☀第8話 隣国王子の訪問
カティの話によると。
隣国ソルアーザード王国第一王子のヴィソル殿下は、城ではなく直接塔へ来るらしい。
しかも、このことを知っているのは国王と一部の家臣、そしてカティだけだというのだ。
あまりの異例さに、リオもティアも心底驚いてしまった。
「直接ここ!? しかも来るのを知ってんのは一部の人間だけ!? なんだそれ? 王子っつったら、家来やら護衛やらズラズラーッと引き連れて、馬車か何かで来るもんじゃねーのか?」
〈リオフリード様、口調が素に戻っていらっしゃいますわ。お気をつけくださいませ〉
ティアの指摘にハッとし、慌てて口元を押さえたものの、時すでに遅しだった。カティのまぶたが僅かだがピクリと動いた。
それでも彼女は何も言わず、リオをじっと見つめるのみだ。
「あ……。えっと、そのぉ……」
ぎこちなく視線をそらし、リオはなんとかごまかそうと話題を探した。
だが、焦れば焦るほど何も浮かんでこない。
(待て! 落ち着け、俺! 王子が来るなんて日に王女さんの中に俺がいることがバレたら、ぜってーヤベーだろ! 俺だけならまだともかく、王女さんに害が及ぶよーなことになったら耐えらんねーよ!……けど、どーしたらいーんだ? どーすりゃカティの気をそらせんだよ?)
リオが一人で追い詰められている間にも、カティは朝の支度をテキパキと片付けていく。
カーテンを開け、暖炉の火を強めにし、ティアの目覚めの一杯を用意するため部屋を出、階下の自室で飲み物を用意して戻ってくる。
これらのことを終えた後、カティは銀のトレイに載せたゴブレットを寝台脇の小卓に置き、
「セルランティア様、お目覚めの一杯をお持ちいたしました」
普段と全く変わらぬ口調で声をかけてきた。
「へ? 目覚めの一杯?……って、いつの間にッ!?」
顔を背けたまま、ひたすら〝カティの気をそらす方法〟を考えていたリオは、彼女のいつもと全く変わらぬ有能侍女ぶりに、引くほどおののいた。
(な、なんなんだコイツ? ホントに人間か? しばらくしたら王子がここに来るってーのに、ちっとも緊張してねーし。機械仕かけの人形とか、そーゆーんじゃねーのか?)
表情の読めないカティを横目で窺いながら、リオはゴブレットに手を伸ばしてちびちびと口に含んだ。
初日に、味を確認してから一気飲みしてしまったリオだったが、後にティアから注意を受けたのだ。「気に入っていただけたようで嬉しいのですけれど、可能でしたら少しずつお飲みください。お体に障るといけませんわ」と。
(しっかし、朝はこれだけっつーのはどーにも慣れねーな。パンでも麦粥でもいーから、腹に入れときてーぜ)
そんなことを思いつつも、「朝の一杯」を飲み終える。
すかさずカティがトレイを持ち上げ、一礼してから再び扉の外に消えた。
話すなら今のうちだ。リオは声をひそめてティアに話しかけた。
「なあ、王女さん。王子がここに来るってどーゆーことだ? 半年後には婚姻式ってんだから、とっくに顔合わせちゃーいるんだろーが、直接ここに訪ねてくるほどの仲なのか?」
〈い、いいえ。わたくしがヴィソル様とお会いしたのは、幼少のみぎりに一度だけですわ。たった一度しかお会いしたことはございませんの〉
「ええっ!? ガキん時にたった一度だけぇ!?」
思わず大声を上げてしまい、リオは慌てて両手で口元を押さえた。
耳を澄ませ、カティが階段を上ってくるような気配がないことを確かめると、再び口を開く。
「たった一度だけしか会ったことない奴が、いきなり王女の自室を訪問ってか? ずいぶん強引で図々しい男だな、そのヴィソルって王子」
〈いいえ、そのようなことはございません。ヴィソル様はとても素敵な殿方でいらっしゃいますわ〉
「は? 『素敵な殿方』ぁ?……たった一度、しかもガキん時に一度会ったっきりなのに、なんでそこまでハッキリ言い切れんだよ?」
〈そ……それは……〉
ティアは恥ずかしそうに口ごもり、しばらく言うか言うまいか迷っているようだった。
だが、やはり言おうと決めたのか、真剣な声で告げる。
〈わたくしが初めてヴィソル様にお会いしたのは、お母様がお亡くなりになってすぐの頃でしたの。お母様はこの塔で、わたくしと共に過ごしてくださっていたのですが……もともと体の弱いお方でしたので、年老いた侍女の病が感染ったことが原因で、若くして逝っておしまいになりました。わたくしは悲しくて寂しくて、毎日この塔で泣いておりましたの。すると、ある日のこと――〉
ティアがそこまで語ったとたん、誰かが塔の螺旋階段をゆっくり上ってくる音が聞こえた。
カティと考えるのが普通だが、「カティではない」と二人は同時に思った。
何故なら、カティの足音とは明らかに違ったからだ。カティはもっと控えめな、ほとんど聞こえないほどの足音しかさせたことがない。
それなのにこの足音は、一歩一歩踏みしめるかのように、堂々と落ち着いた調子で上ってくる。自信に満ちた若い男性を連想させる足音だった。
(まさか、もう!?)
〈もしや、ヴィソル様――!?〉
二人が同時に思った瞬間、大きく扉が開かれ、
「おお、我が愛しのセルランティア! 再び君に逢える日を、どれだけ待ちわびたことでしょう――!」
やたらと芝居がかった言葉と共に、一人の青年が入ってきた。
その青年の背中に〝まばゆい光と豪華な花〟が見えたような気がして、リオは呆気に取られた後、思わず両手で目をこすった。




