☀第17話 悪意ある噂と新たなる脅威
ヴィソルの話に出た「いにしえの呪い」、そして「魔導装置」。
それらはいったい何のことなのか、ティアには全く想像もできなかった。
しかし、ヴィソルは幼少の頃にエルイグニスからその言葉を聞いて以来、頭から離れなくなってしまったのだそうだ。
「陛下のご様子があまりにも深刻でいらっしゃったことと、実際に塔に隔離されていたセルランティアのことが、もちろん一番の気がかりでした。ですが、不謹慎とそしられても仕方のないことだとは思いますが、幼い私は『魔導装置』という耳慣れない言葉自体に、とても惹きつけられてしまったのです」
「惹きつけられた?」
「はい。それはどんなものだろう? それがあるせいで、セルランティアは城から離れた場所に住まわせられているのだろうか? だとするとその『魔導装置』さえなくなれば、セルランティアは普通に城で暮らせるようになるのだろうか? ならばその装置とやらはどこにある――? 帰城した私の頭の中は、それらのことでいっぱいでした」
そこでヴィソルは、「エルイグニス陛下にもう一度お会いし、セルランティアの真実や魔導装置の秘密をお訊きせねばなるまい」と思ったのだそうだ。まず彼に会って話を聞かなければ、先に進めないと。
「お父様にお一人でお会いしたのは、確か十五の頃とおっしゃっていましたわね。どのようにしてお会いしたのですか? その頃にヴィソル様がこの国にいらっしゃったというお話を、わたくしはお聞きしたことがないのですけれど……」
ティアが不思議そうに訊ねると、ヴィソルはクスッといたずらっ子のように笑った。
「私の訪問をお聞きしたことがないのは当然のことです。正式な訪問ではありませんでしたからね」
「え? それはどういうことですの?」
「正面から訪問したわけではない、ということですよ。私は地下道を通って王の秘密の部屋へ通い、王が再びあの部屋にいらっしゃるのをお待ちしていたのです。早く言ってしまえば〝待ち伏せ〟ですね」
「ええっ!?」
あまりにも常識外れな話に、ティアは驚いて声を上げてしまった。
どう考えても、隣国の第一王子がやることではない。
「地下道を通ってって……。地下道というのは、ベンチの下からこちらへと続く隠し通路というわけではございませんの?」
「先ほど弟君のネスト殿下もおっしゃっていたでしょう? 『迷ってしまって』と。地下道がこちらにしか繋がっていないのであれば、そもそも迷うはずがないではありませんか」
「あ……。確かにそうですわね。一本道であれば、迷うはずございませんわ」
ヴィソルは小さくうなずいて、地下道は意外と入り組んでいること、塔の下だけでなく、他にも出られるところがあるということ、そして自分は、そのうちのひとつを幼い頃に見つけていたことを正直に話した。
「あなたにお会いする時、私がいつも平民の服を着ているのはそのためなのです。平民に紛れてでもいなければ怪しまれるような場所に、地下道へと繋がる隠し扉がありますので」
「隠し扉? そのようなものが、ウィン・ブリンの街にあるということですの?」
「はい、おっしゃるとおりです。幼い頃にたった一度だけ通ったことのある隠し扉を、数年後に見つけ出すというのはかなり骨が折れましたが……。そのお陰で、私は陛下にお会いしてあなたの秘密をお聞きすることができましたし、こうして何度もあなたに会いに来ることができているのです。来城するために正式な手続きを踏むのは大変ですからね。本当に便利なものを見つけてしまったものです」
そこでヴィソルは肩をすくめ、少しおどけて片目をつむった。
「まあ、ヴィソル様ったら」
ティアはクスクス笑っているが、リオはいい加減イライラしてきていた。
〈この野郎、さっさと王女さんの『秘密』とやらと『魔導装置』が何なのかを話せよ! もったいぶってんじゃねー!〉
その念が伝わったのか、ヴィソルはテーブルに両膝をついて手を組むと、その上に顎を乗せて真剣な顔つきになった。
「ところでセルランティア。今度はあなたについて詳しくお聞かせ願えませんか? 何故あなたは、リオフリードという少年と意識を共有することになってしまったのです? きっかけは何だったのですか?」
リオは「まだ本題に入んねーのか」とガッカリした。
ヴィソルの気持ちもわかるが、まずは自分が話す気だったことを全て話してから、別の話に移ってほしいものだ。
ティアはというと真剣な顔でうなずき、請われるままにそうなった経緯を語り出す。
ヴィソルは語りの初っ端から衝撃を受けたようで、リオでも心配になってしまうほど顔色が悪くなっていた。
それでもなんとか最後まで聞き続けていたが、片手で目元を覆うと「信じられない」と言うように首を横に振った。
「待ってください、セルランティア。それではあなたは、私との婚姻式の日に何者かに殺される――いいえ、殺されたとおっしゃるのですか?」
ティアはリオに殺されるということだけは伏せて話していた。いきなり伝えれば今以上にヴィソルを苦しめることになるだろうし、リオの立場も悪くすると思ったからだ。
だが、リオとしては複雑だった。
セルランティアとヴィソルにとって自分は仇。憎まれて当然の身だ。
それなのに、こうしてティアに守られているというのは、卑怯以外の何者でもない気がして落ち着かなかった。
「ああ……! やはり、あなたを危機に陥れようとする者の存在はあったのだ。不穏な動きを感じたのは気のせいなどではなかった!」
ヴィソルはうわ言のように発すると、両手で頭を抱え込んだ。
ティアは彼の心を乱してしまったと案じながらも、今の発言はどういうことだろうと眉をひそめた。
「ヴィソル様。わたくしを『危機に陥れようとしている者』とはどういうことですの? 『不穏な動き』というのは……」
ヴィソルはゆっくりと頭から両手を離し、呼吸を整えるように片手を胸に置くと、暗い顔つきのまま目をつむった。
「何者かが、あなたとお父上の悪い噂を流しています。広まりきる前にこちらで手を打ってはいますが、どこまで抑えられているか……」
「わたくしとお父様の悪い噂? それはどういうものですの?」
「『国王が娘の病を治すため、国を傾かせるほどの国費を注ぎ込んでいる』というものです。薬師の間でいつの頃からかまことしやかにささやかれるようになり、街の人々にも広まりつつあります」
〈な――っ!〉
「わたくしの病……!?」
リオとティアはほぼ同時に声を上げ、絶句した。
そのような噂を、何者かが悪意を持って流していたと言うのか……?
ならばその何者かを、どうにかして探し出さなければ。
それができなければ、今度はリオ以外の誰かが、自分を殺しに来るかもしれない。
そのことに気づいたティアは、思わずギュッと自分の体を抱き締めた。




