☽第17話 最高の思い出作り
ティアが再びリオとの〝同体共同生活〟に戻ってからも、彼の精神状態はしばらく不安定なままだった。
だが、ティアの励ましやエトナの変わらぬ明るさが、徐々にリオを立ち直らせていった。
もちろん、完全に吹っ切れたわけではないし、吹っ切れるはずもない。
それはティアにもわかっていたが――少なくとも、たまに軽口を叩くくらいまでには復活していた。
病のことがわかってからも、エトナは「動けなくなるまで働く」と言って聞かなかった。
こればかりはリオも簡単には引けず、反対の意思を貫いていた。
しかし、そこに助け舟を出してきた者がいた。
リオの親方の妻でもある、酒場の女将だ。
彼女は働きたいというエトナの思いを汲み、「具合が悪くなったらすぐ裏で休ませる」「絶対に無理はさせない」という条件の下、リオから(渋々ではあるが)承諾を得ることに成功した。
働いている間、ティアもリオもエトナのことが心配で、ろくに仕事が手につかない時もあったものの。
女将の言うことには、「心配いらないよ。たまにふらつくことがあるくらいで、以前と変わらず楽しそうに働いてるよ」だそうだ。
その言葉を聞き、ようやく二人も安堵することができたのだが。
家では常に、エトナの様子をほんの少しでも見逃すまいと目を光らせていた。
そんな、秋もすっかり深まったある日のこと。
エトナが突然、
「あたし、みんなで山に遊びに行きたい! 籠に昼食とか美味しいものたくさん詰め込んで、一日中はしゃぎ回るの。――ね? いいでしょ、お兄ちゃん?」
などと言い出した。
体のことを心配し、最初はティアもリオも反対したが、エトナは頑として譲らなかった。
「イヤ! これだけはぜーったい諦めないんだから! みんなで休みをとって遊びに行くの!」
最終的には二人とも折れ、親方と女将に頼み込んで「山遊び」することに決まった。
当然、アラサブとアデリンも一緒だ。
アデリンの方はエトナと同じ働き先ということもあり、女将からすぐに許しを貰えた。
だが、アラサブの働き先の親方は、悪い人ではないがリオの親方ほど大らかでもない。休みを貰うのはかなり大変だったらしい。
やっとのことで許しを得たアラサブは、
「急に『みんなで休みを取って遊びに行きたい』って言い出すなんて、エトナらしくないよな。どうかしたのか?」
などと訊いてきたが、ティアもリオも困ってしまった。アラサブたち兄妹には、エトナの病のことはまだ伝えていなかったからだ。
アラサブには「まあ、エトナだってたまにはわがまま言いたい時もあるって」と言ってごまかしたが、彼は最後までスッキリしない顔をしていた。
「うん、この辺りでいいかな。敷布を広げてお昼にしよう!」
エトナは明るく笑うと草原の上に籠を置き、中から敷布を取り出した。
それをアラサブが受け取り、リオと共に広げる。そこにみんなで座り、エトナいわく「楽しい昼食会」が始まった。
「今日はすっごいご馳走だよ! まずは、昨日女将さんにお願いして店の厨房で作らせてもらった〝羊肉の蜂蜜煮込みとチーズ入りパイ〟! お店の余りものを入れただけだけど、うちの店の料理がどれも美味しいってことはみんな知ってるでしょ? 味は保証するよー」
ニコニコ顔でエトナが敷布の上に並べ出したのは、手掴みで食べられるパイだ。
リオもアラサブも素早く手を伸ばしてパイを掴むと、大きな口でかぶりついた。
「あーっ、みんな揃って食べようと思ったのに! もう。お兄ちゃんもアラサブ兄ちゃんも行儀悪いなぁ」
エトナは不満げに口をとがらせたが、すぐにプッと吹き出し、
「ま、それだけこのパイが魅力的ってことだよね。……仕方ない。今日だけ特別に許してあげる」
と言ってうなずいた。
「エトナのお許しが出た!――ってことで、アタシもいっただきーい」
