☽第7話 金工工房の新人と吟遊詩人
あの日から、ティアの様子がおかしくなった。
〝あの日〟とはもちろん、ティアが屋根から落ち、頭からフードをスッポリ被った美青年に助けてもらった日のことだ。
食事中も、麦粥やスープを口に運んでいる時いきなりピタッと動きを止め、スプーンからボトボトこぼしていたり。
仕事中すら、心ここにあらず状態だったりした。
上の空で木材を運んだり木を削ったりしているものだから、いつケガをするか、指を刃物で傷つけたりしないかと心配で、いっこうに落ち着いていられない。
仕舞いには耐えられなくなって、リオが途中で体を交換することもしばしばだった。
「王女さん、頼むからしっかりしてくれよ。俺が表に出てた方がいろいろごまかす必要なくなって、楽っちゃー楽なんだけど。……けどさ。……けどぉ~……」
ブツブツ言いながらも大工仕事を終わらせ、いつものように酒場へ向かっている時だった。
街角から急に飛び出してきた人影に体当たりを食らい、リオは思い切り尻餅をついた。
「――ってぇ!」
痛みに顔を歪める。
すると、ティアの「リオフリード様っ?」という声と重なるように、
「すいません! ちょっとボーッと……って、なんだリオか」
聞き覚えのある声がして、リオはハッとして顔を上げた。
「アラサブ……」
ポツリとつぶやくリオに、アラサブは申し訳なさそうに片手を差し出す。
「ごめんな、リオ。ちょっと考えごとしててさ」
アラサブの手を取ると、彼は強く手を引いてリオを起き上がらせた。
アラサブの顔を見たとたん、リオは「ん?」と首を傾げる。
エトナが亡くなって以降、ずっと顔色も悪く沈みがちだったのだが、今日はやけに活き活きしている気がしたのだ。
「なんだよ、アラサブ? 何かいーことでもあったのか? すっげー調子良さそーじゃねーか」
不思議に思って訊ねると、彼は「とんでもない」という風に思い切り首を横に振った。
「全ッ然、よくねーよ。むしろ調子っつーか、虫の居所が悪いくらいだ」
「えっ、そーなのか? そんな風には見えなかったけどな」
「悪いって!……ってか、ちょっと聞いてくれよー。今日、オレの店に新人が一人入ってきたんだけどさ、そいつがすっげー器用なんだよ! オレが一ヶ月かかってやっと覚えたよーなことも、たった一日――いや、半日で覚えちまってさ! オレ、一応兄弟子ってことになるのに、最初からすっげー差ぁつけられちまったみてーで、今日一日ずーーーっとムカムカしちまっててさぁ!」
「へ、へー……。そーなんだ?」
「そーなんだよ! それからさ――」
酒場に行く道すがら、アラサブはその新人についてとうとうと語り続けた。
口では「ムカつく」などと言いながら、口調は何故か明るく弾んでいた。
リオの働く大工小屋と違い、アラサブの金工工房は小規模なので見習いが少ない。
特に、今まではアラサブが一番下の弟子だったので、なんだかんだで新人の加入は嬉しいことなのだろう。
(けど、よかった。表面上は立ち直った風に見せてても、ずっと暗かったもんな、こいつの顔。……今は、ムカつくでも何でもいい。悲しんでいらんねーくれーのことがあった方が、こいつのためにはずっといーさ)
「器用な新人」のことを楽しそうに話し続ける親友の姿にホッとしつつ、リオたちは肩を並べて酒場まで歩いた。
二人が酒場に着くと、アデリンがいつも以上に忙しそうに立ち働いていた。
適当な席に座り、「いつもの!」と彼女の背に声をかける。
アデリンは振り返りもせず「はいよー!」と返事して、両手に空の皿を持ちながら厨房へと引っ込んだ。
「アデリンは相変わらず元気だな。エトナの分まで働かなきゃいけなくなって大変だろうにさ」
言ってしまってからハッとする。
珍しく楽しげなアラサブの前で、ついエトナの名を出してしまった。
リオがヒヤヒヤしながらアラサブの様子を窺うと、彼はフッと笑って「そうだな」とだけつぶやいた。
(マズい。やっぱちょっとだけ顔が曇った気がする。早く話をそらさねーと……)
話のネタになるようなものはないかと、周囲を見渡す。
とたん、ティアが「リオフリード様」と声をかけてきた。
リオはあちこちキョロキョロしながら、独り言のように「なんだ?」とつぶやく。
〈あちらのお方、お一人でずっと歌を口ずさんでいらっしゃいますけれど……。以前からいらっしゃいましたか?〉
「『あちら』? どこのことだ?」
〈あちら――入り口付近の、一番隅のお席ですわ。お店に入ってきた時には、すでに歌っていらっしゃいましたわ。常連のお方なのでしょうか?〉
リオが何気なく入り口付近に目をやると、一人の中年男が竪琴をポロンポロンと弾きながら、さほど大きくもない声で歌を口ずさんでいた。
「ああ、あいつか。常連も常連。俺がこの酒場で飯食うよーになってからずーっと。毎日やってきては、あーやって一人で歌ってんだ。客の話し声のがでけーから、かき消されちまうんだけどさ。大して気にしてねーみてーで、ひたすら一人で歌ってんだ。変わった奴だろ?」
〈そう……なの、ですか……〉
歌声などほとんど聴こえないというのに、ティアはその男のことが気になる様子だ。
あんな冴えねー中年の吟遊詩人に、そんなに気になる部分があるだろうか?
リオは不思議に思いながらも、この店に通い続けて初めてと言っていいくらい集中して、その男の歌に耳を傾けてみた。
~其の者の戒め風に乗り 国中を駆け巡る
「人の手で壊せぬものなれば 二度と近づけてはならぬ」
これは悲しきおとぎ話
明日を恐れ昨日を追った 愚かな王のおとぎ話~
歌はそこまでで終わりだったのだろう。吟遊詩人らしき男は、素朴な木でできたゴブレットを掴んでグイッとあおった。
(『人の手で壊せぬもの』? 『愚かな王』……って、国王批判か?)
だからティアは気になってしまったのだろうか。
そうは思いながらも、リオは気にする必要などない歌だと判断し、顔を元に戻した。
(王に対しての批判だとしたって、『おとぎ話』って歌ってる部分もあったしな。どーせ昔の王の話だろ。王女さんの親父さんにはカンケーねーに決まってる)
うんうんと一人でうなずいていると、
「おい、リオ。さっきからブツブツ言ったりキョロキョロしたりで落ち着きねーけど、どーかしたのか?」
アラサブが怪訝顔でこちらを見ていて、リオは慌てて首を左右に振った。
「なんでもねーよ」と言いながら視線をそらしたリオの目に、ふと、見覚えのある顔が映った。
「ゲッ!……あいつ……」
思わず声を上げたとたん、ティアが「あっ」と息を呑むのがわかった。
酒場に一人で入ってきたその男は、数日前とは違う格好をしていた。
だが、あの顔を見間違うはずもない。ティアが一目惚れした(らしい)美青年だった。




