☀第4話 不気味な装置と黒幕の影
「ヴィソル様。先ほど、『このようなことが起こると断言できない』とおっしゃっていましたけれど……。鉄の心臓とはどう考えましても、人の意識――いいえ、魂でしたかしら。魂を過ぎし日に送るための装置なのではございませんか?」
ティアの問いかけにヴィソルは浮かない顔でうつむき、小さく首を横に振った。
「え? そうではございませんの?」
「いいえ。『魂を過ぎし日に送る』という意味のみでしたら、確かにそうなのでしょう。しかし……」
「何か、気になっていらっしゃることでも?」
ヴィソルは片手を口元に当て、しばらく考え込んでいるようだった。
だが、意を決したかのように顔を上げると、ティアをまっすぐ見つめる。
「鉄の心臓が誠に『魂を過ぎし日に送ることのできる装置』なのだとしたら、これはものすごいことですよ。未だかつて、そのような装置を作り得た科学者などどこにもいないのですから。奇跡的な大発明と言ってもいい」
「え、ええ……。確かにそうですわね。魂を過ぎし日に送ることのできる装置がこの世にあるだなんて、リオフリード様とお会いしていなければ信じられなかったと思いますもの」
「ええ、私もです。セルランティアからリオフリードという少年の話を、そして……街で偶然知り合ったリオフリードという少年の中に、先の世のあなたの魂が入り込んでしまっていることを存じ上げなければ、とても信じる気にはなれなかったでしょう」
「えっ?」
〈なにぃっ!?〉
ティアとリオは同時に声を上げた。
今、ヴィソルは何と言った?
街で偶然知り合ったリオフリードという少年?
先の世のあなたの魂が入り込んでしまっている……?
「ど、どういうことなのですか、ヴィソル様! 街で偶然って……。わたくしの中にいらっしゃるリオフリード様の過ぎし日のお姿――リオフリード様ご本人とお知り合いだったのですか!? しかも、先の世のわたくしの魂が、今街にいらっしゃるリオフリード様の中にいると……そうおっしゃいますの?」
興奮ぎみで訊ねると、ヴィソルはフッと笑ってうなずいた。
「ええ、そのとおりです。私はあなたとの再会を果たした後、しばらくしてから、街でリオフリードに会ったのです。いいえ、会ったというより……街で平民の姿で情報収集していた折に、あなたの秘密を口にしている男を偶然見かけましてね。何者かと思って後をつけたのです。数日見張っていた矢先に彼が屋根から落ち、私が慌てて受け止めたのが縁の始まり――と言うわけなのです」
〈俺が屋根から落ちたぁ!?〉
「わたくしの秘密?」
それぞれ違うところに驚いていたものの、もし二人共に体があったら、顔を見合わせていただろう。
だが、今話せる状態にあるのはティアだ。まずは彼女が気になるところを訊ねた。
「わたくしの秘密を口にしていたというのは……リオフリード様のことですの?」
「ええ、もちろん。街を歩いている時に、いきなり耳に入ってきたのです。『えっ? 王女さんの髪って、金は金でも赤みがかった金じゃなかったか?』と言っている男の声がね」
「ええっ!? わたくしの髪色のことを?」
「そうなのですよ。セルランティアの生まれついての髪色を知っている者など、出産時に彼女を見ていた者と、塔に迷い込んで被り髪をしていない時のあなたを目にしてしまった私。ごく少数しかいないはずなのです。エルイグニス陛下は、出生時にあなたの髪と瞳の色に恐怖を覚え、すぐさまその場にいた者たちに大金を与えて口止めなさったのですからね」
「えっ、そうなのですか? お金を渡して口止めなどと……。お父様は、そこまでなさってわたくしの髪と瞳の色を隠そうと……」
自然と声が小さくなっていく。
鉄の心臓のことを知って事情はわかったこととは言え、自分のせいで父に精神的にも経済的にも痛手を与えていたのかと思うと、やはりこたえた。
「セルランティア、どうか気を落とされませんように。陛下はあなたとお后様をお守りするために、あなたとお后様、そして最も忠実な乳母の三名を塔にお移しになったのです」
「ええ、わかっておりますわ。わかっておりますけれど……」
うつむくティアの両手を取り、ヴィソルは胸の前で握り締めた。
〈ゲッ。こいつ、また性懲りもなく……!〉
苦々しく思うリオの前で、ヴィソルは真剣な顔で語りかける。
「お気持ちはお察しいたします。ですがセルランティア。鉄の心臓は、陛下が恐れをお抱きになるのも当然と思われるほどの不気味さに包まれているのです。王家の年代記に鉄の心臓に関する記述が一切ないことからも、その異様さが窺えます」
「えっ? 記述が一切ない?」
「はい、一切ないのだそうです。……不気味でしょう? あれほど奇跡的な代物です。発明者や、どのように使われたかなどが記されていて当然だと思われるにもかかわらず、ほんの一行すら記されていなかったのだそうです。残されていたのは記述者の名も書かれていない、あの古文書の一節のみなのですよ」
「まあ……。それは確かに不気味ですわね」
「ええ。であるからこそ、陛下はあなたを鉄の心臓に近づかせたくなかったのです。『魂を過去に送る』だけで済まぬ可能性があったのですから」
「そう……なのですね。鉄の心臓のもたらす結果がハッキリしていないからこそ、お父様はわたくしを……」
鉄の心臓の存在は確かに不気味だが。
父王はそれから必死に守ろうとしてくれていたのかと思うと、ティアの心は慰められた。
今までずっと、自分は父に疎まれているのでは? という疑惑が、どうしても捨てきれずにいたのだから。
長年のわだかまりが解け、安堵している部分もあった。
「しかし、先の世から送られてきたというあなたとリオフリードが、こうしてここにいるということは、恐れていたことが起きてしまったのですね。しかも、あなたは何者かによって殺され、リオフリードもまた殺された……。そのような悲劇が起こっただけでは終わらず、あなたの魂は本来入るべき自らの身体ではなく、そこに居合わせ、共に銀脈に姿を映してしまったリオフリードの体へ。そしてリオフリードの魂はあなたの体へ。ここまで不可思議なことが起ころうとは……」
ヴィソルは握っていたティアの両手をそっと離し、片手で額を押さえてゆるゆると首を振った。
「つまり、先の世の私も陛下も、大切な方をお守りすることができなかったというわけですね。恐れ、警戒していた以上のことが、こうして起こってしまったのですから――」
辛そうなヴィソルの様子に、ティアの胸はツキリと痛んだ。
どう慰めてよいのかもわからず、ただうつむいていることしかできなかった。
やがて、ヴィソルはポツリとつぶやいた。
「あなたに銀脈の大回廊を歩かせた者……」
「え?」
暗い声にハッとして顔を上げたティアの目に、今まで見たこともない、ヴィソルの怒りに燃えた顔が映った。
「陛下ならば、絶対にそのようなことをあなたに強いたりはなさいません。必ず他に、そう仕向けたものがいるはずなのです。その者を何としてでも探し出し、制裁を加えなければ。陛下の――私の大切な方の運命を狂わせた者を、私は決して許しはしない……!」
自分のために強い怒りを抱いてくれているヴィソルをありがたく思う反面、ティアには少々恐ろしくも感じられた。