言うが早いか、アデリンもパイに手を出して男たちに負けじとかぶりつく。
エトナは「あっ。アデリンまで!」と呆れ顔だ。
「うん、美味い! すっごく美味い!」
「ホントだ! マジで美味ぇー!」
「いつもの店の味だけど、今日は特別美味しーい!」
アラサブ、リオ、アデリンが、口々にパイを絶賛する。
エトナは満足げに腕を組むと、ウンウンとうなずいた。
昼食を終えると、男二人は川で釣りを。女二人は花冠を作り始めた。
「よし! どっちが多く釣れるか勝負だ、アラサブ!」
「望むところだ! 釣りなら負けねーぞ!」
男二人は用意してきた釣り竿を持って川へと突進していき、真剣な顔で釣りを始める。
女二人はその様子を遠くから眺め、花冠作りに勤しんだ。
〈リオフリード様、釣りとはどういうものですの?〉
ティアが訊ねると、リオが「釣りは魚を捕る方法のひとつー」と独り言を装って返事する。
不思議なものだが、ティアとリオは「あの日」から、互いの意思で「体をどちらが使うか」決められるようになっていた。
ティアが出るべきところではティアが、リオが出るべきところではリオが、表に出て行動できるようになったのだ。
今日はティアが「わたくしはご遠慮いたしますわ」と、体の主導権をリオに譲ったというわけだった。
ティアとしては、幼なじみたちの思い出作りの邪魔をしてはいけない、という思いがあった。
(当然のことですが、わたくしはリオフリード様のお体をお借りしている身ですもの。ここで出しゃばるわけにはまいりませんわ)
そんなことを思いながら、ティアはリオの目を通して、彼らの思い出作りの様子を見守っていた。
「くっそー、負けた!」
リオは釣り竿を草原に放り投げ、悔しそうに後方へと倒れ込んだ。
アラサブはハハハと笑い、自慢げに胸を張る。
「だから言ったろ? 『釣りなら負けねー』って」
「うっせー! ちょっと黙ってろ!」
リオはふて腐れてそっぽを向いた。
そこにエトナとアデリンが現れ、二人の間に入って交互に目をやる。
「なーに? お兄ちゃん負けちゃったの?」
「そう! 勝者はオレ!」
再び胸を張るアラサブに、エトナはクスッと笑い、
「じゃあ、勝者にはこれを捧げます。おめでとう、アラサブ兄ちゃん」
そう言って、アラサブの頭に作ったばかりの花冠を載せた。
「えっ。……あ、ありがとう……エトナ」
不意打ちを食らって恥ずかしかったのか、アラサブの顔がたちまち赤く染まる。
その顔を見て、アデリンは目を丸くしながら、
「ええーッ!? アラサブ、もしかしてエトナのこと好きだったの? 幼なじみやリオの妹としてじゃなく、女として!?」
忙しく二人の間で顔を行ったり来たりさせ、大声を上げた。
「な――っ!……お、女としてって……」
さらに顔を赤くするアラサブに釣られるように、いつの間にかエトナの顔も真っ赤に染まっていた。
「えーっ、何よ何よ? もしかして知らなかったのアタシだけーっ? エトナも顔真っ赤だし……まさか、まんざらでもなかったりすんの?」
一人で大騒ぎしているアデリンを横目で窺うと、リオは寂しげにフッと目をそらし、空を見つめる。
リオの気持ちが痛いほどわかるティアは、同じく横の喧騒をよそに、どこまでも広がる青い空を見つめていた。
山から下りて街に戻ってくると、リオたちはアラサブたちと別れ、自分たちの家に帰ってきた。
「今日はすっ……ごく楽しかったね、お兄ちゃん!」
家に入ったとたん、エトナがそう言って、とても幸せそうに笑った。
リオも素直に「ああ」と答え、一度自分の部屋に引っ込もうと思ったのだが。
ゴトン!
後ろで大きな音が聞こえ、リオが反射的に振り向くと。
床に落ちて中身を散乱させた籠。そして、激しく咳き込んで真っ赤な血を吐き、テーブルの横に倒れ込むエトナが目に映った。




