☀第2話 王女の主張
ティアが表に出たことで、カティはようやくいつもの落ち着きを取り戻した。
……完全に「悪霊を祓えた」と勘違いしているが。
まずはリオのことを説明しなくてはと、
ある日、気づくと自分の中に「リオフリード」と名乗る少年がいたこと
リオも、何故自分がティアの中に入り込んでしまったのか不明だということ
ティアが短剣で刺し殺されるところを、リオが目撃してしまったこと
これらのことを告げた。
「ま……まさか、そのようなこと……! セルランティア様が暗殺されるなどあり得ません!」
カティはせっかく取り戻した冷静さを即座に手放し、青い顔でゆるゆると首を横に振った。
「正直に言えば、わたくしも最初は信じられなかったのだけれど……。でもね、カティ。リオフリード様は嘘をつくようなお方ではないの。正直でまっすぐで、とてもお優しいのよ? だからね、カティ。これは本当に先の世界で起こることなのだと、今は心から信じているの」
「……セルランティア様……」
〈王女さん……〉
ティアは自分が刺し殺されたことを伏せ、リオが目撃してしまったことにした。
何故、リオが話していたとおりに話さなかったのだろう?
リオをかばう理由など、自分には一切ないはずなのに。
かばうよりもむしろ、自分を殺した男と憎んでもいいはずなのに……。
ティア自身にもハッキリとした理由はわからなかった。
とっさにそう言ってしまっていたのだ。
〈どーしてだよ、王女さん!? なんでカティに洗いざらいぶちまけちまわないんだ? あんなにカティのこと信頼してる感じだったのに……。そのカティにまで秘密にするなんて、いったい何考えてんだよ!?〉
事実を全て伝えなかったことに、リオは腹を立てているようだった。
やはり、まっすぐな人なのだ。自分の犯した罪を隠していることが、我慢ならないのだろう。
もし、ここで彼が自分の体に戻れたなら、自ら断罪されようとするかもしれない。
(そんなこと、絶対させてなるものですか。未来での罪は未来での罪。この時点では、彼はまだ罪を犯していないのですから。わたくしが生きていることこそが、その証明。この先考えなければいけないのは、街にいらっしゃるはずの〝もう一人のリオフリード様〟に罪を犯させないこと。わたくしを殺すことを思い留まっていただくことさえできれば、どちらのリオフリード様もお救いできるはず――!)
ティアはそう信じていた。
どんなにリオを「自分を殺した暗殺者」だと思い込もうとしても、彼女にはできなかったのだ。
特に、リオ自身を知ってしまった後では。彼が冷酷な殺人者などとは、とうてい思えなかった。
(リオフリード様がわたくしを殺したなんて、未だに信じられないけれど……。もし、それが事実だったとしたら、きっと深い事情があったはずですわ。リオフリード様の中に、わたくしを殺さなければならない理由が……。理由もわからずに決めつけるなんてできませんもの。後ほど、思い切ってお訊ねしてみましょう)
ティアは軽くうなずくと、カティをまっすぐ見つめて言った。
「お願い、カティ。リオフリード様がおっしゃるには、わたくしを殺そうとしている人間が街にいるの。早く街に行ってその者を探し出し、わたくしに対する暗殺計画を止めなければなりません。もしそれができなければ、ヴィソル様との婚姻式の日にわたくしは殺されます」
「そ……そのような……こと……」
カティは両手を口元に当て、微かに震え出した。
〈うぇえ!? カティでも震えるなんてことがあるのか!?〉
リオの驚きの声が響いた。
彼は、よほどカティのことを「無感情な人間」、もしくは「冷たい人間」だと思っているらしい。
とんでもない。
無表情であることと無感情であることには大きな違いがある。
カティは感情を表にすることが苦手というだけで、決して冷たい人間などではない。
幼い頃から彼女と過ごしてきたティアには、それが誰よりもわかっていた。
リオの驚きの声は聞こえなかったことにして、ティアはカティの説得を続けた。
「わたくしは幼き頃より城の敷地内――いいえ、この塔の外にすらほとんど出たことがありません。外のことに無知なわたくしでは、お父様から外出の許可を取ることなど、恐らくできはしないでしょう。ですから、カティ。街のことも城の敷地内のことも知っているあなたになら、お父様にも他の誰にも知られることなく、この塔から街へ行く方法を見つけられるのではないかしら。……無理なお願いをしていることはわかっているわ。でも、わたくしはどうしても街にいかなければいけないの」
「セルランティア様……。あなた様のお気持はよくわかりました。ですが、街に出られる方法が見つかったとしましても、私がお供するのではすぐに誰かに勘付かれてしまいます。かと言って、他の者を味方に引き入れることもできません。大変心苦しいのですが、やはり、街へお行きになるのは難しいかと――」
「それでは、わたくしとリオフリード様だけで街へ向かうわ。それならば問題ないでしょう?」
「な――っ! 何をおっしゃいます! 問題あるに決まっているではございませんか! お一人で街へ向かわれるなど――!」
「一人ではないわ。リオフリード様もご一緒ですもの」
「ただ中にいるだけという男に、いったい何ができるとおっしゃるのですか! セルランティア様が危険な目にお遭いになったとしても、その者は手も足も出せないのですよ!?」
〈な、何もできねーだとぉ!? バカにすんじゃねーよ、この無表情女! 俺だって王女さんを護るくれーでき――っ、……ねーか、今の俺じゃ……。クソッ! 体さえありゃー俺だって……!〉
リオは悔しそうに吐き捨ててから黙り込んだ。
ティアはしばらく考え込んでいたが、何か思いついたのか、胸の前で両手を軽く打ち合わせた。
「そうですわ! ヴィソル様にお願いしてはいかがかしら? ヴィソル様でしたら、事情を説明した上でご協力を仰げば、きっと応じてくださるはずよ」
名案だとでも思っているのか、ティアはニッコリと微笑んだ。
カティは僅かに眉をひそめ、リオは当然、
〈反対!! 反対!! はんたぁあああーーーいッ!!〉
ティアがその場で飛び跳ねてしまうほどの大声で、彼女の案を却下した。




