☽第12話 贈りものに想いを込めて
アウェルに好きな色を訊いた日から、ティアはせっせと指で幅広の紐を編み始めた。
屋根から落ちたところを救ってくれたアウェルに、お礼として贈るつもりなのだ。
リオに体を使わせてもらっている時は、ほとんど編み物に没頭していた。
彼の部屋で、彼の無骨な指先を使って数色の羊毛糸を使用して編むわけだが。自分のものではない指先で複雑な模様を編み込んでいくのは、思っていたより大変だった。
素朴で少しゴワついた羊毛糸は、塔で編み物をする時に使っていた高級な毛糸や艶やかな絹糸とは全く違っていた。
だが、その素朴さやゴワゴワした質感はどこか温かみを感じさせてくれ、いつしか時間を忘れていた。
ティアはリオの手を繊細に動かし、手際よくあやとりのように糸の輪を交差させていく。
徐々に浮かび上がってきた模様を見て、リオは呆れたような声を脳内に響かせた。
〈おいおい。なんだかえらく凝った模様を編み始めたな。そんな目立つヤツ身につけてたら、変に注目浴びちまわねーか?〉
指先を器用に滑らせながら、ティアはこの模様を選んだ理由を語った。
「この結び目紋様には、永遠の加護と絆を祈る意味がございますの。三色の円が連なり合ったような形も、ひとつひとつが〝神〟〝王〟〝民〟を意味しているのです。互いに円で結ばれ、永遠に栄えていけますようにとの願いが込められた、神聖な結び目なのですわ。王家とごく限られた高位貴族の教養としてしか、この結び目は伝わっていないのですけれど」
〈へえー。そんな意味があんのか……って、ちょっと待てよ! 『王家とごく限られた貴族』にしか伝わってない模様なんて、平民への贈りものに編み込んじまってダイジョーブなのかよ? そーゆーの、モンガイフシュツとかってゆーんじゃねーの?〉
心配するリオをよそに、ティアはフフッと笑みをこぼす。
「問題ございませんわ。城の絵画や古い文献を見たことのない平民の方々には、この模様が何を意味するかなどご存知ないに決まっておりますもの。きっと、ただの変わった模様にしか見えないはずですから、ご心配には及びません」
ティアはそう言って自分の指――いや、リオの指先で編み終わりの結び目をキュッと引き絞った。
優しい色合いの羊毛が重なり合い、三つの弧が途切れることなく環を描く、美しくも厳かな模様がくっきりと浮かび上がっている。
〈まあ、あんたがそーゆーならダイジョーブなんだろーけど……。あのアウェルとかってヤロー、どこまで信じていーのかまだわかんねーんだし、あんまり気ぃ許し過ぎんなよ?〉
脳内で大きなため息をつきつつも、リオは大人しく引き下がった。
こんなに楽しそうにしているティアの気分に水を差すようなことは、できればしたくなかったのだろう。
ティアは完成した贈りものを両手で持ってしみじみ見つめると、満足そうにうなずいた。
「網目も綺麗に出ておりますし、歪みもほとんど感じられません。我ながら上出来ですわ! これでもう、いつでもアウェル様にお渡しできます」
〈――とか言って、渡す役目は俺に任せる気なんだろ? 『直接お渡しするなんて、恥ずかしくてとても無理ですわ~』とかってさ〉
リオにそう言ってからかわれ、ティアはムキになって反論した。
「そ、そのようなことはございませんわ! 心を込めた贈りものですもの。わたくしだって、直接お渡ししたいですわ!」
〈へえー、できんのかよ? アウェルを前にしても、ちゃんとうろたえたり緊張したりしねーで渡せんだな?……ま、その方が俺は楽だからいーけど〉
「えっ? そ……っ、それは……もちろん……」
ティアは「問題ない」と言い切ろうとした。
だが、いざ〝渡す時のこと〟を思い浮かべてみると、とてもじゃないが平静を保てる気がしなかった。
しばらく無言のまま考え込んだあげく、ティアは恐る恐るリオに声をかけた。
「あ……あの……。申し訳ございません。やはり、リオフリード様に……お願い、できないでしょうか……?」
しばしの沈黙の後。リオは「ほら見ろ」とでも言いたげに、わざとらしく大きなため息をついた。
「これ、おまえにやる」
目の前に、やたらと派手な色合いの紐を突き出され、アウェルはギョッとしてから眉間にシワを寄せた。
「……なんだ、これは?」
「見りゃわかんだろ! 紐だよ、紐!」
「……紐……。何故、オレにこんなものを?」
不審げに訊ねると、アウェルはリオから気味悪そうに紐を受け取る。
「礼だよ、礼! 一応、助けてもらった礼はしとかねーとな。貸し作ったままじゃ気分悪ぃーし」
〈リ、リオフリード様っ。そのようなおっしゃり方では、アウェル様のご気分を害してしまうのでは……〉
いつもの仕事帰り、いつもの酒場の一角で。
リオはティアに代わってアウェルに贈りものを手渡した。
酒場は多くの男たちの話し声や笑い声に包まれている。リオたちのことを特に気にする様子もなかった。
リオは内心ホッとしながら、アウェルの反応を窺った。
アウェルは顔をしかめながら、そっと紐を両手に広げた。しげしげと眺め、出来栄えを確認しているようだったが、突如、ハッと息を呑むと。
「これは……。この模様は……!」
みるみるうちに青ざめ、アウェルは恐ろしい顔で紐を握り締めた。
リオを睨みつけて席を立ち、彼の襟ぐりを掴むと、店の入口の方へ足早に歩いていく。
「お、おいっ! どーしたんだよアウェルっ!?」
それまで二人の様子を無言で見守っていたアラサブが、アウェルの背に呼びかけるが、彼は応じることなくリオを強引に引っ張っていく。
「ちょ……っ! な、何すんだよコノヤローッ! 離せよッ!! 離せってッ!!」
リオはジタバタともがくが、アウェルの体はびくともしない。軽い屈辱感を味わいながらも、どうにかして逃れようと暴れ続けた。
〈リオフリード様!――アウェル様、おやめください! アウェル様っ!〉
ティアは必死に叫ぶが、当然彼には聞こえない。ティアは無力感にさいなまれながら、ただ見守ることしかできなかった。
店の外に出て細い路地裏に引き込むと、アウェルはリオの体を壁に打ち付け、両手で囲い込んだ。
先ほど渡した紐をリオに見せつけるようにかざし、鋭い目つきで凄む。
「これは誰が編んだ!? おまえであるわけがないな!? いったいどこで手に入れたッ!?」
アウェルの澄んだ紫色の瞳に囚われ、リオはすぐには言葉を返すことができなかった。
ティアは急に血相を変えたアウェルの真意がわからず、オロオロとするばかりだったが。
彼の瞳を間近で見た瞬間、ある可能性に今さらながら気がつき、軽いめまいを覚えた。




