☽第3話 戻ってきた日常と新たな出会い
エトナの弔いの日から数日が過ぎた。
リオとティア、そしてアラサブたちの悲しみが消え去ったわけではなかったが。
表面上は〝いつもどおりの日常〟を取り戻していた。
そして、ティアが必ずいると確信している王女を殺させようとした者王女を殺させようとした者。
その者を探し出すために協力してほしい。そうリオに告げたまではよかったものの。
どうすればその者を見つけることができるのか、具体的に何をすればいいのかまでは、まだ決まっていなかった。
(まずは、わたくしを殺してしまった方のリオフリード様が、どのようにして王女暗殺のための協力者を得たか。そこから考えなくてはいけませんね。どう考えましても、リオフリード様がたったお一人で城に忍び込むだなんて、可能なはずございませんし。絶対に、城側の協力者がいたに違いありませんわ)
そんなことを思いながら、ティアはリオの家の屋根に座り、街の様子を眺めていた。
先ほどまで、リオが屋根の修理をしていたのだ。
冬が訪れる前に、ところどころにできている隙間を補修しておかないと大変なことになるそうで――。
親方から一日休みをもらい、家の屋根の修理に勤しんでいたというわけだった。
修理が完了すると、リオは道具を放り出して屋根の上にゴロンと寝転がった。
「あーーーっ、つっかれたーーーーーあ! 屋根にここまで隙間ができちまってたとはな。家ん中からじゃー気づかなかったぜ。せーぜー二~三ヶ所くれーだろーと思ってたのによー」
ブツクサ文句を言いつつ、空を見上げるリオ。
ティアはフフッと笑みをこぼし、彼に労いの言葉を送った。
〈お疲れ様でございました、リオフリード様。わたくしも、まさか十数ヶ所も隙間が空いていたなどとは思ってもおりませんでしたわ。わたくしがリオフリード様のお部屋から目にしたのは、二ヶ所ほどでしたもの〉
「だよなぁー? あんだけ隙間空いてて、よく凍えちまわなかったなって感心しちまったぜ。俺の体、よっぽど丈夫にできてんだろーな。エトナも俺くれー丈夫だっ――」
ハッとしたように言葉を切り、リオは暗い顔で沈黙した。
〈リオフリード様……〉
ティアが思わず声をかけると、リオはごまかすように笑って両目を両腕で隠す。
「王女さん、悪ぃけど交代してくれ! 昨夜あんま寝てねーし、疲れちまってさ。ちょっとだけ眠らせてくんねーかな?」
〈え?……あ、はい。それは構いませんが――〉
「よし! じゃあ――交代っ!」
リオがそう言った瞬間、ティアの意識と彼の意識が切り替わった。
日ごと、切り替えの仕方が上手く、そして早くなっている気がする。
〈あ、そーだ。王女さんはどーする? 屋根から一人で下りられっかな?〉
「ええ、問題ございませんわ。わたくしの体であれば心配なところも多少ございますけれど、リオフリード様のお体ですもの。それに、もう少しこちらから街を眺めていたいのです」
〈そっか。……けど、あんまり長居すんのもよくねーから、気が済んだら早めに下りてくれよ? 体調崩しちまったら大変だからな〉
「もちろんですわ。リオフリード様のお体を粗末に扱うことなどいたしません。ご安心ください」
〈あ、いや。俺のことじゃなくて……って、ま、いっか……。とにかく、下りる時も気をつけてくれよ?〉
リオはそう言うと静かになった。眠りに就く準備に入ったのだろう。
(ここのところ、あまり眠れなかったのでしょうし……。どうぞゆっくりお休みください)
ティアはリオの眠りを邪魔しないよう、心でそっとつぶやくと前を向いた。
この町並みの、何と美しいことだろう。
ティアは心地よく吹く風を感じながら目を閉じた。
風が体の中を通り過ぎていくような爽快感がたまらない。塔の中にいた時では、決して味わえない感覚だった。
(この街の人々は、いつも活き活きとしていて素敵ですわ。こちらまで楽しくなってきてしまうくらい)
目を閉じていると、街の賑わいがいっそう強く感じられる。ティアはくすぐったそうにフフッと笑って目を開けた。
(幼い子供たちが遊ぶ姿。大人の方たちが汗を流して働く姿。お年寄りたちがのんびりと日光浴する姿、談笑する姿……。どの姿も輝いて見えますわ。中には貧しい人々もいらっしゃるはずですのに、どうしてあのように美しくいられるのでしょう? 以前リオフリード様がおっしゃっていたように、『支え合って生きて』いらっしゃるからなのかしら……?)
このような世界の中心にいるのが、国王である自分の父なのであれば誇らしい。
そう思う一方で、ティアはあの「噂」とやらがずっと忘れられずにいた。
本当に、あの噂のようなこと――「貴族が薬を買い漁っている」というような事実があるのだろうか?
その上、「国王が娘の病を治すために新薬の開発をさせている」などということも。
ティアにはどうしても信じられない話だった。
自分は何の病にもかかってはいない。なのにどうして、新薬の開発などが必要なのだろう?
それとも、「娘のため」というのがごまかしなのだろうか?
本当は他の病のために新薬が必要で、「娘のため」というのはただの名目なのでは?
だとすると、自分の知らないところで謎の病が発生してしまっているということになる。
それが本当なら大事だが……。
(こうして考えていてもらちが明きませんわね。やはり、城の内部のことを探らなければ始まりませんわ。城のことにも街のことにも詳しい、協力してくださる方が見つけられればよいのですけれど……)
ついつい考え込んでしまっていたティアだったが、ふいに肌寒さを感じて身震いした。
どうやら長居し過ぎたらしい。リオの体に何かあったらと思うと気が急いた。
ティアは慌てて立ち上がり、立てかけてあったはしごへ向かおうと一歩踏み出した。
(あっ)
とたん、足を滑らせて転倒しそうになる。
そこをこらえようとして、前に重心をかけすぎた。ティアは思い切り体勢を崩し、屋根の外側に身を躍らせてしまった。
「きゃああッ!!」
石畳に体を打ちつけて死んでしまう!
ティアは恐ろしさのあまりギュッと目を閉じた。
(申し訳ございません、リオフリード様! あれほど気をつけるよう言われておりましたのに――!)
リオに心で詫びつつ、ティアが大怪我か死を覚悟した時だった。体ごと誰かに受け止められたような衝撃を感じ、ティアは恐る恐る目を開けた。
「……ハァ。どうにか間に合った」
そう言って、心配そうに覗き込む何者かの瞳。
ティアは恐怖から解放された後の驚き、安堵感で、すぐには声が出せずにいた。
「まったく。気をつけなきゃダメだろう? もう少しで硬い石畳に体ごと落ちちまうところだったぞ」
その何者かは、首元から肩口までをすっぽりと覆うフード付きマントを身に着けていた。目深に被られた布地が影を作り、男の顔の上半分を覆い隠している。
「おい、大丈夫か? まさか、目を開けたまま気絶してるんじゃないだろうな?」
その者はティアを慎重に腕から降ろすと、覆っていたフードを長く美しい指先で後方へ滑り落とした。軽く頭を振った後に現れたのは、誰もが目を見張るに違いないほど整った顔立ちの男性だった。




