☀第5話 隣国王子の悪い噂
ティアが「ヴィソル王子に協力してもらおう」とどれほど心を尽くして説得しても、リオは納得しなかった。
どうやらカティも、ヴィソル王子を計画に加えることには賛成できないらしい。
リオは「おっ。珍しく意見が合ったじゃねーか」と喜んだ。
だが、ティアはカティにまで反対されるとは思っていなかったので、かなり気落ちしてしまった。
「どうしてなの、カティ? ヴィソル様はわたくしの婚約者よ? 彼を頼ることは、そんなにいけないことなのかしら?」
ティアが悲しげな顔でじっと見つめると、カティは困ったように眉根を寄せる。
「いけないことだなどとは申しておりません。ただ……」
そう言ったきり、彼女は口をつぐんでしまった。何かを言おうか言うまいか、迷っているようにも感じられた。
ティアは長いまつげを伏せ、甘えるように彼女の袖口を指先で摘んだ。
「ねえ、どうしてなの? ヴィソル様にお願いしてはいけない理由でもあるの?」
「そ、それは……」
カティは困り果てたように目を閉じたが、しばらくしてから再び目を開け、言いにくそうに告げた。
「実は、あの……。ヴィソル様は、隣国で『散財王子』と呼ばれているそうなのです。……無論、陰でということですが……」
〈はあ!? 『散財』!?〉
リオの呆れたような声が響いた。
ティアはきょとんとして首を傾げる。
「さん、ざい……? それはどういう意味なのかしら?」
〈どーゆーって、決まってんだろ。金を使いまくってるってことだよ。金にだらしねーんだろ〉
「まあ……。お金にだらしなくていらっしゃるの? ヴィソル様が?」
ティアは信じられない様子で目をぱちぱちさせている。
カティは小さなため息をつくと、噂について語り出した。
「隣国から流れてくる話ですので、どこまで信じていいものかわからないのですが……。噂によりますと、ヴィソル殿下は幼少のみぎりより大変利発で心根もお優しく、将来有望であるとして、お父上であらせられるソルアーザード国王陛下のご寵愛を一身に受けていらしたそうなのです」
「ええ。わたくしが幼少の頃にお会いしたヴィソル様も、そのような印象でしたわ。瞳がキラキラと輝いていらして、物怖じもせず英気あふれるお子でいらっしゃいました」
ティアはその頃のことに思いを馳せているかのように、軽く目をつむった。
「はい。ご幼少のみぎりのヴィソル殿下は、非の打ち所のないお方だったそうでございます。ですが……」
カティの顔つきが一瞬暗く沈んだ。
どうしたのだろうと話の続きを待っていると、彼女は再びため息をつき、重い口を開く。
「ヴィソル殿下が九つでいらっしゃった頃、ソルアーザード国王陛下のご正室であらせられたお母上がお亡くなりになったのです。その頃から、ヴィソル殿下はすっかり変わられてしまったそうで、しょっちゅう供の者一人だけを連れて街に出ては、賭けごとに興じるようになってしまわれた……ということでございます」
「まあ……。ヴィソル様もわたくしと同じようにお母様を……」
ティアの関心は「賭けごとに興じるように」という部分より、「お母上がお亡くなりに」の方が強かったようだ。
幼い頃の自分と重ね合わせ、同情しているのだろう。
場が一気にしんみりとした空気に包まれた、次の瞬間。
〈いや、ちょっと待て! ここで気にしなきゃいけねーのは母親の死じゃねーだろ! 『賭けごとに興じる』ようになっちまったって方だろ!?〉
ティアの目を覚まさせるように、リオはわざと大きな声を出した。
彼女はハッと息を呑み、反省するようにうつむく。
「そ、そうでしたわね。お母様を亡くされて、さぞやお辛かったでしょう……などと考えておりましたら、つい……」
〈とにかく! 母親亡くして寂しかったんだか何だか知んねーが、将来国王になるかもしんねーって奴が金にだらしねーってのは大問題だろ! そんな奴、ぜってー信用できねーって!〉
「そ、そんな……。お金にだらしないからと言って、他のことも信用できないなんてこと……」
〈いーや! 賭場に入り浸ってる奴にまともな奴がいるわけねーって! 酒場で昼間っから飲んだくれて店の隅っこの方で賭けごとやってる奴らなんか俺は山ほど見てきてっけど、みーんないーかげんで考えなしで見栄っ張りで衝動的な奴ばっかりだ! ろくなもんじゃねーって!〉
「で、ですが……。そうはおっしゃいますけれど、リオフリード様。あなた様にはヴィソル様にお頼りする以外に、何か良い案でもおありになるのですか?」
〈えっ?……あ、いや……。それはべつにねー……けど……〉
「そうなのでしたら、やはりヴィソル様にご相談申し上げるより他にないと思いますわ。――カティ、あなたもそう思うでしょう?」
「は?……あ……はい。そう……だとは思いますが……」
できることなら、そんな噂のある王子に借りを作るようなことはしたくない、とでも考えているのだろう。カティらしくない曖昧な返答だった。
だが、ティアは「それしかない」と信じているようだ。澄んだ瞳でキッパリと言い切った。
「ともかく、一度ヴィソル様にお手紙をしたためてみることにいたします。お金にだらしないというのも、ただの噂なのですし……。わたくしは、実際のヴィソル様のお人柄をよくよく知った上で判断したいと思いますわ」
そこまで言われてしまっては、リオもカティもぐうの音も出ない。渋々ながら引き下がった。
「それでは、カティ。今から至急したためますから、少しだけ待っていてね」
ニコリと笑ってそう告げると、ティアは軽やかな足取りで机に向かう。
その姿は、どう考えても秘密のお願いをしようとしているようには見えなかった。
ただ、愛しい婚約者に恋文を届けようとしている「恋する乙女」そのものだった。




