☀第13話 ちびっこ殿下の大冒険
扉からひょっこり顔だけ出していた少年は、ティアと目が合うとパアッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「おねーさまーーーあっ!」
呼びながらティアの腰に抱きつき、可愛らしい顔で見上げる。
「まあ……。あなただったの、ネスト」
ティアは優しく微笑んで、少年――ネストの頭を数回撫でてから、彼の視線まで腰を屈めた。
リオは「おねーさま……ってことは、王女さんの弟か?」と訊ねてきたが、ティアはうなずくことで答え、ネストの肩にそっと手を置く。
「ネスト。この塔にあなたが来ることを、お義母様はご存知なの? 許可はいただいてきましたか?」
ティアが穏やかに訊ねるが、ネストはティアから気まずそうに目をそらした。
しばらくモジモジしながら、時折ティアをチラ見したりしている。
「ねえ、ネスト。決して怒らないから、教えてちょうだい。お義母様に許可はいただいてきたの?」
ネストはしょんぼりと体を丸め、ようやく小さな声で答えた。
「ごめんなさい、お姉様。許可は……いただいていません」
「……そう。でもネスト、どうやってここまで? お付きの者たちは一緒ではないの?」
「僕一人です。部屋を抜け出して遊びに行こうとしたら、お父様とこちらの……えっと、男の人が話しながら歩いているのが見えたから、こっそり後をつけてきちゃったんです」
「えっ? 『こちらの』……『男の人』?」
ティアは顔を上げてヴィソルを見た。彼はビクッとしたように肩を揺らし、困ったような笑みを浮かべる。
「お父様とこちらの人は、どんどん僕の行ったことのない方へ歩いていきました。大きなお庭を通ってから回廊を横切って、今度は小さなお庭を抜けて……。その端っこに小さな休憩所みたいなところがあって、お二人はそこで立ち止まってしまいました。あそこでお話するのかなって、体を隠してそーっと見ていたら、お二人はそこにある石のベンチの座るところを横に動かし始めたんです! 僕、ベンチが動くようになっているなんてまったく知りませんでした!」
「ベンチの座るところ……? 座面ということかしら。それが横に?」
「はい! 横にゴゴゴッて動いたんです! そうしたら、こちらの人がそこから中にヒョイッて入ってしまって!」
「中に? 座面の下が空洞になっていたの?」
「そうなんです! 僕、ビックリしちゃって!」
ネストは瞳をキラキラと輝かせ、両手をギュッと握り締めている。思わぬところから秘密の入口が出現した瞬間のことを思い出し、興奮しているようだ。
「その人が中に消えると、お父様はまた石を元に戻して、お一人で城に帰っていってしまったので、僕にも動かせるかなって試してみたんです! そうしたらその石、思ってたよりすごく軽くて、僕でも簡単に動かせちゃいました! だから僕もそこに入って、その人の足音のする方へってずっと歩いてきたんですけど、途中で足音が聞こえなくなってしまって。そこから迷ってしまって泣きたくなってしまいましたけど、休んだり歩いたりって繰り返してたら、なんとかここの地下に出ることができたんです! すごいでしょう、お姉様?」
ネストは「諦めなかった自分は偉い」とでも言いたげに胸を張った。
「ここの地下に? 城のベンチ下からこちらまでが、地下道で繋がっているということですの?」
ティアは答えを求めてヴィソルの方へ顔を向けた。
彼は迷っているように視線をあちこちさまよわせていたが、観念したのか、ひとつ大きなため息をついた。
「地下道のことは、長らく私とエルイグニス陛下だけの秘めごとだったのですが、好奇心旺盛な幼い冒険王に見つけられてしまったのでは、白を切ることもできませんね。――お話しましょう、地下道のことを」
そうしてヴィソルは、自分も幼い頃にネストと同じようにエルイグニスの後を追って地下道に迷い込んだこと、そこでエルイグニスの秘密の部屋を知ってしまったこと、迷ってこの塔の地下に辿り着き、ティアに出会ったことなどを淡々と語った。
「その時のことは己一人の胸に秘め、忘れてしまおうかと思ったこともあったのですが……セルランティア、どうしてもあなたのことを忘れることなどできませんでした。あの寂しい塔の中で、これから先もずっと、あなたが孤独に暮らさなければならないのかと考えたら、たまらなかった。そこで私は、五年前に大勝負に出たのです」
「大勝負? それはどういうことですの?」
「大勝負は大勝負ですよ、セルランティア。あなたのお父上――エルイグニス陛下に、幼き日に私が目にしたこと、知ってしまったことを包み隠さずご報告し、あなたをお救いするために私にも何か手伝わせていただけないかと、直談判しにまいったのです」
「ええっ、五年も前に……!?」
ティアは驚きのあまり立ち上がり、両手で口元を覆った。
フッと恥ずかしそうに微笑むと、ヴィソルはゆるゆると首を振った。
「五年前など遅過ぎたくらいですよ。あなたをお救いすると誓ったあの日から、七年も経ってしまっていたのですから。……ですが、どうかお許しください。幼き頃の私では、あなたをお救いできるだけの力など何もなかったのです。胸の内の計画を行動に移すには、それだけの時が必要だったのです」
「ヴィソル……様……。遅過ぎたなんて、そんな……。そのようなこと思うはずもございませんわ。幼き日の約束を覚えていてくださっただけでも、充分幸せを感じておりますのに……」
ティアはそう言って涙ぐんだ。
自分のために五年も前からいろいろと裏で動いてくれていたなどと、想像すらしていなかった。
ヴィソルはティアの前まで進み出ると、彼女の手を取って両手で強く握り締めた。
「あなたと約束を交わした日の私では、幼過ぎて不可能だったことが、今では少しずつなら実行に移すことが可能になっています。どうか、希望をお捨てにならないでください。どれだけ時間がかかろうとも、私はいつか必ず、あなたをいにしえの呪いから解き放ってみせます!」
ヴィソルの力強い言葉に、嘘偽りなど少しも感じられなかった。
ただひたすらにティアを救いたいだけなのだと、彼女自身には思えた。
その場に居合わせた者たちも、素直に受け入れているようだった。
だが、その時。
感動に震えるティアの脳内に、リオの真剣な声が響いた。
〈『いにしえの呪い』だと……? いったい何のことだ? 王女さんが城に近づいちゃいけねーってんで、この塔に住まなきゃなんなくなってることとカンケーあんのか?〉
彼の素朴な疑問は、ティアの心を即座に現実に引き戻した。




