☽第4話 王女と美形と一目惚れ
〈な、なんだ王女さん!? 何かあ――……っ〉
体を受け止められた衝撃で起きてしまったらしい。
リオは自分の体が見知らぬ男の腕の中にいることに気づいたとたん、ギャーギャーと騒ぎ出した。
〈だっ、だだだ誰だよこれっ!? いったいどーゆー状況だッ!? なんで俺が、見たこともねー男に持ち上げられてんだよッ!?〉
正確に言えば〝受け止められた〟のだが。
事の次第がわからないリオは、ただただ驚き、動揺し、ものすごく気味悪がっていた。
〈王女さんっ、早く説明してくれよっ! 誰なんだよこの男っ!? どっから降って湧いたんだ!?〉
正確に言えば〝降ってきた〟のはティア(リオ)の方だ。
男の立場からしてみれば、助けてやった相手にここまで言われる筋合いはないだろう。
だが、当然リオの声は、男の耳には一切届いていなかった。
ティアには届いているはずなのだが、先ほどからボーッとしてしまっていて、リオの問いに答えられる状態ではなかったのだ。
「まったく。気をつけなきゃダメだろう? もう少しで硬い石畳に体ごと落ちちまうところだったぞ」
男はそう言ってティアの顔を覗き込んだ。
再びリオが騒ぎ出したが、ティアは固まったまま動かない。
「おい、大丈夫か? まさか、目を開けたまま気絶してるんじゃないだろうな?」
男は呆れたような口ぶりで告げると、ティアを腕から降ろした。
そこでようやく、ティアはハッと我に返った。
「あ、あの……っ、た、助けていただいてありがとうございました! 危うく大怪我をするか、命を落としてしまうところでしたわ。あなた様はご無事でございますか? 腕を痛めてなどおりませんか?」
〈ちょ……っ! 王女さん、言葉言葉っ! 言葉は俺っぽく言ってくんねーと、俺が困んだけどっ?〉
慌てて注意したものの、間に合わなかったようだ。
男は珍獣でも発見した時のように目を見開いた後、今度は目を細めてじっとティアの顔を見つめ返した。
「そ……そのような美しい瞳で見つめられてしまうと、あの……は、恥ずかしくなってしまいますわ。どうかご勘弁くださいませ……」
見た目は完全に男であるティアは、か細い声でそう告げると顔を熱くしながら目をそらした。
男はいよいよ薄気味悪く思ったのだろう。苦い顔でゆっくり方向転換し、後ろを向いたまま「じゃ、じゃあ、オレはこれで――」と言って去ろうとする。
「あ――! お、お待ちくださいっ」
とっさにティアが呼び止めると、男は顔を引きつらせながら顔だけこちらに向けた。
「な、何か用か? 急いでるんだが……」
「あ……。も、申し訳ございません。せめて、あの……。お、お名前をお訊きしてもよろしいでしょうか……?」
今にも消え入りそうな声で訊ねるティアを、やはり引きつった笑みをたたえながら見つめる。
「な、名乗るほどの者でもないが……」
「いいえ! あなた様はわたくしの命の恩人です! どうか、お名前をお聞かせ願えませんか!?」
ティアにしては珍しく、押しの強い訊き方だった。
リオは言葉もなくティアの様子を内側から眺めていた。
「あ、ああ……えぇと……。オレは、その……ア、アウェル。オレの名はアウェルだ」
「アウェル……様……」
ポゥっとした声で名を復唱するティア。
ゾッとした様子で慌てて目をそらすと、アウェルと名乗る男は「見てはいけないものを見てしまった」とでも言いたげに、足早に立ち去っていった。
「ああ……アウェル様……。なんて素敵なお方……」
〈はあッ!?〉
それまで様子のおかしいティアを無言で見守っていたリオは、そこでようやく声を上げた。
〈な、何言ってんだよ王女さんっ!? あんた、隣国王子と婚約してんだろ!? 何なんだよ、今の『素敵なお方』ってのは!?〉
リオに突っ込まれ、そこで初めて我に返ったらしいティアは、全身を熱くしながら大きく首を横に振った。
「ち、違いますわっ! わたくしは決して、アウェル様に見惚れていたわけではございませんっ! や、屋根から落ちたところを、偶然通りかかったあのお方が受け止めてくださったのです! ですから、あの……っ、か、感謝ですわ! 感謝の想いを込めて見つめていただけです! 決して、決して、絶対にっ! 不貞などではございませんわっ!」
しつこいくらい頭を振り続けながら、ティアは「見惚れていたわけではない」と主張した。
しかし、ここまで動揺し、強い声で反論し続けるティアなど、リオは今まで見たことがなかったのだろう。ただただ呆然とし、すぐには言葉も継げない様子だ。
リオが何も言ってこないことを納得してくれたと勘違いしたティアは、ホッと胸を撫で下ろした。
そして、とっくに街の喧騒の中へと姿を消したアウェルの幻影を追い求めるかのように、彼の消え去った方向を見つめる。
(アウェル様……。また、お会いできるでしょうか……)
リオには否定しておきながら、ティアの心は未だアウェルから離れられずにいた。
すると、それまで黙していたリオが、遠慮がちに声をかけてきた。
〈あ、あのさ、王女さん……。一応言っとくけど、今の王女さんは見た目俺だからさ……。今の奴をどんだけ好きになろーが、振り向いてくれることはまずない……と思うぜ?〉
瞬間。
ティアの顔がどんよりと曇った。




