☀第6話 暗殺者の告白
ティアが手紙を書き終えると、受け取ったカティは軽くため息をついて部屋から出ていった。
王子に貸しを作っていいものか、未だに悩んでいるように見えた。
しかし、これでしばらくは戻ってこないだろう。
ティアは今が機会とばかりに、リオにずっと訊ねたかったことを切り出した。
「リオフリード様。ヴィソル様にご協力をお願いする前に、教えていただきたいことがございますの。あなた様がわたくしを殺そうと思った理由を、おしえていただけませんか? お優しいあなた様が、わたくしに強い殺意を抱くに至った経緯を」
リオがハッとしたような気配がした後、しばらくは沈黙が流れた。
当然だろう。この先の世界でのこととは言え、殺した相手に「殺した理由を聞かせろ」と迫られるなど、気分の良いものではないはずだ。
だが、ティアはどうしても知りたかった。知らなければならないと思った。
それがどんな理由であったとしても、受け止める覚悟はできているつもりだった。
「リオフリード様。どうか、わたくしのことはお気になさらないでください。あなた様のことですもの。殺すしかないと思い詰めてしまうほどの、お辛い出来事があったのでしょう? そしてその原因が、わたくしにあったのですよね? ですから――」
〈……が……う〉
「えっ?……今、何と申されましたの? よく聞こえませんでしたわ。申し訳ございませんが、もう一度おっしゃっ――」
〈違うッ!! 違う違うッ!! ちげーんだよ、王女さん。あんたに直接の原因があるわけじゃねーんだ! 俺は……っ〉
「リ……リオフリード、様……?」
自分に直接の原因がないとは、どういうことだろう?
理由が何にしろ――たとえその理由が、彼の誤解だったにしろ。
自分に原因があったから、殺したい、殺さなければとまで思い詰めたのではないのか?
混乱して、今度はティアが押し黙る番だった。
呆然とするティアに向かい、リオは堰を切ったように語り出した。
自分にはふたつ下の妹がいること。
その妹が、ある日病にかかってしまったこと。
薬を求めて世話になっていた薬師の家に行くと、〝ある理由〟から「貴族が薬を買い占めている。お前に分けてやれる薬はない」と、冷たくあしらわれてしまったこと――。
〈その理由ってのが、あんたが小さい頃からずっとやっかいな病にかかってて、その病を治すために王が新薬を急いで作らせてるんだって。その新薬に大量の薬がいるから、王に取り入りてー貴族共が片っ端から買い漁って貢いでるんだって……そーゆー話だった〉
「わたくしが……幼い頃から病に? 新薬……って、どういうことですの? わたくしは、このとおり病になどかかっておりませんわ。ですのに、お父様がわたくしのために薬を……なんて、どう考えてもおかしいではございませんか」
〈俺だってわかんねーよ! だからここであんたの体で目覚めて、あんたがどーゆー人間かって知った時に混乱したんだよ! あんた見た目は弱そーだけど、飯は意外と食うし、社交ダンスだかの練習も毎日やってっし、ここ抜け出そーとした時にも軽々と樹に飛び移れたし……。どー見てもやっかいな病にかかってるよーには見えなかった〉
「そ……それは、そのとおりですけれど……。わたくし、意外に思われるほど物を食していたでしょうか……? リオフリード様に、食いしん坊さんだと思われてしまっていたのですね……」
ティアが顔から火が出る思いでうつむくと、リオの呆れたような声が響いた。
〈おいおい……。よりにもよって気にするとこそこかよ?……まあ、あんたらしいっちゃあんたらしーけどよ……〉
自分には、男性に意外に思われるほどの食欲が?
リオの言うように、どうでもいいと思われる部分に傷ついていたティアだったが。
そんなことに構っていても仕方ないと思ったのか、リオは再び語り出した。
〈あんたとここで暮らすよーになって、冷静さ取り戻して……ようやく気づいたんだ。俺のしたことは、単なる八つ当たりだったんじゃねーかって。たった一人の妹を失って……寂しくて辛くて、やるせねー気持ち抱えてた時、俺……きっと憎しみで心いっぱいにすることで、壊れちまいそーな自分を守りたかっただけなんじゃねーかって〉
「壊れそうな……自分?」
〈……ああ……。きっと、悲しみでいっぱいの自分を憎しみでいっぱいの自分に切り替えることで、死にてー気持ちをどーにか抑え込んでたんじゃねーかって……。だって、俺……自分で死ぬわけにはいかなかったからさ。妹と約束しちまったから〉
「妹さんと?……何をお約束しましたの? 差し支えがなければ教えていただけませんか?」
〈……「生きる」、って……。「お兄ちゃんは死なないでね」って、死に際に言われちまったからさ……。だから、ぜってー自分で死ぬわけにゃいかねーし……。だったら、妹から薬を奪う原因になった王に、復讐してやろーって。王に、俺と同じよーに「大切なものを奪われる気持ちを味わわせてやる」……ってさ。ひでーこと考えて……で、実行しちまったってわけ〉
「……リオ……様……」
リオはククッと、まるで自分を嘲笑うかのような声を漏らした。
〈ほんっと、今考えるとサイテーだよな。王女さんは何ひとつ悪くねーのに。王様だって……いや、貴族たちだって、薬買い漁ってるなんてただの噂に過ぎなかったかもしんねーのに。ろくに確かめよーともしねーで、思い込みだけであんたをグサッ……なんてさ。あまりにも勝手だよな。救いよーもねーバカ野郎だよ〉
リオはそこで言葉を切り、二人の間には長い沈黙が訪れた。
ただの噂のために殺されたのだという事実は、ティアの心に深い衝撃を与えた。
大切な家族を亡くして、自暴自棄になっていたところにそういう噂が入ってきたのだから、同情できるところはあるにはある。
だが、家族を失うということは、遅かれ早かれ誰しもが経験することだ。リオだけに降りかかる不幸ではない。悲しみではない。
ティア自身も、幼い頃に母親を亡くしている。
境遇に差があると言われればそれはそうかもしれないが……。
それでも、「人を殺す」という行為にまで及ぶものだろうか?
ティアはわからなくなってしまった。
今までリオ自身と接してきて、口は悪いが心根は優しい人だと思っていたが……そう信じる心に、僅かだが綻びが生じていた。
重苦しい沈黙が流れる中。
唐突に扉が叩かれ、二人はビクッとなって反射的に扉の方を向いた。
この扉の叩き方はカティではない。遅くも早くもない速度で規則正しく叩かれる、あの音では――。
扉の外にいる人物は誰なのかわからず、二人が反応を返せずにいると。
「セルランティア! 私です、ヴィソルです! あなたにお目にかかりたいという想いを抑えきれず、こうして再び参上した次第です!」
重苦しい空気を一瞬にして薙ぎ払う、脳天気な声が響いた。




