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虹の瞳のセルランティア~殺した者と殺された者の魂は過去に飛び、互いの体に入って悲劇の芽を摘む~  作者: 咲来青
第1章 王女と暗殺者

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☀第4話 王女の秘密

 頭の中に直接響いてくる声に、


〈わたくしはセルランティア〉


 そう名乗られてからしばらくの間、少年は言葉を失っていた。


 自分の声とは明らかに違う、しとやかそうな女の声。

 育ちの良さがにじむ、落ち着いた口調――。


 王女を刺した時、彼女は小さなうめき声くらいしか漏らさなかった。

 だから、彼女の声は知らないに等しい。


 しかし……鏡を見た限りでは、この体は間違いなくセルランティア王女のものだ。

 先ほど自分が出した声と、頭で響いた声だって全く同じだった。


 ――ということは、やはり……。


 少年はカラカラの口を開き、かすれた声でつぶやいた。


「嘘……だろ……」


 心臓の音がどんどん大きくなる。

 少年は震える両手を頭に持っていき、こめかみ辺りを強く押さえ込んだ。


(俺の中に王女がいる?……いや。俺が王女に乗り移ったのか?)


 これが夢であるならば、最もたちの悪い悪夢だ。

 自分が殺したはずの女に乗り移り、感情だけが生き残るなどとは――!


「冗談じゃねえ……! こんなことなら、あのまま完全にくたばっちまってた方がよっぽどマシだ!」


 少年は頭をかきむしり、両拳でもって自分の頭をガンガンと叩いた。


〈あ……っ、お、おやめください! そのようなことをなさっては――〉


 慌てたように話しかけてくる声を拒絶するように、少年はさらに激しく頭を叩き続ける。


「うるせえ、うるせえッ!! 俺に指図するな! 頭で気色悪ぃ声を出すなぁああーーーッ!!」


 激しく頭をかきむしると、何かがポトリと足元に落ちた。


「……え?」


〈ああ……。ですから申し上げましたのに……〉


 頭の中で、オロオロした感じの王女の声が響く。

 少年がゆっくりと下を見ると、そこには長くて艶のある、金色の髪の塊があった。


「ヒ……ッ!」


 ゾッとして、少年は数歩後ずさった。頭をかきむしったせいで、大量に髪が抜け落ちたのかと思ったのだ。

 両手で頭をまさぐると、そこには地肌の感触が――……すると思ったのだが。


「……ん?」


 頭のあちこちを触って確かめてみると、全てに髪の感触はあった。髪の生えていない部分など、どこにも感じられなかった。


「なんだ、脅かすなよ……」


 ホッとして頭から片手を離す。すると、指の間に挟まった髪が目の端に映り、少年はハッとして目を見開いた。

 キラキラと美しく輝く、珍しい髪色。暗殺の場で目にした、淡く赤みがかった金色の髪だったからだ。


「この髪……」


 髪を一房すくい上げ、じっと見つめる。

 ――間違いない。あの日、少年が目にした王女の髪だ。


 少年は再び鏡の正面に立ち、今の自分の姿を確かめた。


「……そうだ。俺が見た王女はこっちの方だった。……じゃあ……」


 今度は視線を下に移す。そこにはまだ、金色の髪の塊が落ちている。

 体を屈めて拾い上げ、まじまじと見つめる。

 それは本物の人間の髪を薄い革に植え込んで作られた、精巧な〝被り髪(フィクトゥピルス)〟だった。

 つまり、先ほどまで自分が鏡で見ていた金髪は、全て作り物の偽りだったということだ。


(なんで一国の王女が、こんなもので本物の髪を隠してやがんだ?)


 見たところ、王女の髪はとても豊かで美しく、地肌に薄くなっている部分があるわけでもなかった。

 それなのに何故、このような偽りの髪で本物の髪を覆う必要があるのだろう?


 疑問がよぎりはしたが、その時また、頭の中で王女の声が響いた。


〈あの……。あなた様はどなたなのですか? 何故、わたくしの体に……いえ、わたくしの体を、わたくしの意思とは関係なく動かすことができるのでしょう?〉


 訊ねる声は遠慮がちで、気を遣っているように感じられるところすらあった。

 だが、訊きたいのはこちらも同じだ。少年はカッとなって被り髪を床に叩きつけた。


「知るかよ、そんなこと! こっちだって迷惑してんだよ! 目が覚めたら女の体で! しかも、殺したはずの王女の体だぞ!? どうなってんだよ、これ!? なんで俺が、こんなわけわかんねー目に遭わなきゃなんねーんだ!?」


〈え……? 〝殺したはずの王女〟って、あの……どういうことでしょう? わたくしは、こうして生きて――〉


 王女は息を呑み、しばらくの沈黙の後、震え声で訊ねた。


〈ま……まさか……。まさか、わたくしは死んだのですか? ですから、わたくしの体が思うように動かせなく……なったのですか?〉


「だから知らねーっつってんだろ! こっちだってわけわかんねーんだ! 俺は目覚める前、確かにあんたを殺した! 殺したはずなんだ! あんたを刺した時の感触だって、今だってこうして残っ――」


 そこまで吐き出した瞬間、王女を刺した時の感覚が自分の腕に蘇ったような錯覚に陥り、少年は両手を凝視したまま凍りついた。

 じっとりと手に残る、肉を貫いた時のおぞましい感触――。


(そうだ、俺は人を殺したんだ。自分のこの手で。間違いなく、王女を……)


 喉の奥からせり上がってくる激しい吐き気と、今さらながら押し寄せてくる罪悪感。少年は言葉を失い、ガタガタと震える両腕を押さえつけるように自分自身を抱き締めた。

 すると、


〈あ、あの……。お辛いの……ですか?〉


 頭の中で、怯えを含んだ王女の微かな声が響いた。


「うるせーっ! 話しかけんな」


〈ですが、あの……。ふ、震えていらっしゃるご様子ですし……とても放ってなど……〉


「――っ!」


 少年はハッと目を見開き、忌々しげに舌打ちした。

 自分が殺したはずの相手に気にかけられるなど、ますます理解に苦しむ状況だ。


(この王女、正気か? 自分を殺した奴に向かって『とても放ってなど』おけねーだと?……ったく。信じらんねー……)


 少年はわざと大きなため息をつき、片手で頭をかきむしった。


「震えてなんかいねーよ! あんたに気にされる覚えもねえ」


 吐き捨てるように言い放つと、少年は大股で寝台まで歩いていき、ドカッと腰を下ろした。


「とにかく、今がどーゆー状況なのかハッキリさせとこーぜ。このままじゃ、お互いどーしていーかわかんねーし、何も始まんねーだろ」


〈え……?……あ、はい……そうですね。そういたしましょう。では……まずは、あなた様がどなたなのか教えていただけますか?〉


 しばらく黙り込んだ後、少年はふてくされたように名乗った。


「俺はリオ。リオフリード・ホップだ」

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