☽第2話 ケンカはやめて
ヴィソルがリオ(とティア)を案内したのは、街外れにある森の奥だった。
体はティアからリオに替わっている。
途中で整備された道を外れ、足元の悪い獣道を進まなければならないところがあるのだそうだ。そうすると、リオが体を使った方がいいだろうということになり、黙々と歩いているわけだが……。
「おい。森に入ってから結構経ったけど、いつまで歩いてりゃいーんだ? 獣道ってのはいつ見えてくんだよ?」
体力には自信があるものの、足元の悪い道を歩くのはそれほど経験がない。リオはいい加減ウンザリしていた。
ヴィソルは前を向いたまま、軽く肩をすくめる。
「まったく、だらしないな。もう音を上げたのか? 森の入口から、まだ百歩すら歩いていないというのに」
「はあ!? 百歩のわけねーだろ! テキトーなこと言ってんじゃねーよ!」
リオがムッとして言い返すと、ヴィソルはやれやれとでも言いたげに首を横に振った。
「体をおまえに戻したのは失敗だったな。セルランティアならば、弱音などは絶対口にしたりしなかったろうに。いくら同じ声であっても、言葉遣いが汚くなるとここまで不快な気持ちになるものなのだな。よく覚えておこう」
「な――っ!……んだとぉ、このヤローっ!」
リオはギリギリと歯噛みし、胸の前でキツく拳を握った。
〈リ、リオフリード様! どうか落ち着いてくださいませ。ヴィソル様も悪気があっておっしゃったわけでは――〉
「いや! どー考えても悪気あんだろ! それになー、王女さん。悪気なきゃー何でも許されるって思ってんだったら大違いだからな! 悪気なくたって悪いもんは悪――っ」
「着いたぞ、獣道に。ここを入っていけば、地下道に続く扉まではもう少しだ」
仲裁してきたティアに意見しようとしていた真っ最中、ヴィソルが立ち止まった。
前をよく見ていなかったリオは彼の肩に鼻をぶつけ、思わず「イテッ!」と声を上げた。
「いってーなぁ! いきなり立ち止まんじゃねーよ!」
片手で鼻を押さえつつ文句を言うと、ヴィソルは呆れたように大きなため息をついた。
「おまえはいつも、何かに対して怒ってばかりいるな。そういう男と、私のセルランティアが常に共にいるのかと思うとウンザリする。できるだけ早く元に戻る方法を見つけなければ、彼女にも悪影響を及ぼすだろう。本当にどうしたものか……」
「おま――っ! 今、どさくさに紛れて『私のセルランティア』とかって言ったな!? 図々しいことサラッと口にしやがってコノヤローッ!」
「図々しい? 『私の婚約者であるセルランティア』のうち、『婚約者である』が抜けていただけだろう。大して差がないところで、いちいち突っかかってくるものではないぞ」
「『大して差がない』ぃい!? あり過ぎだっつーんだ、この色ボケ王子がッ!! 〝婚姻式〟っつーもんを挙げるまで、王女さんは誰のもんでも……いや! 婚姻式が済んだって王女さんは王女さんだけのもんなんだからな! 勝手に私有物にしてんじゃねーよ!」
〈リ、リオフリード様っ。少し落ち着いてください。わたくしのことで、ヴィソル様と口論などしていただきたくはございません!〉
ティアは必死に声をかけてくるが、リオとしてはここで引き下がるわけにはいかない。ヴィソルを正面から睨み据えた。
ヴィソルはヴィソルで、腕を組んでリオを睨み返している。
「ほう? 『婚姻式が済んでも』ときたか。……確かに、たとえ契りを交わしたとしても、彼女の全てが私のものになるわけではあるまい。だが、心はどうだ? 心のみならば、おまえではなく私の方が手に入れる権利も資格もある。何せ婚約者なのだからな!」
「な……っ、なにぃいいい……!?」
二人は完全に戦闘態勢に入った。
どちらかが口火を切れば、取っ組み合いのケンカがいつ始まってもおかしくない状態だ。
リオがケンカのきっかけを自ら作ろうと口を開いた、その時だった。
〈おやめください、リオフリード様ッ!! 『秘密の地下道』はもうすぐそこですのよ!? わたくし、早く行ってみたいですわーーーーーッ!!〉
リオが初めて聞く、鼓膜がビリビリ震えそうなほどのティアの大絶叫だった。
「そ、そーだった! 秘密の地下道は目の前なんだもんな、王女さん! おらっつ、色ボケ王子! 王女さんも早く行きたがってる! さっさと案内しやがれ!」
リオはようやく我に返り、獣道を指差してヴィソルを急かした。
「……まったく、おまえという奴は……」
ヴィソルはこれみよがしに大きなため息をついてみせる。
だが、ティアも行きたがっていると聞いては無視することもできない。獣道に分け入ると、先を立って歩き出した。
「着いたぞ、ここだ」
今度はリオが文句を言うほどの距離はなかった。本当にそれほど経つことなく〝秘密の地下道へと続く隠し扉〟の前まで来たようだ。
「えっ、マジかよ!?――どこだ!? どこに扉があるっつーんだ!?」
興奮してキョロキョロするリオに、ヴィソルは無言で前方を指差した。
その先にあったのは、木々に埋もれるように立つ大人の腰までの高さの古ぼけた石碑だった。表面は苔でビッシリと覆われており、刻まれている文字らしきものすらろくに確認できない。どこからどう見ても、ただの忘れ去られた石碑だった。
「はあ? これが隠し扉だぁ? ただの古びた石じゃねーか。おちょくってんのか?」
ムッとするリオを呆れたように一瞥すると、ヴィソルは無言で石碑へと近づいた。
石碑の端を両手で掴み、力を込めて右へ直角に動かす。ズズズと土を擦る音がし、石碑に隠されていた地面から、大人一人が通れそうな大きさの真四角の金属製の板が現れた。
「ぅおっ! 石碑が動いて下から金属の板ぁ!?……けど、これどーやって開けんだ? 取っ手も何もついてねーじゃねーか」
「慌てるな。誰かがうっかり開けられぬよう、二重の仕掛けになっているんだ」
言いながらヴィソルは数歩ほど移動し、大人の縦の足幅より少しだけ大きめの平らな石を、力を込めて踏んだ。
すると、カチリという音がして金属板が跳ね上がるように開き、地下へと続く石の階段が現れた。
「おおっ、すげー!……けど、これじゃ『隠し扉』って感じしねーな。もっと大きくて丈夫そうな扉じゃねーと雰囲気でねーっつーか……」
思っていたようなものと違ってリオはガッカリしかけたが、こういう目立たない入口の方が「隠し」っぽいかと思い直し、大きくうなずく。
「ま、いっか。地下道に行けりゃそれでいーんだもんな。じゃ、早速行くとすっか!」
そう言って、リオは地下に続く階段へ我先にと足を踏み出した。
瞬間、足先にビリリと強力な痺れが走る。「ギャッ!!」と短い悲鳴を上げ、リオは思い切り尻餅をついた。




