☽第1話 隣国王子の誘い
アウェルがヴィソルの〝世を忍ぶ仮の姿〟だったことがわかってから、数日後のことだった。
再びヴィソルがアウェルの変装をしたまま現れ、唐突に告げた。
「セルランティア。今からもう一人のセルランティア――過ぎし日のあなたにお会いしに行きませんか?」
「えっ? もう一人のわたくしに?」
〈王女さんが二人!?……って……あー、そっか。王女さんは先の世界から来たって言ってたもんな。当然、数ヶ月前の王女さんもいるわけか〉
リオの言葉を聞き、ティアもようやく理解した。
そう言えば、今まで〝もう一人の自分〟に会いに行こうなどと、考えたこともなかった。
何故そこがスッポリ抜け落ちていたのだろうと、我ながら恥ずかしく思った。
「ですが……そのようなことができるのですか? 今のわたくしは、リオフリード様のお姿ですのよ? 門番が通してくれるとは思えませんわ」
城の敷地内のほんの一部にしか平民は入れないと、以前カティから聞いたことがあった。
しかも、顔なじみになるくらい頻繁に出入りしている者以外は、領主やギルドからの紹介状などがない限り、門前払いされるとか……。
「ああ、それなら問題ありませんよ。表から行くわけではありませんから」
「え? 表からでは……ない?」
それはどういう意味だろうと、ヴィソルの顔をしげしげと見つめる。
彼はニコリと微笑むと、当たり前のように告げた。
「ええ。表からではなく、秘密の地下道を通って行くのです。そちらの方が簡単ですからね」
「え……。秘密の地下道?」
〈すっげー! そんなもんがあったのかよ!? 初めて聞ーたぜ!〉
心なしか、リオはワクワクしているようだ。いつもより声が高めになっている。
だが確かに。「秘密の地下道」などと聞くと、ティアでもなんとなく心が弾む。冒険心の強い男性であれば尚のことだろうと、彼女は小さくうなずいた。
「そのような道があるなどとは、少しも存じませんでしたわ。この国のお方ではないヴィソル様がご存知でいらっしゃるというのに……」
本当に自分はお飾りの王女に過ぎないのだなと、ティアは少し寂しく思った。
だが、ヴィソルは「誤解しないでいただきたい」と首を横に振る。
「私が地下道のことを知っているのには理由があるのです。幼き頃、私が初めてあなたとお会いした日のことを覚えていらっしゃいますか?」
「え、ええ。もちろんですわ。あの日のことは、今でも忘れられません」
ティアは懐かしそうに微笑んだ。
ヴィソルは同意するように軽くうなずく。
「あの日、お一人で歩いていらっしゃるエルイグニス陛下をお見かけした私は、後を少しばかりつけさせていただいたのです。陛下が庭の外れのベンチから地下道へ入られたのを目撃し、後を追っていった末に辿り着いたのが……あなたがお住まいの塔の地下室だったというわけなのですよ」
「まあ……! そうだったのですか。塔の地下室がそのような道と繋がっていただなんて……」
「この地下道のことは、私と陛下しか知らぬことなのです。私が偶然見つけてさえいなければ、今でも陛下お一人の秘めごとだったはずです。あなたがご存知なくても当然のことなのですから、そのように寂しげな顔をなさらないでください」
「ヴィソル様……」
ティアの胸はじんわりと熱くなった。
自分が落ち込みそうになっていることにいち早く気づき、慰めの言葉をかけてくれる。そんな彼に救われる思いだった。
〈えっ。けど、ちょっと待ってくれよ! 王女さんに会いに行くってことは、俺も直接王女さんに会わなきゃいけねーわけだろ? そ、そんなん無理だって! 緊張しちまうじゃねーか!〉
「え……緊張?」
リオの言葉が意外で、ティアは思わず反応してしまった。
「セルランティア? いかがなさいました?」
すかさずヴィソルが声をかけてきたが、どう答えればいいのかわからず、しばしためらう。
リオの様子を気にしつつ今の言葉を伝えると、ヴィソルは「ああ」と言ってうなずいた。
「リオフリードが緊張するのも当然でしょう。自国の王女に拝謁するのですから。しかも、あなたのようにうら若く見目麗しい女性にということであれば、尚さらでしょう」
〈ちょ……っ、なに勝手に呼び捨ててんだよ!……ってか、み、め……うるわしい? ってどーゆー意味だ? なー、王女さんは知ってんだろ? 説明してくれよ〉
「えっ?……そ、それは……」
自分のことを言われておいて、自ら「見た目が美しいという意味です」などとは言いにくい。ティアは困ってしまった。
すると、
「フフッ。私でさえあなたと初めてお会いした時は、そのお美しさに思わず息を呑み、しばらく見惚れてしまっていたのですから……リオフリードならば、固まったまま動けなくなってしまうかもしれませんね。これは見ものです」
ヴィソルはからかうような口調で告げ、愉快そうに笑った。
〈なっ、なんだとコノヤローッ!?――王女さん、今すぐ替わってくれ! この調子ん乗った色ボケ王子に、文句言ってやんなきゃ気が済まねー!〉
けんか腰のリオを、ティアはヴィソルの目を気にしながらなだめていた。
当の本人はというと、そんな二人の様子に少しも気づくことなく、
「さあ、それではすぐに参りましょう! もう一人の愛しのセルランティアの元へ!」
まるで遊びにでも出かけるかのように、陽気な声で二人を促した。




