☀第1話 侍女VS悪霊?
今朝からティアの様子がおかしい。
何故リオがそう思うかと言うと、何度話しかけても返事がなかったり、ようやく反応があっても「えっ? 今、何かおっしゃいましたか?」と話を聞いていなかったりするからだった。
ティアらしくない。
実にティアらしくないと、リオはいつものようにカティを待ちながら考え込んでいた。
すると、
〈あ、あの……リオフリード様?〉
恐る恐るといった感じで、ティアが声をかけてきた。
「ん? どーかしたか、王女さん?」
〈あの……実は、カティのことなのですけれど……〉
「カティ? カティがどーかしたのか?」
〈え……ええ……。あの、それが――〉
コン、コン、コン。
規則正しく扉を叩く音。
速すぎもせずゆっくりすぎもしない、この聞き慣れた調子はカティだ。
リオはいつものようにカティを呼び入れ、カティから講義を受けるための机に移動――……しようとしたのだが。
今度は、カティの様子がおかしい。
運んできたらしい大きな桶を、扉の外側から部屋の中へと引きずり入れている。
そして何故か、右手には乾燥したハーブの枝と柄に括りつけられた鈴のようなものを。左手には大きめの手鏡を持ち、こちらを睨みつけるように入り口付近で直立している。
「なんだぁ、そりゃ?……じゃない! えーっと……ど、どーしたのカティ? 手鏡とハーブと……鈴? なんか持って。髪は整え終わったわよね?」
「…………」
カティは何も答えない。
答えない代わりに、スゥ……っと深く、ゆっくりと息を吸い込むと。
手鏡をこちら側にかざすようにしてから、ハーブの枝を水の入った桶にバッシャンと突っ込んだ。
そして、今まで聞いたこともないほどの大声で、
「悪霊退散ッ!! 早くセルランティア様のお体から出ていきなさい、この悪霊ッ!!」
などと言い、リオめがけてビシャッ! ビシャッ! とハーブですくった水をかけてきたのだ。
「ぅわッ!?――な、なんだなんだ!? いきなり何が始まったんだ!?」
ティアになりきるのも忘れ、リオは慌てて飛びすさる。
カティは何度もハーブを桶に突っ込んでは、ビシャリビシャリと水をかけ――。
「ちょっ、やめ――っ! やめろってカティ! いってー何のつもり――って冷てッ! うわっ、ちょ……っ、ぺッ! ペッ! 口に入った……ってしょっぺーな! 塩水か、これ!?」
「その昔、白魔女様から伝授していただいた魔除けの水です! ハーブを煎じて塩もたっぷり入れてありますから逃げられませんよ! さあ、今すぐセルランティア様から出ていきなさい、この悪霊!」
ビシャッ! ビシャッ!
カティはハーブの枝でリオに塩水をかけ続ける。
リオはもちろん悪霊ではない。
どれだけ〝魔除けの水〟とやらをかけられたところで消えることはないが、体中びしょ濡れになってしまいそうな勢いで水をかけ続けられたら堪ったものではない。
おまけに口に入れば塩辛い。ものすごくしょっぱいのだ。
カティは「塩もたっぷり」などと言っていたが、いったいどれだけの塩を入れたというのだろう。
さらにカティはものすごい勢いで塩水ならぬ魔除けの水をかけてくるものだから、体に当たれば少し痛い。
痛くて耐えられないというほどではないのだが、地味に苦痛だしとにかく鬱陶しい。
「やめっ、やめろってカティ! 俺は――っじゃねー。わっ、わたくしは悪霊などではありませんっ!」
「黙れ悪霊! 可憐なセルランティア様のお声で汚らしい言葉を吐くな! 一刻も早く立ち去れ!」
カティの〝魔除けの水攻撃〟は続く。
急に妙なことを始めたカティに閉口していたところに、ティアの声が響いた。
〈あ……あの……申し訳ございません。カティも悪気があるわけではないのですが……〉
「いやっ、悪気があるとかねーとかどーでもいーから! これ、何とかしてくれよ王女さん!」
「おのれ、気安くセルランティア様に語りかけるな! 汚らわしい!」
ビシャッ! ビシャッ! ビシャビシャビシャビシャーーーッ!!
カティの攻撃がいっそう激しくなった。いつの間にか大きな桶から小さな桶に水を移し、それを小脇に抱えながらリオを追い回している。
〈ああ……。やめて、カティ! リオフリード様は悪霊などではないの!〉
ティアが必死に訴えるが、当然カティには聞こえていない。
「ええい、しつこい! まだ消えないの!? 早く消えなさいっ、この悪霊めが!」
〈違うの! 違うのよカティ~~~っ〉
逃げ回るリオ。
追いかけ回して魔除けの水(ハーブ入りの濃い塩水)をかけまくるカティ。
涙声で説得しようとするティア。(ただし一切効果なし)
場は混沌と化していた。
「何なんだよこれ!? いつまで続くんだよ~~~っ?」
「おまえが消滅するまでに決まっている! ただちに滅せよ、悪霊!」
「だから違うのッ!! 話を聞いてっ、カティ!!」
〈――っ!……え?〉
「えっ?……あ」
ティアが叫んだとたん、体の主導者が入れ替わった。
それまで表に出ていたリオの意識が引っ込み、もともとの体の所有者であるティアの意識が表に出た。
「な……何ゆえに……。リオフリード様が眠っていらっしゃる時しか体を動かせず、声も表には出せませんでしたのに……」
ティアが呆然としながら両手を見つめ、声を出した瞬間。カティの猛攻が止まった。
「セ……セルランティア様? お体が戻ったのですか? 悪霊を祓えたのですね!?」
カティの顔が喜びに満ちる。心からの笑顔が、そこにあった。
(ぅえっ!?……カティが笑った……?)
リオは心底驚いて、思わず絶句してしまったが。
ハッと我に返ると、ティアの体の中で絶叫した。
〈祓われてねーよッ!! 勝手に人を退治した気になってんじゃねーーーーーッ!!〉




