☀第7話 挙動不審な侍女
ティアとリオに重大な秘密を告げた後、ヴィソルは地下道から帰っていった。
そのすぐ後。ネストを城まで送っていっていたカティが戻ってきたが、部屋を支配する重々しい空気に気づいたのだろう。彼女は怪訝そうに首を傾げた。
「セルランティア様。お顔の色が優れないようですが、何かおありになったのですか? ヴィソル様は何をお話しなさったのです?」
まだ整理しきれていない話ではあったが、ティアはカティにヴィソルから告げられたことを語った。
全て聞き終わると、さすがのカティも動揺を隠せなかったらしい。青い顔で「鉄の心臓……?」とうわ言のようにつぶやいた。
「まさか、そのような恐ろしい装置が城の地下に……。しかも、街にいるリオフリードという少年の中に、暗殺されたセルランティア様の魂がいらっしゃるだなんて……」
カティはゆるゆると首を振り、片手で額を押さえた。
「そのお話をなさったのがヴィソル殿下以外のお方でしたなら、にわかには信じられなかったでしょう。……ですが、私は目の前にいらっしゃるセルランティア様の中に、リオフリードという少年の魂が巣食っていることをすでに存じておりますし。受け入れるしかないのでしょうね……」
言いながら、カティの顔色はどんどん悪くなっていく。
心配になったティアはテーブルの椅子を引き、座るよう促した。
「い、いいえ。どうかお気になさらないでください。私は問題ございません。少々驚いただけですので……」
「ダメよ、カティ。そんな青い顔をしているのに無理をしないで。お願いだから座ってちょうだい。それでも拒否するのなら、命令をしなければいけなくなるわ。わたくしにそんなことをさせないで?」
主人にここまで言われてしまっては、彼女に残された道はひとつだ。
カティは観念したかのように腰を下ろした。
「ああ……。ごめんなさいね、カティ。あなたがここまで動揺するだなんて思ってもいなかったのよ。もっと少しずつ伝えればよかったわね。一度に聞かせる話ではなかったのだわ。本当に申し訳ないことをしてしまって……」
普段、少々のことでは表情を崩すことのないカティ。その彼女が真っ青になっているところなど見たこともなかったティアは、今にも泣き出しそうに声を震わせた。
「セルランティア様、ご心配には及びません。どうか……どうか、私のことはお気になさらないでください」
カティは膝の上でギュッと両手を握り締めている。その手は微かに震えていて、どう見ても問題ないようには思えなかった。
「カティ……。お願いだから無理はしないで? 手がこんなに震えているもの。心配いらないわけがないわ」
ティアの声で初めて気がついたかのように、カティは震える両手を胸の前で包み込むように重ね合わせた。必死に震えを止めようとしているように見えた。
「申し訳ございません。私としたことが……」
〈おいおい。どーしちまったんだよ、カティの奴? いっつも何聞いたって平然としてるクセに、どー考えてもおかしーだろ〉
リオも心配しているようだ。うろたえたような声が響く。
「本当に問題ございません。ほんの少し頭痛がしただけですので……。顔色が悪く見えているとしましたら、そのせいでございます」
カティは胸に手を当てて深く息を吐き出すと、いつもの澄ました表情を作ってみせた。
しかし、顔色は未だ蒼白で、無理しているのは明らかだった。
(頭痛で手が震えるなど、聞いたこともないし……。カティ、本当にどうしてしまったの?)
ティアはカティの向かい側にある椅子を彼女の横まで移動させた。そしてそこに座ると、彼女の肩にそっと手を置く。
「ねえ、カティ。本当にただの頭痛なの? もしもそうだったとしても、手が震えるなんてよほどのことだわ。宮廷医に診ていただいた方がよいのではないかしら?……ね? そうしま――」
「ただの頭痛でございます! その必要はございません!」
いきなり鋭い声を上げられ、ティアはカティの肩から反射的に手をどけた。
カティはハッと我に返ると、反省したように声を落とす。
「も……申し訳ございません、セルランティア様。ご心配くださったのに大声を上げてしまうなんて……。ですが、本当に問題などないのです。どうか、私のことなど捨て置いてくださいませ」
必死に平然を装おうとしているが、視線は絶え間なく泳いでいる。まるで、どこかに潜む〝見えない誰か〟に怯えているかのようだった。
〈なあ、王女さん。やっぱりおかしーって。疑いたくなんかねーが……カティの奴、『鉄の心臓』について何か知ってることでもあんじゃねーのか?〉
「えっ?」
思わず声を上げてしまい、ティアは慌てて口元を片手で押さえた。
不安げに彼女を見つめるカティに、「なんでもない」という意味を込めて首を振って笑ってみせる。
「あ、そうだわ。落ち着くためにも、何か口にした方が良いと思うの。……カティ。本当に問題ないのであれば、飲み物を用意してきてもらえるかしら?」
カティは無言でうなずき、ゆっくりと立ち上がった。
とたん、脚がもつれたのか、テーブルの端に腰のあたりをぶつける。
「カティっ?」
ティアが驚いて声を上げると、カティは「し、失礼いたしました」とだけ告げ、逃げるように部屋から出ていった。
〈やっぱりなんかあるな、カティの奴……〉
呆れと心配の入り混じったようなリオのつぶやきに、ティアは無言でうなずいた。
恐らくカティは何かを隠している。
そうでもなければ、あれほど有能な侍女であるカティが、連続して動揺を表に出すような失態を犯すはずがない。
ティアはとっくに見えなくなっている彼女の影を追うように、しばらく扉を見つめていた。
姉のように慕うカティが、何か抱えているものがあるのであれば助けになりたい。
そうは思うものの、自分にできることなどあるのだろうかと、途方に暮れもするのだった。




