☀第10話 相談ごとと可愛らしい来訪者
カティの後ろから、満面の笑みを浮かべたヴィソルが入ってきた。
庭園から戻ってきたところ、偶然カティと会ったのだろうか?
それとも、カティが戻ってくるのをひたすら待っていたのだろうか?
どちらにせよ、今か今かと待ちわびていた様子が、息が少々上がっているところからも見て取れた。
「セルランティア!……ああ、あなたはいつ拝見してもお美しいですね。再びお逢いできる日を、どれだけ待ちわびていたことか――!」
そう言ってティアの手を取ると、ヴィソルは手の甲に唇を押し当てた。
〈ゲッ! またこいつ、会ったとたんに馴れ馴れしいな! しかも、この前と似たよーなこと言って登場しやがったぞ? あれ、受け狙いじゃなかったのか? 実はマジだったけど、場の空気が思ったより凍ってる気がして慌ててごまかしたとか? だとしたらサイコーに恥ずかしい奴だな〉
リオの言葉が脳内に響き渡る。
彼は独り言のつもりだったのかもしれないが、ティアには丸聞こえだ。
彼はいつもヴィソルに対して妙に厳しい気がするが、自分の知らないところで何かあったのだろうか?
そうでもなければ、ここまで毛嫌いする理由がわからない。
ティアは戸惑いつつ、「リオフリード様のお声が響いたままですと、再会の喜びを噛み締める暇もございませんわね……」と内心ガッカリしていた。
それでもどうにか気を取り直し、ティアはヴィソルに微笑みかけた。
「ヴィ、ヴィソル様。大変お待たせしてしまいまして申し訳ございませんでした。またお会いできて嬉しゅうございますわ。わたくしもご相談したいことがございまして、先ほどカティに手紙を託したところでしたのよ?――カティ、無駄足を踏ませてしまってごめんなさいね。こうしてヴィソル様が再訪してくださったから、あの手紙は必要なくなってしまったわ」
扉のすぐ脇で控えているカティに声をかけると、彼女は「いいえ」と首を振った。
「私の方こそ申し訳ございません。実のところ、隣国に手紙をお届けする手立てが思い浮かばず、庭園にて策を講じておりました。殿下が庭園にお出でになりましたのを拝見し、お手紙を出す必要はなくなったかと、こうして戻ってまいった次第なのです」
事情を説明した後、彼女は深々と頭を下げた。
「まあ、そうだったの。本当にごめんなさいね、カティ。隣国にお手紙を出すことがそこまで難しいことだなんて、思ってもいなかったものだから。気軽に『お手紙を』なんて言って、あなたを困らせてしまったわね」
恥じるようにうつむくティアだったが、カティはとんでもないというように、強く首を横に振った。
「いいえ。セルランティア様がお心をお痛めになる必要などございません。わたくしが――」
「まあまあ、お二人とも。そのように落ち込まれることはありませんよ。これから私に手紙を届けたいと思われた場合は、街に出て頬と左腕に傷のある男を探してください。〝ガレウス〟という男で、私の忠実なる従者です。その者に手紙を渡してくだされば、数日後には確実に私の元へ届きますよ」
ヴィソルの言葉に、ティアもカティも目を丸くした。
隣国王子の従者が、何故この国の街にいるのだろう?
二人の様子を見てマズいと思ったのか、ヴィソルは取り繕うような笑みを浮かべた。
「ああ、どうか誤解しないでいただきたい。私は幼い頃にこの国を訪ねて以来、すっかり虜になってしまいましてね。従者に命じて、この国の名物や骨董品などを買いに行かせることがよくあるのですよ。十日と待たずに向かわせるものですから、従者もウンザリしていると思いますが」
「まあ……! 我がセレンドルム王国を、それほどお気に召してくださいましたの?」
ティアは両手を胸の前で握り締め、幸せそうに微笑んだ。
自分の国のことを褒められれば、誰でも悪い気はしないだろう。
ヴィソルはホッとしたように微笑み、大きくうなずく。
「もちろんですとも。セレンドルム王国は自然も美しいですし、城下町であるウィン・ブリンの街も大変治安がよろしく、住まう人々にも活気があります。そればかりか、前王の治世時に整えられた下水設備によって清潔さも保たれ、疫病が蔓延する恐れも少ない。小国であるからこその強みがここまで表れた国も、滅多にございますまい。本当に、見習うべきところの多い国ですよ」
「ヴィソル様……。セレンドルム王国のことを、そこまで評価してくださっているのですね。今のありがたいお言葉の数々、お父様にもお聞きいただきたかったですわ」
「ハハハッ。エルイグニス陛下には、すでに何度もお聞きいただいていますよ。むしろ、お聞かせし過ぎて辟易していらっしゃるかもしれません」
「『何度も』? お父様とお会いする機会が何度もございましたの?」
「えっ?……あ、いやっ、そういうわけでは……」
自分の知らぬところで、ヴィソルは何度も父に会っていたのだろうか?
ティアはふと疑問に思った。
ヴィソルとの婚約の話をティアが聞かされてから、まだそれほど長い時は経っていない。
それなのに今の口ぶりだと、数回会っただけとは思えないような、親しみすら感じさせる響きがあったような……。
「そっ、そんなことよりも! 私にわざわざ手紙を出そうとしていたほどの相談とは、どのようなことだったのですかっ? ぜ、是非お聞かせいただきたいですね、ハハハハ……っ」
(なんだコイツ? 王とのことで、何かツッコまれたくねーことでもあんのか? やたらわかりやすく話をそらしやがったけど……)
リオは即座に怪しんだが、ティアは両手を胸の前で軽く打ち、
「そうでしたわ! 早急にご相談したいことがございますの」
そう言って、街に出たいのだがどうしたらいいかと手短に伝えた。
話を聞き終わると、ヴィソルは困惑したような表情を見せた。
「街に行きたい……ですか。あなたお一人で?」
「いいえ。わたくし一人では……あっ」
ティアはハッと息を呑み、両手で口を覆った。
思わず「リオフリード様もご一緒です」と言いそうになってしまったのだ。
「セルランティア? あなたお一人ではないとすると、いったいどなたと?」
「えっ。あ、いえ……あのぅ……」
ティアは助けを求めるようにカティへ目配せした。
カティは小さくうなずいて、声を発しようとしたのだが。
突然、
「お姉様! ティアお姉様ぁー!! ぼく、遊びにきてしまいました!」
可愛らしい澄んだ声が、部屋中に響き渡った。
ギョッとして振り返った一同が目にしたのは。
扉を少しだけ開けて顔だけひょっこりと覗かせた、幼くも利発そうな少年だった。




