☀第11話 王子の登場はウケ狙いと共に?
扉を開けて入ってきたのは、ひと目で魅入られてしまうような圧倒的な美青年だった。
だが、よくよく見ると服装が少しも「王子様っぽくない」。
普通の街ゆく若者たちが着ているような素朴な色、素朴な布地の服装だった。
(王子……って、普段はこんな服装してんのか? もっと金やら銀やら宝石やら、ジャラジャラ派手な装飾の付いた服を着てんだろーなって思ってたんだが……意外と地味なんだな)
上から下に視線を移動させながら、リオは値踏みするようにヴィソル王子を眺めていた。
すると、ヴィソルはたちまち顔を赤く染め、
「あ、いや……笑っていただこうと思ったのですが……。どうやら私の目論見は、見事に外れてしまったようですね。いやはや、全くお恥ずかしい……」
などと言いながら、片手で顔を覆った。
(は? もしかしてあの登場の仕方って……ウケ狙いだったのか?)
呆れ果てて見返していると、ヴィソルはひとつ咳払いした。
顔を上げてキリッと顔を引き締め、気を取り直したかのようにリオに向かってまっすぐ歩いてくる。
(ゲッ! こっちに来やがった! どどっ、どーすんだ!? どーすりゃいーんだ、俺っ!?)
リオが焦っている間にも、ヴィソルは落ち着いた足取りでやって来て、その場に片膝をついた。そしてリオの手を取り、
「大変長らくお待たせいたしました、セルランティア。幼い頃のお約束どおり、あなたを迎えにまいりました」
熱い視線で見つめると、手の甲にそっと唇を当てた。
瞬間。小さな虫の行列が背筋を這い上っていくかのような、強烈な不快感がリオを襲った。
(ゲッ!……ゲェエエエエエーーーーーーーッ!!)
心で絶叫し、反射的にヴィソルの手を振り払おうとしたリオは、すんでのところで思い留まった。
今、自分はリオではない。セルランティアなのだ。
しかも、目の前の男は彼女の婚約者。
相手を蹴り倒したくなるほど気色悪かったが、これ以上ティアに迷惑をかけるわけにはいかない。
リオの態度ひとつで〝婚約破棄〟などということにでもなれば大問題だ。歯を食いしばってこらえた。
ヴィソルはすっくと立ち上がり、今度はリオの両手を自分の両手で包み込むようにしてギュッと握った。
「セルランティア。あの日の約束を覚えていらっしゃいますか?」
〈ええ、もちろんですわ! とても幼い頃のことでしたけれど、あの時の記憶は、何故か今でも鮮明に思い起こせますの〉
「えっ、そーなのっ?」
思わずティアの声に反応してしまい、リオは慌てて口をつぐんだ。
「セルランティア……?」
ヴィソルは不安そうに声をひそめる。
リオは自分に鞭打ち、やっとのことで引きつり笑いを浮かべた。
「え、ええ……。もちろん、覚えております……わ。幼い頃のことでした……けれど、今でも、鮮明に……」
ティアの言葉を思い返しながら伝えると、ヴィソルはパッと顔を輝かせた。
「よかった……! お忘れになっていたらどうしようかと、実のところ恐れていたのです。覚えていてくださり心より感謝いたします、セルランティア」
〈そのようなお言葉、もったいのうございますわ。わたくしの方こそ、覚えていてくださって感激しておりますのよ? あのように幼い頃の約束を、ずっと忘れずにいてくださったばかりか、お一人で会いにまでいらしてくださるなんて〉
「え、えーっと……」
ティアの言葉を真似ようとしたリオだったが、聞き慣れない言葉を理解するのに苦戦していた。
(も、『もったいのうございます』って何だ? どーゆー意味だ? あとは、え~っと……。ダメだ! 『もったいのうございます』で思考が停止しちまって、他んとこが思い出せねー!)
リオは今まで、一切〝丁寧な言葉〟や〝上品な言葉〟などは使ってこなかった。
そんな彼にとって〝ティアの言葉を全て真似る〟という行為は、至難の業なのだ。
何か言わなければと思えば思うほど、リオの頭は真っ白になっていった。
「セルランティア、いかがなさいました? 顔色が優れぬご様子ですが……」
〈えっ! そうなのですか、リオフリード様?〉
心配そうに覗き込むヴィソルの顔に、同じく心配そうなティアの声が重なる。
いよいよ追い詰められたリオは、とっさに叫んでいた。
「ピーガガッ、ボンベッタンニョニャンッ!?」
――意味不明な文字列だった。
リオ自身、何故そんな言葉が口からこぼれてしまったのか――いや、声を大にして発してしまったのか、さっぱりわからなかった。
辺りは静けさに包まれ、リオはたった一人、真冬の雪原に放り出されたかのような寒気を覚えた。
ピキピキと体が凍っていく幻聴すら、聞こえてくるくらいだった。
「……は……?」
〈ピー……ガガ……?〉
言葉の意味を測りかねているのだろう。困惑しているような二人の声が続く。
「あの……今おっしゃった言葉は、どのような意味なのでしょう? 失礼ながら、私は耳にしたことがなく……。あなたの国特有の言葉なのですか? よろしければ、意味を教えてはいただけないでしょうか?」
〈わたくしも初めてお聞きする言葉でしたわ。リオフリード様、街ではそのようなお言葉が使われているのですか? わたくしにも、ぜひ意味をお教えくださいませ〉
二人から真面目に訊ねられ、リオはさらに追い詰められた。
意味など訊かれても困る。
リオ自身、生まれて初めて口にした言葉なのだから。
「あ……。いや、その……」
(知んねーよ! 俺だって、なんであんなこと口走っちまったのかさっぱりわかんねーんだよ!……くそぅ。いっそここで気絶でもしちまえたらいーのに。そしたら王子は王女さんに任して、俺はノンキに眠ってりゃいーだけなのによーっ!)
そんなことを考えていた時だった。
扉を規則正しく叩く音がし、
「セルランティア様、お飲み物を用意してまいりました。入室してもよろしいでしょうか?」
いつもと少しも変わらない。カティの声が響いた。
(やった! でかした、カティ!)
普段なら、ただただ憂鬱なだけのカティの登場だったが。
その時ばかりは「天の助け」と、リオは内心飛び上がってカティを迎え入れた。




