☀第12話 王子の告白、そして災難
カティは銀のトレイから宝石をあしらった特別製のゴブレットを持ち上げ、ヴィソルの前に極めて慎重に差し出した。
「セルランティア様お気に入りの蜂蜜酒でございます。セルランティア様はハーブティーで薄めたものを愛飲されておりますが、ヴィソル殿下にはそのままお出しした方がよろしいかと存じまして……」
ヴィソルはたちまち頬を緩ませ、ゴブレットに手を伸ばした。
「そうなのですね。セルランティアはハーブティーに蜂蜜酒を少々、がお好みなのですか。これは早速、私の『セルランティア日記』に新しい情報として書き込んでおかなくては」
〈まあ……! ヴィソル様ったら〉
ティアは恥ずかしそうにつぶやくが、声の調子で喜んでいるのがわかる。
リオはムスッとした顔をヴィソルに向けると、気づかれないように軽く舌打ちした。
(なーにが『私のセルランティア日記』だよ。気ッ色悪ぃ奴だな)
心で悪態をつきながら、リオは自分の前に置かれたゴブレットを荒々しく掴み上げ、ゴクゴク飲み干してからテーブルの上に置いた。
ヴィソルは驚いたように数回瞬きした後、場を和ますかのように愛想笑いを浮かべる。
「一度に飲み干してしまうとは、よほどお好きなのですね。私もこの国の蜂蜜酒は大好きなのです。我が国のものより繊細な味がしますから」
(けっ。『我が国のものより繊細』だぁ? いっちょ前に食通気取りかよ。蜂蜜酒にそこまで大差なんかねーだろ。テキトーなこと言ってんじゃねーっつーの)
〈リ、リオフリード様。一度に飲み干すのは癖でいらっしゃいますの? あの……可能でしたら、もう少々落ち着いてお飲みいただけませんか……?〉
ティアの声に、心なしか非難の色が含まれているのを感じ取り、リオはハァとため息をついた。
この前は体のことを心配して言ってくれていたはずの「落ち着いて」の言葉も、今日は違う意味合いのようだ。
リオも「さすがに態度が悪すぎたな」と即座に後悔したが。
王子の言動がいちいち癪に障るのだから、仕方ないだろうと思い直しもする。
(ああーっ、イライラする! なんでこんなモヤモヤすんだ? 王女さんとたった一度会っただけっつーこの男が、やたら馴れ馴れしーからか? それとも、そんなたった一度会っただけのこの男に、王女さんもまんざらでもねーって感じが漂ってるからか?)
自分でも説明できない不快感を抱え、リオはうつむいたまま考え込んでいた。
すると、
〈あの……リオフリード様? もしや、お体の具合でもお悪いのですか? そうなのでしたら、無理はなさらないでくださいね? 正直に申し上げましたら、ヴィソル様もきっと理解してくださいますわ〉
様子がおかしいことを心配したのか、ティアが穏やかな声で話しかけてきた。
「いや。べつにそーゆーんじゃ――」
小声で否定しようとしたところ、いきなり立ち上がったヴィソルが、
「セルランティア! 近くに庭園があるとお聞きしたのですが、今から少し案内してはいただけませんか?」
これまた唐突に、庭園へと誘ってきた。
庭園に来ると、ヴィソルは周囲の花々を見渡しながら感嘆の声を漏らした。
「これは美しい……! 色とりどりの花が咲き誇っていますね。多彩な色の花園は、まるであなたの瞳の色をそのまま表したかのように艶やかだ」
〈まあ、ヴィソル様ったら。先ほどからご冗談ばかり……〉
ティアが恥ずかしそうにモジモジしているのが目に浮かぶようだ。
リオはわざとらしくため息をついてから、ヴィソルに向かってニッコリと笑ってみせた。
「お世辞がお上手ですのね。今までどれだけたくさんの女性に同じような言葉を贈ってきたのかしら?」
皮肉であれば、どもることなくスラスラと口から出てくるのだから不思議なものだ。
言ってやったと、リオは心の内で自分を褒め称えた。
しかし、ティアに悲しげな声で「リオフリード様……」とやられてしまうと、たちまち胸がチクチクと痛み出す。
「まさか! 私は心から美しいと思っている人やものに対してでなければ、素直な胸の内を言葉にすることなどできませんよ。不器用な男ですから」
ヴィソルはリオの前まで進み出て、再びその手を取ると胸の前でギュッと握った。
(ぅげっ!……こいつ、また馴れ馴れしく手なんか握りやがって!)
そうは思ったが、ここで心底嫌がってみせればティアを悲しませてしまう。リオはグッと耐えた。
ヴィソルは真剣な目でリオを見つめ、握る手にいっそう力を込めた。
「セルランティア。私が常々、心から美しいと感じ入っているお方はあなただけです。十二年前、初めてあなたに出会った時。幼くしてすでに完成された美をまとったあなたに、わたしは息を呑みました。今まで目にしたこともない薄紅金の髪、吸い込まれそうな虹色の瞳……。これほどまでに完璧な美を体現なさっているお方は、世界広しと言えどもあなたしかいらっしゃいますまい」
よくもここまでスラスラと歯の浮くようなことをと、リオは呆れるやら感心するやらで圧倒されてしまっていた。
青紫色の瞳に自分(ティア)の顔が映っているのを呆然と見つめながら、リオは身動きひとつできない。
「この十二年、あなたのことを想わない日は一度としてありませんでした。寝ても覚めてもあなたの美しい髪と瞳が私を囚え、幼いあなたのあどけない笑顔は、いつも私の心に優しい火を灯してくださいました。……セルランティア。あなたと出会い、幼い約束を交わしたあの日から、私はあなたの虜です。他の女性など全く目に入らない」
〈ヴィソル……様……〉
ティアのうっとりとしたつぶやきが、リオの脳内で静かに反響していく。
逃げ出したい気持ちを必死にこらえてはいるが、リオにも限界が近づきつつあった。
「婚約者だから、ではございません。セルランティア。あなたがあなたであるからこそ、私はこれほどまでに惹かれているのです。恋焦がれているのです。……ティア、私にはあなたが必要なのです。どうか私と共に生きてください」
情熱的な(リオにとっては鬱陶しいほど長ったらしい)告白を終えると、ヴィソルはゆっくりと顔を近づけてきた。
(はあっ!?――っちょ、待っ――っ!)
リオが焦る一方で、ティアは「あ、そんな。いけませんわ、ヴィソル様……」などと、恥ずかしがってはいるが嫌がっている様子でもない。
(じょっ、ジョーダンじゃねーぞっ! 俺の『初めて』をこんなキザったらしーヤローに奪われて堪るかッ!!)
ティアには申し訳ないと思いつつ、リオはとうとう限界に達した。
「――っざけんな! 気が早ぇーんだよ、このヤロォオオーーーッ!!」
リオの渾身の蹴りが見事に急所を直撃。
ヴィソルは「ぐッ……!」という呻き声を発してから一拍の後、大の字で後方へと倒れ込んだ。




