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虹の瞳のセルランティア~殺した者と殺された者の魂は過去に飛び、互いの体に入って悲劇の芽を摘む~  作者: 咲来青
第3章 乗り越えるべきこと

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☽第19話 未来の罪と真実追求の決意

 エトナの弔いを済ませた後、リオは川の岸辺でぼうっと流れを見つめていた。


 何をする気にもなれなかった。

 体がやけに重く、顔や腕を上げる気力さえ湧かない。


(アラサブに『逃げんな』『目をそらすな』『前を向け』……とかって偉そーなこと言っといてこれだもんな……。我ながら呆れちまう)


 エトナのいない家は静か過ぎて辛い。

 もうエトナはいないんだということを、嫌でも思い知らされる。


 だから、すぐに家に帰る気にはなれなかった。


〈あの……リオフリード様……?〉


 遠慮がちなティアの声が響く。

 リオはまっすぐ川を見つめたまま、独り言のようにつぶやいた。


「ああ……。ごめんな、王女さん。今日は、ずっと無視してるみてーになっちまって」


〈いいえ。そのようなこと、どうかお気になさらないでください。この数日ほどエトナのために心を尽くしていらっしゃったのですもの、お疲れなのですわ。ぼんやりしてしまうのも無理のないことです〉


「けど……。ここんとこずっと、俺一人で体使って……王女さんに渡してやることできなかっただろ? 悪かったなって思ってさ」


〈まあ……! 何をおっしゃいますの? リオフリード様のお体はリオフリード様のものに決まっているではございませんか。そもそも、わたくしがお借りしている状態がおかしいのですもの。このままリオフリード様にお返しするのが、一番良いことなのかもしれませんわ〉


「けど!……じゃあ、あんたはどーなるんだよ? ずっと俺の中で生きてくしかねーってのか?」


〈それは……わたくしにもわかりませんけれど……〉


 ティアは考え込んでいるのか、しばらく無言の状態が続いた。

 リオはティアが再び話し始めるのを待っていたが、彼女の声はなかなか聞こえてこない。


 もしかして眠ってしまったのだろうか、という疑問が浮かび始めた頃、


〈リオフリード様は……わたくしを殺したくなったことはございますか?〉


 唐突に訊ねられ、リオはギョッとして顔を上げた。


「はあ!? 王女さんを殺したくなったことがあるかって? あるわけねーだろ、そんなもん!」


 即座に否定すると、ティアはホッとしたように「そうですか」と応えた。


「いきなりどーしちまったんだよ、王女さん? なんで俺が王女さんを殺さなきゃいけね……って……ん? 待てよ?」


 リオは思い出そうとして、自分の頭を片手で押さえた。

 しばらくしてから「あっ、そーだ!」と大声を上げる。


「確か、王女さんが俺の体に入り込んできた日だったよな? 俺が王女さんを刺し殺したとかなんとかって言って、あと……婚姻式がどーのこーので、季節がなんたらかんたらって言ってた、よーな……?」


〈はい、確かに申しましたわ。リオフリード様と過ごす日々があまりに楽しくて、今までわたくし自身も忘れておりましたけれど――〉


「えっ!?……た、楽しい? 俺と過ごす日々が?」


〈ええ、とても楽しいですわ。……エトナのことは……今は悲しい気持ちの方が強くなってしまっていますけれど……〉


 ティアはしんみりとつぶやいた後、ハッとしたように息を呑んだ。


〈い、いけませんわね。わたくしが沈み込んでは。リオフリード様のご心痛に比べましたら、わたくしの悲しみなど……っ〉


 ティアの声が涙声に変わっていた。

 リオは軽く首を振り、「そんなことねーよ」と彼女の言葉を否定した。


「王女さん、俺がすっかり寝込んじまってた時、エトナに言ってくれたんだろ? 『たった二人の兄妹なんだから、遠慮なんかしちゃダメだ』『我慢しないで言った方がいい』って。……エトナ、それで俺に病のこと話す気になったらしーぜ。『変な時のお兄ちゃんも好き』って」


〈へ、『変な時の』?……わたくし、エトナにそのように思われていたのですね……〉


 落ち込んでしまったのか、ティアの声には張りがない。

 リオは慌てて、ごまかすための言葉を探した。


「い、いやっ! 変じゃなくて……じょ、『上品』! 上品って言いたかったんだよ!」


〈……上品……〉


 ティアは再び黙り込んでしまった。

 苦し紛れの言い訳では、やはりごまかせなかったかと焦るリオをよそに、彼女は暗い声で訊ねてきた。


〈リオフリード様。もし、エトナの病が不治の病ではなく、治る見込みのある病だったとしましたら……あの時、どう思われました?〉


 リオはドキリとしながら「『あの時』って?」と訊き返す。


〈薬師のおじいさんに『国王が娘の病を治すために新薬を開発させている。そのために多くの薬が必要で、貴族が買い漁って王に貢いでいる』と……そうおっしゃっていた時ですわ〉


