☽第15話 真実を告げる時
アウェルの剣幕に押されて呆然としているリオに、ティアは鋭い声で呼びかけた。
「リオフリード様! わたくしがアウェル様とお話いたします。お体をお貸しください!」
リオはハッと我に返ると、「わ、わかった」とだけ言って体をティアに明け渡した。
ティアは怒りに震えるアウェルの瞳を、じっと見返す。
「何を黙っている!? この紐はどこで手に入れたかと訊いているんだ! さっさと答――」
「この紐はわたくしが編んだものです! 助けていただいたお礼をと思い、わたくしが編んだものですわ!」
「な――っ、わた……っ?」
いきなり「わたくし」などと言い出したリオに面食らったのだろう。アウェルの厳しい顔つきが戸惑いに変わる。
ティアはアウェルの視線を受け止めたまま、落ち着いた口調で続けた。
「この紐は、間違いなくわたくしが編んだものです。どこかで入手したわけではございません。あなた様にお好きな色をお訊きしたのは、この紐を編むためだったのです」
「そんな……そんなはずはない! おまえのようなただの大工見習いが、この紐を編めるわけがない! 何故なら、この紐に編み込まれている模様は、この国の王家と高位貴族のみに伝わる伝統の――」
「ええ、そのとおりですわ。カティに教わった、我が王家伝統の結び目模様です。三色の円のひとつひとつが〝神〟〝王〟〝民〟を表し、永遠に栄えていけるようにと願いを込めた神聖な結び目。間違いなく、わたくしが編みました」
「カティ……だと? 結び目の意味まで知っているとは……。いったい……いったいどういうことなんだ……?」
アウェルは大きく目を見開き、うわ言のようにつぶやいた。
どうすればいいのかわからず、黙って二人のやり取りを聞いているしかなかったリオは、そこで初めて声を発した。
〈お、おい、王女さん。結び目の意味とかまでサラッと言っちまってダイジョーブなのか? こいつは俺ん中にあんたがいることなんて、全然知らねーんだぜ?〉
「……ええ、わかっております。ですから、これから全てお話して信じていただくより他にございません」
〈ええッ!? 全て話すって……。しょ、正気かよ王女さん!?〉
「もちろん正気ですわ」
〈けど……っ! こんなうさんくせー奴に話しちまってホントにダイジョーブなのか!? 信用できんのかよ!?〉
リオが早口で訊ねたとたん、アウェルのイラ立ったような声が響いた。
「おいっ! さっきから何を一人でブツブツ言っている!? この結び目もその意味も、そしてカティのことまで知っているおまえは何者だ!? ただの大工見習いではあるまい!?」
「いいえ。この体の持ち主であるお方は、大工見習いのリオフリード様。リオフリード・ホップ様で間違いございません」
「か、『体の持ち主』?……何だそれは!? もっとわかるように説明しろ!」
「ですから、わたくし――セルランティア・ヴェレス・アルカーランがお体をお借りしているのが、あなた様の目の前にいらっしゃるお方、リオフリード様ですと申し上げているのです」
〈ちょ……っ! 名前まで言っちまって、マジでダイジョーブなのかよっ?〉
焦ってリオが声を上げた時だった。
「ふざけるな……ッ!!」
怒りに満ちたアウェルの声がし、ティアの襟元がアウェルの両手によってギリギリと締め上げられる。
〈王女さんッ!!〉
「う……くっ」
直接首を絞められているわけではないが、苦しいことに変わりはない。ティアは小さくうめき声を上げた。
「セルランティア・ヴェレス・アルカーラン……! この名は、貴様のような卑しい者が軽々しく口にして良いものではない! この世で最も尊く、温かく、美しい女性の名だ! その女性の名を……何故、貴様が知っている!? どこでその名を聞いた!?」
アウェルの両手に力が加わり、息苦しさでめまいがしそうになる。
〈お、おい! ダイジョーブか、王女さんっ? やっぱり俺が変わろーか? 俺ならこんな奴、ガツンとぶん殴ってやれるしさ! なっ? 早く変わろーぜ!〉
リオがしきりに心配してくれているが、そんなことをさせるわけにはいかない。ティアはアウェルをまっすぐ見つめ、首元にある彼の手を握った。
「落ち着いて……ください。……アウェル様……」
「黙れッ!! 貴様の正体を明かせ! いったい何を企んでいる!?」
「企んで……など……。わたくし、は……セル……ラン……」
「黙れと言っているのがわからぬかッ!! これ以上その名を汚そうものなら――っ」
「何度でも申します、わ……。わたくしは、セルラ――」
「黙れ黙れッ!! 黙れぇええええッ!!」
アウェルは激しく取り乱し、ティアの肩を掴んで壁へと何度も打ち付けた。
痛みにティアの顔が歪む。だが、彼女は気丈に言い放った。
「信じてください、アウェル様!……いいえ。隣国の第一王子であらせられるヴィソル殿下! わたくしはセルランティアです! 幼き頃、母を亡くして泣いていたわたくしに、あなた様はおっしゃったではございませんか! 『大きくなったら君を必ず助けてあげる』と! 『待っていて』と! わたくしの瞳を見て、『ステンドグラスみたいでキレイ』だと! 『ぼくの色はひとつだけだから羨ましい』と! 言ってくださったではないですかっ!」
「なん……っ」
アウェルは絶句して固まった。
ティアは一気にまくし立てたために喉を痛めたのか、激しく咳き込む。
〈おいっ、ダイジョーブか王女さん!?……それと今、『隣国の王子』とかって言ってた気がすっけど……アウェルが? アウェルが王子って、どーゆーことなんだ?〉
呼吸を整えながらリオの声を聞いていたティアは、僅かながらうなずいた。
リオが困惑するのも当然だ。自分ですら、真正面から彼に向き合うまでは少しも気づいてはいなかった。完全に別人だと思っていた。
だが、今は確信している。
髪色と髪型、声の高さや話し方などをどれだけ変えようとも、美しい青紫色の瞳、整った顔立ちだけは変えられない。
彼は隣国の王子――そして婚約者でもあるヴィソル。ヴィソル・タリアン・クーフィーネスだ。
ティアは胸に手を当てて鼓動が落ち着いたのを確認すると、再びアウェル――いや、ヴィソルに顔を向けた。
「すぐには受け入れられないとしても無理はございません。わたくし自身ですら、今の状況を理解するまでそれなりの時間がかかりました。ですが、どうか信じてください。わたくしはセレンドルム王国第一王女、セルランティア・ヴェレス・アルカーランです。幼き頃、あなた様と約束を交わしたセルランティアなのです」
ティアの真剣な眼差しを無言のまま受け止めていたヴィソルの足元が、その時ぐらりと揺れた。
彼は片手で頭を押さえて数歩ほど後ずさると、壁にもう片方の手をついた。




