☀第16話 思い出の答え合わせ
庭園からティアの部屋へ戻ると、カティが「おかえりなさいませ」と頭を下げながら出迎えてくれた。
テーブルに置いたままだった空のゴブレットはとっくに片付けられ、代わりにいつもより少し贅沢に思える昼食が用意されていた。
王族や貴族は朝は飲み物しか摂取しない代わりに、昼はしっかり食べる。
まず、いつもの昼食はこんな感じだ。
羊肉や牛肉、野菜などのハーブ煮込み
鹿肉や猪肉のロースト
チーズとハーブの和え物
白パン
薄めたワイン(または蜂蜜か蜂蜜酒入りハーブティー)
今日はそれらに加え果物のシロップ煮らしきものと、表面に何か塗ってあるのか、やたらツヤツヤとしたケーキまである。
「おっ、今日はいつもより豪勢だなぁ!」
嬉しくなり、ついティアではなく自分の言葉で言ってしまった。
リオはハッとした後、恐る恐るカティやヴィソルの様子を窺った。
(……ヤベーな。いつも無表情なのに、カティの目に鋭さが加わってる気がする。王子の奴は……。うっ。ポカンとしてやがる)
〈リオフリード様……〉
呆れているのか、ガッカリしているのか。ティアの力ない声が響く。
リオは慌てて席に着くと、
「さっ、さあ! ヴィソル様も早く座ってください!」
まだボーッと突っ立っているヴィソルに声をかける。
彼は数回瞬きすると、「あ、ああ……はい」と言って手前の椅子に腰かけた。
リオはカティに目をやり、
「で、では――用意をよろしく、カティ」
と告げた後、無理やり愛想笑いを浮かべた。
カティはじぃっとリオを見つめてから、「かしこまりました」と給仕を開始した。
昼食を終えると、ヴィソルは満足気にニコリと笑った。
「素晴らしい昼食をありがとう、セルランティア。どの料理も素晴らしかったが、特に食後のケーキは絶品でした。蜂蜜ケーキ、でしたか。君の国は農耕や酪農の他に養蜂も盛んなようですから、豊富な野菜や蜂蜜をふんだんに使った料理が多いのですね。このように珍しい甘味を味わわせてもらえて光栄でした」
〈まあ、さすがはヴィソル様! 我が国の特色もよくご存知なのですね。お褒めいただき、こちらこそ光栄ですわ〉
「ま、まあ……さすがはヴィソル様~……。我が国の特色もよくご存知で。……えーっと……お褒めいただき光栄、ですわ~……」
引きつり笑いを浮かべつつ、ティアの言葉を復唱する。完璧とは言えないが、ヴィソルは特に気にしていないようだ。
「我がソルアーザードは商業が盛んで活気がありますが、あなたの国は自然が豊かで落ち着きますね。とても癒されます」
(ヘッ。要するに〝田舎〟だって言ーてーんだろ。悪かったな、ド田舎で)
引きつり笑いをどうにか保ちつつも、心では舌を出すリオだったが、ヴィソルは気づく気配もなく話し続ける。
「癒されると言えばあなたにもです、セルランティア。あなたの傍にいるだけで、私の心までもが澄み切っていくように感じます。あなたがこのような場所に居続けなければならないと知った時は、お心に影を落としてしまわれないだろうかと心配だったものですが……どうやら杞憂だったようですね。あなたほど麗しい心の持ち主を、私は他に知りません」
〈まあ……。わたくしのことを、ずっとお気にかけてくださっていたのですね。お心が麗しいのはヴィソル様ですわ〉
ティアはひたすら感動しているようだ。
リオとしては面白くない展開だった。
そもそも、幼い頃にたった一度だけしか会ったことのない男に、何故そこまで肩入れできるのだろう?
いきなり唇を奪おうとしてきたり許可なく抱き締めてきたりする、ただの色ボケで図々しい男にしか思えないが。
(チクショウ! 十二年前に何があったってんだよ。思い出話聞く前に王子が来ちまったもんだから、さっぱりわかんねーじゃねーか!)
