☽第6話 古文書の矛盾
まだ完全に心を許し合ってはいないものの、手を組むと決めたリオたちは、ひとまず彼の家へ場所を移した。
何せ、人に聞かれたらマズい話ばかりだ。
この家なら人目を気にせず話せるし、これからのことを話し合うにはちょうどいいと判断したからだった。
リオの家の古ぼけたテーブルに向かい合って座ると、ヴィソルが口を開いた。
「まずは私たちの目的を明確にしよう。目的の第一は、先の世から飛ばされてきたというおまえとセルランティアの魂を体から抜き出すこと。それを再び過去へ送ることだ」
「えっ!? 入り込んじまった魂を抜き出す!? それをまた過去に……って、そんなことできんのかよ!?」
「……いや、それはまだわからない」
「はあッ!? 何だよそれ!?」
「できるかできないかはひとまず置いておいて、『どうしたいか』を考えるんだ。おまえは元に戻りたくはないのか? このままおまえの中にセルランティアが残り続けても良いとでも?」
「えっ。いや……それは困るけど……」
「ならば、目的のひとつはそれだろう? その目的を達成するためには、『鉄の心臓』について知ることが不可欠だ。だから、目的の二つめは〝鉄の心臓の謎解明〟ということになる」
「お……おう。けど、そんなもんどーやって調べんだよ? あんたが教えてくれた古文書のなんたらしか、王家には残されてなかったんだろ?」
「ああ、そうだ。だからまずは、古文書の一節を読み解くことから始めるべきだろうな。今のところ、二人の体を元に戻す方法を探る手がかりはそこしかない。一節は覚えているか?」
「ええっ!? お、覚えてるわけねーだろ! あんなわけのわかんねー長ったらしいヤツ、一発で覚えられっかよ!」
「まあ、そうだろうな。私は陛下から教えていただいた折に、一度で覚えてしまったが」
「なっ、な、なにぃ!? あんな長いの一発で!? おまえ、どーゆー頭してんだよ……」
呆れるやら恐ろしいやらで、リオは体ごと引いてしまった。
ヴィソルは何でもないような顔をして聞き流すと、懐から小さく折りたたまれた羊皮紙を取り出し、あちこちに油染みが残る卓上に広げてみせた。
「私には必要ないが、おまえに説明するために書き写しておいたものだ。よく頭に入れておけ」
広げられた紙には、思わず見惚れてしまうほど洗練された美しい文字が並んでいた。あの長々とした古文書の一節が書き連ねられているに違いないが、リオは気まずく目をそらした。
「わざわざ書いてきてもらったってのに悪ぃーけど、そんなもん見せられても何が書かれてっかわかんねーよ。……俺、字なんか読めねーし」
「何? 字が読めない?」
〈えっ? そうだったのですか、リオフリード様?〉
驚いたようなヴィソルとティアの様子に、リオはムスッとして言い放つ。
「ったりめーだろ! 俺んとこは両親が早くに逝っちまったし、大工見習いとしてガキん頃から働いて、妹と二人、食ってくだけで精一杯だったんだよ! 文字なんて教えてもらえる環境になかったんだ!」
リオの言葉に、ヴィソルもティアも少なからず衝撃を受けているようだった。王族と庶民の差をまざまざと見せつけられ、申し訳ない気持ちになっているのかもしれない。
「そ、そうか。それはすまなかったな。そこまでは思い至らなかった」
ヴィソルはそう言って再び羊皮紙をたたみ、懐へと戻した。
「では、私が少しずつと伝えることにしよう。まずは最初の部分。『常闇を退けし虹色の髪と虹の眼宿せし者、鉄の心臓に命巡らす鍵とならん』。これはつまり、虹色の髪と瞳の色を持つ者こそが、〝鉄の心臓〟を起動させる鍵だということを知らせているのだろうな。つまりはセルランティアだ」
「ああ。さすがにそこは俺にだってわかるって。次は何だ?」
「『其の者のみ銀脈に影を落とさむ時、魂を去りし日に遡らせん』だ。セルランティアのみが銀脈に姿を映す時、魂を去りし日に送ることができるという意味だろう」
「王女さんのみを?」
〈それはおかしいですわ。あの時、銀脈に映っていたのはわたくしだけではございません。リオフリード様もご一緒に映っておりましたわ〉
「えっ? そーなのか、王女さん?」
「どうかしたか、リオフリード? セルランティアが何かおっしゃっているのか?」
「ああ。王女さんが、銀脈に映ったのは自分だけじゃねーって。俺も映ったって言ってる」
「おまえ――いや、先の世のおまえも?」
「そー、ちょっと先の俺も。――って、どーゆーことなんだろーな? さっきあんたが言ってたことによると、過ぎし日に戻れる条件は王女さんのみが銀脈に映ることだろ? けど、俺も一緒に映っちまったのに王女さんはこーして過ぎし日に戻されちまって……」
「そうだな。確かに妙だが……こうは考えられないか? セルランティアのみが映る必要があったにもかかわらず、想定外のことが起こり、おまえも同時に映り込んでしまった。本来ならその時点で鉄の心臓の起動条件は解除されるはずだが、そこでまた想定外のことが起こり、起動は解除されなかった」
「想定外のことって?」
「わからない」
「わかんねーのかよ!」
ガックリきてリオが軽く睨むと、ヴィソルは平然と言い返す。
「私は科学者でも鉄の心臓の発明者でもないのだから、わからなくて当然だろう。だからこそ調べる必要がある、と言っているんだ。だが……」
「なんだよ? なんか考えてることあんなら言ってみろよ」
「その想定外のことが起こったからこそ、先の世のおまえがセルランティアの中に。先の世のセルランティアがおまえの中に……という、奇妙なことが起こったのではないか? おまえが映り込むことさえなければ、セルランティアの魂は過ぎし日のセルランティアの中に、自然と収まったはずだ」
ヴィソルの意見に、リオはなるほどとうなずいた。
「そっか、確かにな! 俺さえ映り込まなきゃ……って、こんな妙なことになっちまってるのは俺のせいってことかよ!」
「そういうことになるな」
「な――っ!」
あっさりと肯定されてムカついたものの、どう考えても自分のせいだ。リオはムググと詰まってしまった。
そんなリオには全く構うことなく、ヴィソルは淡々と自説を述べた。
「つまり、次の『これを除きて、この鉄の機巧を呼び醒ます術なきものと心得るべし』という言葉は誤り、もしくは、発明者の想定を覆すことが起こってしまったゆえの事象、ということになる。……さて、どうしたものか。元に戻る方法など、今の段階では何一つ浮かびはしないが……」
考え込むヴィソルを前に、リオも思わず黙り込む。
すると、今まで沈黙していたティアがおずおずといった様子で声をかけてきた。
〈あの……リオフリード様。わたくし、実は以前より気になっていたことがございますの。お聞きいただけますか?〉
「ん? ああ、もちろん。気になることがあんなら遠慮なく言ってくれよ」
ティアが何か言っていると知り、ヴィソルは顔を上げてリオに視線を移す。
二人から注目されて縮こまりつつも、ティアは以前から気になっていたことを告げた。




