☀第15話 形ばかりの謝罪
脳内では、ティアがさめざめと泣き続けている。
リオは申し訳ない気持ちを抱えながらも、「そろそろ泣き止んでくんねーかな」とウンザリしてもいた。
「なあ、王女さん。王子を思いっ切り蹴って気絶させちまったのは悪かったと思ってるよ。思ってっけど、何もそこまで泣くこたーねーんじゃねーか?」
刺激しないよう、なるべく優しい声色で話しかけてみる。
ティアはまだシクシクと泣いていたが、リオの声には一応反応してくれた。
〈で、ですが……。先ほどからお倒れになったままですわ。部屋へお運びしたくても、わたくしの力ではとても抱えてなど歩けませんし……〉
「だから、カティを呼んでこようって言ってんじゃねーか。なのに王女さんが、王子を一人になんてさせらんねーとか言って駄々こねっから」
〈だ、駄々などこねておりませんわ! このような小路に、ヴィソル様お一人を置いてなどいけませんと申したまでです!〉
「だからそれが〝駄々こねてる〟っつーんじゃ……。いや、ま……いっか」
反論するのもバカらしくなり、リオは口をつぐんだ。
急所を蹴り上げてしまったのは自分なのだし、一応、反省はしているつもりだ。
だが、いきなりリオ(ヴィソルにとってはティアだが)の唇を奪おうとしてくるのも、問題大アリではないのか?
そもそも、幼い頃たった一度だけ会った程度で、二度目でそういう行為に及ぼうとする方がどうかしている。
王子というのはもっと上品で紳士的な生き物なのだと思っていたが、どうやら思い違いだったらしい。
(クソッ。これでこの先も油断ならなくなっちまったじゃねーか。……けど、俺と王女さんの貞操の危機だけは、ぜってー守り抜いてやるからな!)
拳をキツく握り締め、リオが心に誓った瞬間。
「ん……。うぅ~ん……」
ヴィソルが微かな呻き声を上げ、うっすらと目を開いた。
〈ヴィソル様!〉
(チッ。もう目覚めやがったか。日が暮れるまで気絶してりゃーよかったのに)
ホッとした様子のティアとは対照的にリオが心で毒づくと、ヴィソルはゆっくりと半身を起こした。
「ここは……? 私は、いったい……」
頭を押さえながら考え込んでいたヴィソルは、すぐに気絶する前のことを思い出したらしい。
たちまち顔を赤らめると、ヨロヨロと立ち上がってそっとリオの手を取った。
(ゲッ! こいつ、またしょーこりもなく――!)
リオは即座に身構え、すぐに逃げ出せるようにと一歩足を引いた。
「大変失礼いたしました、セルランティア。美しいあなたの瞳を覗き込んでいたら、ついうっとりとしてしまい……。危うく、吸い寄せられるように唇を重ねてしまうところでした。突然のことで、さぞ驚かれたことでしょう。本当に申し訳なく思っています」
まっすぐ見つめて謝罪の言葉を口にするヴィソルだったが、リオに許す気は毛頭なかった。
だが、ティアの方は謝罪する気満々のようだ。
〈そんな……。どうか謝らないでくださいませ。少々驚きはいたしましたが、わたくしは気になどしておりませんわ。むしろ、謝罪しなければいけないのはこちらの方です。あのような乱暴なことを……〉
そこで言葉を切ると、今度はリオに訴えかける。
〈リオフリード様。どうか、先ほどのことに対する謝罪をしていただけませんか? 反省はなさっているのですよね? でしたら、どうかそのお気持ちをヴィソル様にお伝えしてください。どれだけ謝罪したくても、今のわたくしにはできないのですもの。リオフリード様にお願いするしか、他に方法はないのです〉
「け、けど……」
モゴモゴと反論しようとするが、
「え? 今、何とおっしゃったのですか?」
〈リオフリード様、お願いいたします! わたくしの後に続いてくださいませ〉
ティアにここまで言われてしまっては、迷惑をかけ続けている身としては断りようがない。嫌々ながらうなずいた。
〈ヴィソル様。わたくしこそ、先ほどは大変失礼いたしました〉
ティアはリオに復唱を促すよう、ここで一度言葉を切った。
渋々ではあるが、リオは彼女の言葉を聞き取ったまま繰り返す。
「セルランティア――! いいえ。あなたが謝らねばならぬ理由などございません。私の想いが暴走しそうになったのがいけないのです。婚約しているとは言え、無礼極まりない振る舞いでした。己を律し得なかったことを心より恥じております。どうかお許しください」
〈いいえ。いかなる理由がございましても、暴力に走るのは許されないことです〉
「い……いいえ。いかなる理由がご、ございましても……暴力に……走るのは、許されないこと……です」
〈わたくしこそ、王女としてあるまじき行為でございました。心より謝罪申し上げます〉
「わ、わたくし……こそ、王女として……あるまじき、行為でござ……いました。心より……謝罪、申し上げま……す」
ティアの言葉をなぞって口に出してみるものの、顔からも態度からも〝イヤイヤ感〟が排除できない。
リオは思い切り眉間にシワを寄せ、顔を背けたままティアの指示に(口に出す言葉だけ)従っていた。
「ああ、セルランティア……! あなたに非など露ほどもありはしないというのに、私を傷つけまいとしてそのようなお言葉を……。なんというお優しい、まるで聖女のような方なんだ、あなたは。外見ばかりでなく、心までもお美しいとは……!」
リオからしたら、少しも心のこもっていない形だけの謝罪だというのに。
顔を背けているのを〝恥じらっている〟とでも勘違いしているのか、ヴィソルは一人で盛り上がっている。
リオは「早く手を離せよ、コノヤロー」などと思いながら、顔を背け続けていたのだが。
「やはり、私の運命の女性はあなただけだ、セルランティア! 待っていてください。お約束どおり、必ずあなたをこの状況から救い出してみせます!」
熱のこもった声で宣言すると、断りもなくリオをギュッと抱き締めてきた。
(ぎ……っ、ギャアアアアアアーーーーーーーーッ!!)
リオは心で絶叫した後、「何しやがる、この色ボケ王子ッ!」と突き飛ばそうとした。
しかし、
〈いけません! こらえてください、リオフリード様!〉
いち早く危機を察したティアから、鋭い声が飛んだ。
リオはギリギリと歯噛みし、両拳を強く握り締めることで、どうにかヴィソルを突き飛ばすことを断念した。
(クッソ~……! なーにが『まるで聖女のような方』だ! その聖女に手ぇ出すたぁ、とんでもねーヤローだな!)
欠けてしまうのではないかと、我ながら心配になるほど歯噛みしつつ。
血が出そうなくらい両拳を握り締めながら。
リオは必死に〝精神的・肉体的苦痛〟に耐え続けた。




