☽第11話 金工工房新人の好きな色
テーブルに戻ったリオは、面白くなさそうにドカッと椅子に腰を下ろした。
いったい何だったんだ? と言わんばかりにリオを見つめるアラサブとアウェルを見ないようにしながら、リオは不機嫌な声でボソッと訊ねる。
「あんた、好きな色は?」
「……は?」
唐突過ぎて意味がわからなかったらしい。アウェルは間の抜けた声を上げた。
リオはイライラしながらテーブルを拳で叩き、
「好きな色だよ、好きな色ッ!! なんかしらあんだろ、好きな色くれーよッ!!」
周囲の大人たちが一瞬ビクッとしてしまうほど、大きな声で再び訊ねた。
〈リ、リオフリード様。そのようなお声で訊ねられては、アウェル様も答えにくいのでは……〉
ティアはハラハラしながら見守っているようだった。
しかし、リオとしては訊きたくもない相手に訊きたくもないことを訊ねさせられているのだ。少しくらいの不機嫌さには目をつむってもらいたい、という思いもある。
アウェルは何度も瞬きし、呆気に取られた様子でリオを見つめていたが、やがて小さな声で答えた。
「好きな色……? オレに訊いているのか?」
「ったりめーだろ! 今さらアラサブに訊くかよ!」
やはりイラ立ちを隠そうともせず、リオはテーブルをドンドンと叩く。
やがて、小さなため息が聞こえたと思ったら、
「オレの好きな色は……強いて言うなら、朝焼けの直前、東の空がほんのり色づく頃の薄紅。……そうだな、金工職人風に言えば〝磨き抜かれた銅と金が混ざり合ったような色〟だな」
アウェルは何かに思いを馳せてでもいるかのように、優しい微笑みをたたえながら答えた。
それを受け、アラサブは「ああ」とうなずいている。
「なるほど、あの色か! 確かに綺麗だよな。ほんのり紅を感じさせる、金に銅を多めに混ぜた時のあの色! 職人の間じゃ『赤金』とも呼ばれてるけどさ」
「薄紅? 金に銅を混ぜた色?」
「ああ。金に銅を多めに混ぜるとちょっと硬くなるんだけどさ、その色だよ。硬くなった分、加工すんのは難しくなるけど、よーく磨くと柔らかな薄紅色の、上品な光沢が出るんだよな」
「へえー……。薄紅、ねえ……」
リオは二つの色を頭の中で混ぜ合わせてみたが、上手く想像できなかった。
「ん~……なんだかよくわかんねーけど、まあいーや。あとは何だ?」
「あと?……あと、とは?」
「他にはどんな色が好きかってことだよ! 他にもあんだろ、好きな色?」
「……今、『強いて言うなら』と言ったはずだが?」
「ええーっ、もうないのかよ!?」
「ないな」
「えええーーーッ!? それじゃ困んだよ! あと一色くれーは言ってくれよ、何色でもいーから!」
〈お、お待ちください、リオフリード様! もう充分ですわ。一色でもわかれば、あとはどうにかなりますから――〉
ティアには〝薄紅〟も〝薄紅金〟もどんな色かわかっているらしい。強引に訊き出そうとするリオを必死に止めに入った。
「……わかった。他に挙げるとするなら青――」
「青!? 青だな! そっか、わか――っ」
「紫、黄色、緑……」
「はあッ!? いくつあんだよ!?」
「まあ、あえて言うなら〝虹〟だな。虹に入っている色は全て好きだ」
「に、虹ぃ!?」
リオは呆れて声を裏返らせた。
虹に入っている色なら数種類ある。選び放題だ。
ならば最初からそう言えばいいものを……。
(ったく。なーにが『朝焼けの』なんたらかんたらで『東の空』がなんたらかんたらだよ。カッコつけやがってっ)
リオは心で毒づいた。
やはりこの男とは気が合いそうにないな、としみじみ思った。
しかし、ティアは何故だか感動すらしている様子だ。
(アウェル様のお好きな色は……薄紅……。磨き抜かれた銅と金が混ざり合ったような色〟……。そして……虹に含まれる色、全て……)
アウェルの言葉を復唱するように繰り返しつぶやき、ポーッとしてしまっている。
リオはますます面白くない。「こんなキザったらしーヤローのどこがいーんだ?」と、イラ立ちが止まらなかった。
ムカつきながら夕飯を口に詰め込み、ひたすら咀嚼する。それを繰り返す機械のようになっていた。
親友が不機嫌になっている理由がわからず、アラサブはただただポカンとしていたが、ハッと我に返るとリオを見つめた。
「けど、リオ。おまえ、アウェルに会うの今日が初めてだろ? いきなり好きな色なんか訊いてどーゆーつもりだ? おまえと何か関係あんのかよ?」
訝しげなアラサブをギリッと睨みつけると、
「んなことどーだっていーだろ!? おまえにはカンケーねーことだよッ!」
リオは「だいたい、今日初めて会ったわけじゃねーし!」と思いつつも、アラサブに事情を説明するつもりはなかった。
実は数日前に会っていて、屋根から落ちたところを助けられた(リオが眠っている間のことだが)などとアラサブに言えば、
「えーっ、マジかよ!? じゃあ、アウェルはおまえの命の恩人じゃねーか!」
などと大騒ぎするに決まっている。
リオは速攻で夕食を平らげると席を立ち、「じゃーな! 俺は先に帰るぜ!」と言って酒場を出た。
途中、後ろでアラサブが何か言っているのが聞こえたが、彼は振り返らなかった。




