☀第4話 驚愕と戸惑いの夜
リオは絶望していた。
今日から共に生活するよう上から命じられたというカティが、常に視界に入ってくるようになったからだ。
とにかく、終始見張られているようで落ち着かない。
このような状況では、自分からティアに話しかけることもできないし、困った時にどうすればいいか相談することもできない。
そんな状態だというのに、何故かティアはのほほんとしている。
〈カティと夜も同じ部屋で過ごすなんて、幼い頃以来ですわ〉
などと言い、心なしか楽しそうですらある。
そう言えば、幼い頃にエトナが「アデリンの家に泊まらせてもらうの」と、妙にウキウキとしていた時があった。
女性にとって「友人や近しい人と一日中一緒にいる」という行為は、それほどまでに心躍る出来事なのだろうか?
……まあ、わからなくもない部分もあるにはあるが、それは数日の場合だろう。
これからずっと(かどうかはわからないが、とりあえずしばらくの間は)同じ部屋で過ごさなければいけないとなると、さすがに考えてしまうのではないだろうか。
(ったく、お気楽な王女さんだぜ。俺が王女さんの中にいる――なんてのがバレたら、どーなるかわかんねーってのに)
半ば呆れつつ、リオはカティに気づかれないようにうつむき、ため息をついた。
〈まあ。ため息などおつきになって、いかがなさいましたの?〉
すかさずティアが話しかけてくるが、カティが目の前にいるので返事するのもためらわれる。
リオは「なんでもない」という意味を込めて、目の前で片手を軽く振ってみせた。
するとすかさず、
「セルランティア様。いかがなさいました?」
カティから声がかかり、リオは「ヤベっ」と首を大きく横に振った。
「……さようでございますか。御用の際は、ご遠慮なくお申しつけください」
ほんの少し返事するまでに間があった気がするが。
それにはあえて気づかないふりをして、リオは微かに笑みを浮かべてうなずいた。
カティは無言のまま寝台に近づくと、腰をかがめて寝台下へと手を伸ばした。
何をする気だろうとじっと見つめていた瞬間、彼女は寝台下からごくごく薄い「もうひとつの寝台」のようなものを引き出した。
「ええっ!?」
驚きのあまり、リオは思わず声を上げてしまった。
まさか寝台の下からまた別の寝台が出現するとは、思ってもいなかったのだ。
(なっ、なっ……なんだあれ!? 寝台がふたつ――っ!?)
リオが呆気に取られている間にも、カティは黙々ともうひとつの寝台に敷かれた敷布の表面を手ではたいたり、整えたりしている。
もしかして、あそこで眠るつもりなのだろうか?
リオがドキドキし始めた時だった。
カティは自分の持ち込んだ麻袋の中に手を突っ込み、畳まれた布のようなものを取り出した。
そして、いきなり何を思ったか。
腰に巻かれた太めの紐(そこに小物入れなどを結んでいるのだ)を解いてテーブルの上に置き、胸当て付き前掛けを外し始めた。
「ちょ――っ!……な、ななっ、何やってんだよいきなりっ!?」
ギョッとして思わず声を上げてしまうと、カティはピタリと動作を止め、
「何とおっしゃいましても、夜着に着替えるだけでございます。セルランティア様の御前で失礼とは存じますが、就寝前に夜着に着替えるのは当然のことかと」
などと、平然と言い放った。
……いや、言っている意味はわかる。
リオのような平民であれば、就寝時は夜着どころか下着のまま、もしくは裸で眠る者も多いが。
カティのような貴族に仕える身であれば、夜着に着替えて眠るのが普通のことであるということは、リオにも理解できる。
だが、見た目はティアでも心はリオ(とティア)なのだ。異性がいきなり目の前で着替え始めたら動揺するに決まっているではないか。
ちなみにリオが着替える(カティに着替えさせてもらう)時は、ずっと目をつむっている。
初めのうちは不審がられたが、構わず続けていたら彼女も慣れたらしい。今では何も言わず、黙々と務めを果たすのみになっていた。
「と、当然って言っても! 俺っ、いや! わ、わたっ、わたくしの前でいきなり着替えるとかっ――て、し、失礼でしょうっ!? もう少しあ、主に気をっ、つ、使ったらどーなのかしらっ?」
ティアらしいとは決して言えないが、どうにかこうにか、それっぽい言葉遣いで言ってみる。
カティは着替えるのをやめ、深々と一礼した。
「大変失礼いたしました。私としたことが、セルランティア様の御前でお見苦しい姿をお見せしてしまい……。このカティ、一生の不覚でございます。表で着替えてまいりますので、どうかお許しくださいませ」
そう告げると、カティは麻袋の中に再び夜着を入れ、両手で持ち上げて扉の向こう側へ消えた。
リオはホッと息をついたが、着替えるためだけにわざわざ外へ行かせるというのはやりすぎな気がして、ほんの少し胸が痛んだ。
(……いや。これからずっとこの部屋にいるってんなら、着替えのたびにこっちが顔背けんのも変な気がするしな……。うん。やっぱりこれでよかったんだ。王女さんの方が立場が上なんだから、挙動不審になっちまうよりもっと堂々としてた方が、怪しまれなくて済むよな?)
そんなことを思いながら、リオは扉の方に目を向けたままティアにそっと話しかけた。
「王女さん。これからはあんたに話しかけんのも難しくなっちまうよな。……ってことでさ、こっちにとって都合が悪ぃことが起こった時は、今度から無理やりにでも眠っちまうことにするよ。それならあんたに出てきてもらって、用事済ませてもらうこともできるだろ?」
〈まあ……! それはわたくしにとってもありがたいお申し出ですわ。夜分以外にも動くことができるだなんて、久しぶりで胸が躍ります。……あ。ですが、急にお眠りになるだなんて……。そのようなこと、本当にできるものなのでしょうか?〉
「う~ん……。そりゃまあ、一瞬でってのはさすがに無理だと思うけど。多少無理があってもやんなきゃ、あんたの立場が悪くなる一方だぜ? 俺、やっぱりあんたの真似なんて上手くできねーしさ」
〈ええ……それはそうなのですけれど――〉
ティアが何か言いかけた、次の瞬間。
扉を叩く音に続いて、カティの入室許可を願う声が聞こえてきた。
リオは慌てて姿勢を正し、カティの入室を促した。




