☀第6話 籠の鳥の王女
豪華な天蓋付きの寝台に腰かけながら、リオは深々とため息をついた。
何がどうなったらそういうことになるのかわからないが、自分の魂みたいなものは今、王女の体に入り込んでしまっている。
脳内の王女との対話でそれが判明したわけだが、異常事態すぎて、どうしていいものやらリオにはさっぱりわからなかった。
(唯一の救いは、〝思ってることは相手には聞こえねー〟ってことだよな。こんなもんまで共有しなけりゃいけねーとしたら、それこそ耐えらんなかっただろーし)
しみじみ思いながら、リオは顔を上げて細長い窓の外に目を移した。
遠くの山々は緑濃く生い茂り、朝日を受けて輝いている。
昨日は雪でも降りそうな空模様だったのに、今日はやけに天気がいいなと思った瞬間、彼はバネにでも弾かれたかのようにして立ち上がった。
慌てて窓の傍に駆け寄り、両手を窓に当てて顔を近づける。
睨むように辺りの様子を窺っている途中、彼は妙なことに気がついた。
街から見える山の樹木は、ほとんどが落葉樹だったはずだ。
それなのに、まるで初夏か夏の盛りのように青々と茂っている。
(嘘だろ……。俺が王女を刺し殺したのは冬だぞ? なのに、どーして山があんな……。たった一日で夏に戻っちまったってのかよ?)
ゴクリと唾を飲み込んで呆然としていると、おずおずといった風にティアが声をかけてきた。
〈あの……いかがなさいました? 窓の外に、何か……?〉
リオは片手で頭を押さえ、険しい顔つきで訊ねた。
「おいっ、今は冬だよな!? 冬で間違いねーだろ、なあっ!?」
彼女は一拍置いた後、ためらいがちに彼の言葉を否定した。
〈い、いいえ。あの……今はまだ、夏の終わりの頃ですわ。カティ――侍女が、『夏が終わると収穫祭の準備を始めなければなりません。とても憂鬱です。目が回りそうに忙しくなりますから』と申しておりましたし……〉
「夏!? まだ夏の終わり頃だって!?」
思わず声が裏返った。だが、そんなことを恥ずかしがっている余裕すら、今のリオからはなくなっていた。
足元がふらつく。頭までぐるぐると回り出したような感覚がして、彼は体を支えるように窓枠に両手をついた。
(夏……。まだ夏で、王女が生きてる……ってことは……)
「エトナ!……そうだ。エトナはまだ――!」
何かを思い出したのか、リオは窓から離れると、今度は扉に向かって突進した。
〈リオフリード様? いけません! 何をするおつもりですの?〉
「何って、決まってんだろ! 外に出るんだよ。街に行くんだ!」
〈街……?〉
「帰るんだよ、俺の家に! エトナが待ってるからな!」
興奮したように告げると、リオは真鍮の取っ手に手を伸ばした。
だが、取っ手を下げても扉は開かなかった。両手で握って何度も上下に動かしてみても、全く開く気配がない。
「おいっ、なんだよこれ!? どーして開かねーんだ!」
ガチャガチャと音を立てるほどに激しく上げ下げしても、やはり開かない。
イラ立って訊ねるリオに、ティアは悲しげな声で告げた。
〈それは……鍵がかかっているからですわ。外側から、鍵が〉
「鍵ぃ!? 外側からって……なんだよ、それ!? それじゃまるで監き――っ」
言おうとした言葉の異常さに気づき、リオはハッと息を呑んだ。
(そう言えば……王女は体が弱っちいってことで、王たちとは別の場所に住んでる……なんて噂を聞いたことがあったな)
リオは取っ手から手を離し、部屋中を見回してみた。
先ほどは混乱していて気にも留めなかったし、豪華そうな家具などの装飾や立派な絵画に気を取られていて気づかなかった。改めて見てみると、部屋の内壁はゴツゴツした岩だ。
外壁ならともかく、内部までもが岩肌むき出しというのは、王女の住まう場所としては不釣り合いすぎるのではないか。
しかも、この部屋には角というところがない。どこを見てもなだらかに曲がっていて、円形だということはすぐに察せられた。
(円形の部屋なんて変わってんな。さっき見た外の景色も妙に眼下が遠く感じたし……。まさかここ、塔の上だったりすんのか?)
塔に閉じ込められた王女様――などと、まるでおとぎ話だ。
病人を隔離するための部屋が城にはなく、仕方なく塔を改装して住まわせているのだろうか?
……たとえそうだとしても、岩の壁といい、王女の住まいとしてはあまりにも寒々しすぎる気がするが……。
「あんた、やっぱり病気なのか? だからこんなとこで一人でいんのかよ?」
繊細な問題に違いないが、リオはためらうことなく訊ねた。
一拍間が空いた後、ティアは困惑したような声を上げた。
〈病気……? いいえ。体調は何の問題もございませんわ。病で寝込んだことなどもございませんし……〉
「えっ、そーなのか? だったら、なんでこんなとこに閉じ込められてんだよ?」
〈そんな……。閉じ込められているわけではございません。カティと表へ出て、庭園を見て回ることもございますし……〉
「庭園? そんなもんがあんのか。……まあ、城の周りってやたらだだっ広いもんな。あってもおかしくねーけど」
城に忍び込んだ時のことを思い出し、リオは微かにうなずいた。
あの時は〝王女を殺すこと〟しか頭になく、城の周囲など落ち着いて見て回る余裕すらなかった。
「けど、閉じ込められてるわけじゃねーなら、なんで外から鍵なんてかけられてんだよ? どー考えてもおかしーだろ、王女を部屋から出らんねーよーにしとくなんて」
〈それは……〉
ティアは言いにくそうに口ごもり、しばらくは沈黙が流れた。
だが、リオがどうかしたのかと訊ねるつもりで口を開いたとたん、
〈理由は存じませんが、わたくしを城に近づけないようにするためだと思います。お父様――陛下は、わたくしを塔に閉じ込めておきたいわけではなく、城に足を踏み入れてほしくないのですわ〉
ティアは予想というより、妙に確信めいた口調で告げた。