リオのイラ立ちが少しずつ強まっていく。
目の前にあるゴブレットを持ち上げ、また一気飲みしてやろうかと思い始めた頃、ヴィソルが真剣な顔つきで口を開いた。
「セルランティア。あなたは先ほど、幼い頃のことを覚えていると言ってくださいましたね。不躾な問いかけかもしれませんが、どこまで覚えていらっしゃるのか詳しくお教え願えませんか? 私の記憶とあなたの記憶に相違はないか、確かめておきたいのです」
(おっ。たまには気が利くことも言えんじゃねーか。ちょうど聞ーてみてーと思ってたところなんだ)
思いがけずヴィソルが十二年前の話を持ち出してきた。
リオはしめしめとばかりに、ティアの答えを待った。
〈どこまで……ですか〉
ティアは戸惑っているかのようにつぶやいた。
リオは「さっきのは社交辞令で、実は全然覚えてねー……とかだったらおもしれーのに」などと思いながら、口元をほころばせた。
〈なにぶん幼い頃の記憶ですし、夢見がちな人間にありがちな、〝都合よく記憶を書き換えてしまっている〟部分もあるかもしれないのですが……。わたくしの記憶としては、ヴィソル様との出会いはこのようなものでしたわ〉
そう前置きし、ティアは静かに思い出を語り出した。
リオは必死にティアの言葉を復唱しつつも、これで大体のことは把握することができた。
ティアの語ったところによると。
母親が死に、泣き暮らしていたところに突然「ヴィソル」と名乗る少年が現れたのだそうだ。
幼いティアは驚いて「どこから来たの?」と訊いたそうだが、ヴィソルは笑って「ひみつ」と答えた。
ティアがそんなことを言わずに教えてほしいとねだると、話をそらせるように彼女の瞳を覗き込み、
「うわあ……。とてもキレイな目をしてるね。まるで教会のステンドグラスみたいだ。青や紫や黄色や……とにかくすっごくすっごくいろいろな色が浮かんでる。いいなぁ。ぼくの色はひとつだけだから羨ましい」
というようなことを言い、褒めてくれたということだった。
そして「髪もキレイだね。こんな色の髪を見たのも初めて」と言って笑った後、ギュッと両手を握り締めてくれた。
ティアが驚きと感動でボーッとしていると、さらに幼い彼はこう言ったそうだ。
「待っててね、セルランティア。ぼくがもっとずーっと大きくなったら、君をここから助け出してあげる。君がどこでも自由に歩き回れるように、必ずしてあげるから。……ね、それまで待っててくれる?」
いきなり現れた少年にティアは何が何だかわからなかったが。
真剣な少年の瞳に魅入られたように、コクリとうなずいた。
〈その日以降、わたくしの涙は止まりました。どこからともなく突然現れた美しい少年。その時はまだ、彼の正体はわかりませんでしたけれど……。お父様から婚約の話を告げられ、お相手の方のお名前をお聞きしたとたん、ハッとしましたの。きっと、あの時の少年に違いないと。あのお方は、幼い日にわたくしと交わした約束を、ずっと忘れずにいてくださったのだと……〉
うっとりとした様子で話し終わると、ティアは黙り込んでしまった。
幼い日の思い出に浸っているのだろうと忌々しく感じながら、リオは義務感のみでティアの言葉を復唱し続けたわけだが……。
「素晴らしい! 私の記憶と全く同じだ! あれほど幼い日の約束を、よく覚えていてくださいましたね。記憶力も優れていらっしゃるとは……」
そう言って席を立つと、ヴィソルはこちらに向かって歩いてきた。
(おいおいおいおい、ちょっと待て! 止まれ! こっち来んなッ!!)
リオのそんな思いも虚しく、ヴィソルは再び断りもなく手を握り、
「やはりあなたは、私の伴侶にはもったいないくらいの方だ。美しく聡明なセルランティア。私の愛しい人――」
熱に浮かされたようにつぶやくと、リオの頬にそっと口づけた。
そして素早く体を離し、寂しげに微笑む。
「名残惜しいですが、そろそろ帰らねばなりません。再びお会いできる日を楽しみにしています。それでは――」
彼はきびすを返し、振り向くことなく部屋から出ていった。
呆然として固まっていたリオは、扉が閉まると同時に我に返り、
「……お……お……俺の初めてを……初めてを……っ」
震え声でつぶやく。
大きく両手を振り上げ、拳をテーブルに思い切り叩きつけると、
「あん……っのヤロォオオオーーーーーッ!! 今度会ったら八つ裂きにしてやる! 覚えてやがれぇえええーーーーーッ!?」
カティが傍に控えているのも忘れ、腹の底から叫んでいた。




