☀第9話 王子再訪、その前に
「セルランティア! 私です、ヴィソルです! あなたにお目にかかりたいという想いを抑えきれず、こうして再び参上した次第です!」
そう言って扉を叩くヴィソルだったが、カティが不在のため鍵がない。
彼女が戻ってくるまで外で待っていてほしいと話すと、ヴィソルはガッカリしたような声で答えた。
「外、ですか? ここで待っていてはいけませんか?」
〈ダメだ、王女さん。この前行った花畑みてーなとこで待っててもらってくれ。塔ん中じゃ音が響くだろ? もしものことがあったらヤベーからさ。念のため、塔から出てもらってた方がいーと思う〉
「そ、そうですわね」
ティアは小声で応じると、扉の向こうに声をかけた。
「カティがいつ戻るかわかりませんし……。ヴィソル様に扉の前でずっとお立ちいただいているわけにはまいりませんわ。カティが戻るまで、どうかごゆるりと庭園でもご鑑賞なさっていてくださいませ」
ヴィソルは少々不満げだったが、ティア自身に認めてもらえないのなら仕方ないと、塔の階段を下りていった。
足音が聞こえなくなってから、リオはティアにそっと訊ねる。
〈王女さん、今日はどうする? 王子の相手すんのが嫌だってんなら、俺が替わってやってもいーけど……〉
リオの声は外には漏れないのだから、彼が声を落とす必要はないはずだ。
それなのに、何故かヒソヒソ声と言えるくらいにまで声を抑えて、リオは訊ねた。
「まあ。何ゆえに、わたくしがヴィソル様のお相手を嫌がらなければいけないのですか? 嫌だなどと思ったことは一度もございませんわ」
〈え……。そ、そーなのか?〉
「はい。もちろんですわ。リオフリード様には、わたくしがヴィソル様を嫌っているようにお見えになりましたの?」
〈あ……いや……。そーゆーわけでもねーんだけど、さ……〉
リオは何やら言いたそうにしている。
だが、諦めたのだろうか。大きなため息のような音が聞こえた。
〈嫌じゃねーなら……うん、しょーがねーよな。これは王女さんの体なんだし……俺がどーこーできるもんでもねーもんな〉
一気に元気がなくなってしまったように感じられ、ティアは少しだけ心配になった。
もしかして、ヴィソルと直接話したいことでもあったのだろうか?
「リオフリード様。ヴィソル様とお話したいことでもございますの? そうなのでしたらおっしゃってくださいね?」
〈ん、ああ……。べつに、話してーわけじゃねーんだけど。……ただ、俺と王女さんの貞操が……〉
「はい?……テイソー……?」
リオはハッとしたように息を呑んだ。
それからやたら早口で言った。
〈な、なんでもねーよ! なんでもねーから気にしねーでくれ!〉
どこかスッキリしない気持ちになったものの。
「なんでもない」と言われてしまっては、それ以上追求することもできない。ティアは大人しく引き下がった。
「あの……それはそうとしましても、リオフリード様。街へお行きになりたい理由は、妹さんにお会いしたいからですの? 今であれば、まだ間に合うのですか? お薬さえあればお救いできるのでしょうか?」
リオがティアを殺そうと決意した、直接の原因である〝妹の死〟。
その悲劇さえ起こらなければ、リオを殺人者にしないで済む。ティアはそう考えたのだ。
そしてもし、間に合うのであれば。
その〝貴族が買い占めた薬〟とやらを買い戻し、彼の妹に与えてやることができるのでは? とも考えていた。
だから、ヴィソルに協力を仰ぐ前に、どうしてもそれだけは訊いておきたかったのだ。
〈薬、か……〉
リオはつぶやくように答えると、思いを語った。
〈どーなんだろーな。あの時は、とにかく薬さえありゃーエトナは助かったのにって……貴族さえ薬を買い占めなけりゃ、王が娘のためだけに大量の薬を必要としなきゃって、そんなことばっかり考えてた。……けど、今思えば……エトナが病にかかってるってわかってから亡くなるまでが、異常に早かったんだ。もしかしたら……薬が手に入ってたとしても、すでに手遅れだったのかもしんねーって……〉
「リオフリード様……」
〈それにさ、もし『王が娘の病を治すために大量の薬が必要で、貴族が薬を買い占めてる』ってことが事実だとしても、薬を買い占める貴族の気持ちはわかんねーけど、王の気持ちなら……今ならわかる気がするんだ。……いや。俺が一番わかってていーことだったんだ。だってさ。俺だってエトナの病が治せるんなら……大量の薬さえありゃー確実にエトナの病が治せるって思ってたなら、王と同じことするかもしんねー。してたかもしんねーって、今なら思うんだ〉
リオが思いを吐露してから、長い沈黙が続いた。
ティアは何度か声をかけようとしたが、かけるべき言葉が思い浮かばず、結局、何も言うことができなかった。
そして何も言えない間、ティアもまた考えていた。
〝王が娘の病を治すために〟――。
あの話は本当に事実なのかを。
事実なのだとしたら、王に確認せねばならないと。
(お父様がわたくしのために過ちを犯そうとしていらっしゃるのなら、その過ちをお止めすることができるのはわたくしだけのはず。……なんとしても、近いうちにお父様とお会いしなければ)
ティアが決意した、その時。
ポツリとリオがつぶやいた。「ごめんな」と。
「え? 今のお言葉は、わたくしに対しておっしゃったのですか?」
〈……うん。考えれば考えるほど、なんてことしちまったんだろうって……つくづく自分が嫌になっちまってさ。俺の言動のほとんどが、ただの思い込みや、悲しみから逃れるための腹いせみてーなもんだったんだなって……。腹いせで王女暗殺とかって、ホントバカみてーだよな。そんなことのために王女さんの命が……って思ったら、俺……俺、ホントに……〉
リオのすすり泣く声が聞こえる。
その辛そうな泣き声に、ティアの胸はツキツキと痛んだ。
この先の世界では、確かに彼は自分の敵なのかもしれない。これから〝街にいるはずのリオ〟の方が、自分を殺しにやってくるのかもしれない。
だが、やはりどうしても、ティアはリオを責める気にはなれなかった。
殺された――いや、殺される自覚がないからかもしれないが。
たとえ甘いと思われようと、脳天気だと呆れられようと、ティアにリオを断罪する意思はなかった。
(リオフリード様のお話によれば、この先の世界では、リオフリード様自身もどなたかに殺されてしまわれたとのこと。そうなのであれば、そこですでに彼への罰は下されていると考えてもよいのではないでしょうか。……とするとやはり、これからわたくしがすべきことは、街にいらっしゃるリオフリード様をお止めすること。そして――お父様の真意を確かめ、事実であればそれもお止めすることですわ)
もはやティアに、一切の迷いはなかった。
これからすべきことが明確になったと、清々しささえ感じるほどだった。
――その時。
扉を規則正しく叩く音がし、カティの入室許可を願う声が続いた。