「え?……あ、ああ……あの時か」


〈あの時、王や貴族たちに対して憎しみを抱かれませんでしたか? エトナが『薬さえ飲めば助かる』と信じていらした場合……わたくしに殺意を抱く可能性は?〉


 ティアの静かな問いかけに、リオの心臓は大きく跳ね上がった。


「そ、そりゃ……マジで貴族のせいで薬が手に入んねーってんだったら許せねーし、殺意も湧いたかもしんねーよ。けど、それはあくまでホントだったらって話だ。証拠もねーのにそんなこと思うわけねーだろ! 王女さんだって『そんなはずない』って否定してたじゃねーか。だから――」


〈ええ……。ですがそれは、『エトナが不治の病と知ってから』のお考えですよね? もし、エトナが助かる見込みのある病にかかっていた、もしくはリオフリード様がそう思い込んでいらしたとしたら……考えも変わっていたのではございませんか?〉


 ティアの声はどこまでも落ち着いていた。

 冷静に、リオに答えを導き出すことを求めていた。


「エトナが、薬さえ飲みゃ助かるかもしんねーって思ってたとしたら……そりゃ、殺意くらいは湧いてただろーけど……」


〈……やはり、そうなりますよね……〉


 ティアは再び沈黙した。

 何を考えているのかと、リオはだんだんイライラしてきた。


「何なんだよ、さっきから!? 『殺意は』『殺意は』ってしつこく訊ーて! 王女さんは、そんなに俺に殺人者になってほしーのかよ!?」


〈そんなわけないではありませんか! そうなっていただきたくないから、いろいろお訊きして確信を得たいと思っているのですわ!〉


 ティアらしくない、ピシャリと叩きつけるような物言いだった。

 リオはその迫力に圧倒され、一瞬、返す言葉を失った。


〈エトナが不治の病と知った後のリオフリード様でしたら、わたくしを殺そうとなどするはずもございませんわ。数十日を共に過ごさせていただいて、それは確信しております。ですが……エトナが不治の病であることをご存知ない場合でしたら、いかがでしょう? 絶対にそういう思いに囚われないと、断言することができますか?〉


「そ……んな、こと……わかんねーよ。わかんねーけど……確信持てるわけじゃねーけど……」


 きっと、殺したいほど憎んでいただろう。

 ――言葉にはしなかったが、リオはそう思っていた。


〈リオフリード様。信じていただけないかもしれませんが、わたくしはある冬の日――隣国王子でいらっしゃるヴィソル殿下との婚姻式当日に、あなた様に刺し殺されたのです。そして、あなた様もまた誰かに……いずこからか飛んできた短剣に貫かれて亡くなりました。わたくしが記憶しているのはそこまでですわ〉


「は? 俺があんたを刺し殺して……俺も誰かに殺された?」


〈はい。信じていただけなくても無理のない話ですけれど、これらは全て事実なのです。そして、そこで死んだはずのわたくしは……半年ほど前に巻き戻った世界で、あなた様の姿で目覚めたのです〉


 いきなり自分が殺人を犯した、しかもティアを殺したと告げられたリオは、ただただ呆然とするばかりだった。

 しかも、過ぎ去った日のことではなく、これから先の世界でと言う。


 未だ混乱の只中であるリオに向かい、ティアは諭すように続けた。


〈エトナが不治の病と知った後のリオフリード様でしたら、罪を犯すようなことは絶対になさらないでしょう。ですが、巻き戻るより前の世界でのあなた様はわたくしを殺してしまった。憎しみに囚われ、罪を犯した〉


「そ……んな……」


〈わたくしは知りたいのです。巻き戻る前の世界で、本当は何があったのかを。エトナのことで貴族や王族、そしてわたくしに対する憎しみを募らせたあなた様は、結果的に罪を犯してしまいました。ですが……そこで終わる話ではないはずなのです。きっとどこかに、貴族や王族に対する憎しみを抱いている人間を探し、その者を手助けして()()()()()()()()()()()()()()()()()()はずなのです。わたくしはその者を探し出したい。何故そんなことをしようとしたのか――いいえ、()()()()()()()()()()()()のか、その理由を知りたいのです〉


「王女さんを……殺させるよう仕向けた? そいつに俺が操られた、って言いてーのか?」


〈はい、そのとおりですわ。……リオフリード様。このようなこと、今となってはお願いできる立場ではございませんが……わたくしに協力していただけないでしょうか? リオフリード様の憎しみにつけこんで、わたくしを殺させようとした者の正体を、共に追っていただきたいのです〉


 ティアの凛とした声に聞き惚れつつ、リオは未だ半信半疑の中にいた。

 だが、普通なら「バカバカしい」と一蹴してしまってもよさそうな話であるにもかかわらず。少しずつ信じる側に傾きつつある自分にも、気づき始めていた。

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