアが願ったからだった。
「けど、王女さん。歌の内容を確かめるって、どーしていきなりそんなことを?」
小声で訊ねるリオに、ティアもまた小声で返した。
ティアまで小声になる必要はないのだが、雰囲気に飲まれたのだろう。
〈以前、あのお方が歌っているのをお聴きした時から、なんとなく気になっておりましたの。変わった詞だったせいもあって、妙に記憶に残っていたのですが……。ヴィソル様から鉄の心臓についての一節をお聴きした時、ハッとしましたの。あの歌の詞と、重なる部分があるのでは……と〉
「えっ、そーなのか?……そーいや王女さん、あのおっさんのこと妙に気にしてたことあったもんな。……けど、いっつも酒場の客たちの大声にかき消されて、ろくに詞なんか聞こえてこなかったからな。気にしたことすらなかったぜ。えーっと……どんな歌だったっけな?」
リオは首を傾げて考えてみるが、詞などひとつも浮かんでこなかった。
「……おい。セルランティアが何とおっしゃっているのか、私にも教えてくれないか」
ふいに、ヴィソルが不機嫌そうに声をかけてきた。
自分にはティアの声が聞こえないので、まるで二人が内緒話しているように感じられて不快なのだろう。
リオは意地悪くニッと笑い、
「どーしよっかなー。教えてやってもいーけど、タダじゃなぁ~」
などともったいぶっている。
ヴィソルはムッとした顔つきでリオを見返し、前髪を片手でかき上げた。
「なんだ、その不遜な態度は? 自分だけがセルランティアにとって特別な存在だとでも思っているのか?」
「さーあ、どーかね。……けど、まだたった数日しか王女さんと会ってねーあんたよりは、王女さんに近いとこにいんじゃねーの? なんたって、王女さんには俺のあーんなとこやこーんなとこだって見られてるわけだし?」
〈リっ、リオフリード様っ? 突然、何をおっしゃいますのっ!?〉
ティアの焦り声が聞こえたと同時に、ヴィソルの顔色が変わった。
(やべ……っ、言い過ぎた!)
リオは即座に後悔したが、言ってしまったことは今さら取り消せない。内心冷や汗タラタラだったものの、表面上は平静を装う。
「貴様……。気にはなっていたものの、深く立ち入るのはよそうと決めていた事柄をわざわざ己の口から……っ」
ヴィソルは怒りに顔を歪め、流れるような動作で利き手を腰へと持っていった。
だが、そこには王族である証の重厚な剣帯も、愛用の剣もない。
腰から下げた粗末な麻の小袋の手触りで、変装中だったことに気づいたのだろう。ヴィソルはハッとしたように固まった後、素知らぬふりで懐へと片手を移動させた。きっと、そこに短剣でも忍ばせているに違いない。
(ちょっ、待て待て! 口が滑っただけだ! マジで剣とか出してくんじゃねーってっ)
〈落ち着いてください、ヴィソル様! 今のはリオフリード様の戯れですわ! わたくし、リオフリード様のあんなところやこんなところなど拝見しておりません! リオフリード様がお体を清めていらっしゃるのは、わたくしが眠っている間ですのよ!? お着替え中だって、わたくしは目を閉じておりますわーーーっ〉
焦るリオとティアをよそに、ヴィソルは懐に手を入れたままゆるりと立ち上がった。
すると、いつもの喧騒に混じって吟遊詩人の弱々しい歌声が聞こえてきて、一同はハッと息を呑む。
「来たぞ、あのおっさんだ!」
「ようやく現れたか!」
開店と同時に店に入り、ずっと吟遊詩人が来るのを待ち構えていた二人は同時に立ち上がった。
足早に近づき、吟遊詩人の片側を二人で囲むようにして立つ。
「ひぇッ!?……な、ななな何だね何だねあんたたちっ? 俺に何の用だってんだっ?」
席の片側を若い男二人に囲むように立ちはだかれ、吟遊詩人は心底怯えているようだった。竪琴を腕に抱いて二人を見上げ、声は微かに震えている。
「すまない、驚かすつもりはなかった。ただ、あなたの歌を聞かせてもらいたいだけなんだ」
「そーそー! 吟遊詩人のおっさん、早くあんたの歌を聴かせてくれよ!」
吟遊詩人は何度か目を瞬かせた後、ホッとしたように肩を落とした。
「なんだ、俺の歌を聞きたかっただけか。それならそうと最初に言ってくれよ。殴られるんじゃないかと身構えちまったじゃないか」
「いきなり殴るわけねーだろ! 俺らのこと何だと思ってんだよ!」
街のゴロツキだとでも思われていたのかと、リオはムッとして言い返した。ヴィソルは前のめりになっているリオを手で制し、もう一度頼み込む。
「こいつのことは気にしないでくれ。口も態度も悪いのは確かだが、乱暴を働くような者ではない。とにかく、あなたの歌を聴かせてほしいんだ。お願いできるだろうか?」
吟遊詩人は「とうとう俺の歌を真剣に聴いてくれる者が現れた」とでも思ったのか、嬉しそうに笑って何度もうなずく。
「ああ、ああ、お安い御用だとも。俺の家に代々伝わってきた古い歌なんだ。これを歌い継いでいくのが我が一族の役割でね。クックック。ようく聴いていてくれよ?」
そう言うと、吟遊詩人はいつもと違った張りのある声で歌い出した。
~お后様は還れない 黒猫の待つあの日には
王は願った
「戻らぬ夏よ、今一度
后を黒猫のいた世へ還らせよ」と
完成せしは大いなる鉄のからくり
王は后の手を取りて
からくりに繋がる銀の道 喜び勇んで歩を進めん
嗚呼、されど 歯車狂った鉄のからくり
王も后も賢き者も 遥か彼方へ吹き飛ばし
城は厚い灰の底 残りし者はただ一人
其の者の戒め風に乗り 国中を駆け巡る
「人の手で壊せぬものなれば 二度と近づけてはならぬ」
これは悲しきおとぎ話
明日を恐れ昨日を追った 愚かな王のおとぎ話~
歌い終わると、吟遊詩人は「どうだ?」と言いたげに薄く笑って二人を見上げた。
とたん、ギョッとなる。二人が恐ろしいほど真剣な顔で固まっていたからだ。
「え……? ど、どうしたんだい、あんたたち? 俺の歌……何か気に入らないところでも……?」
ビクビクしつつ訊ねる吟遊詩人の声も、二人には全く耳に入っていないようだ。
ただ、青い顔で詞の一部をつぶやいた。
「完成せしは大いなる鉄のからくり……?」
「からくりに繋がる銀の道……だと?」
思わぬところで聞き覚えのある言葉が出てきて、二人は呆然と立ち尽くした。




