☀第3話 衝撃に次ぐ衝撃
窓から外を見た時、いつもあったはずのものが忽然と消えていて、リオは我が目を疑った。
朝までは確かにあったはずなのだ。
それなのに、何度も目をこすって確認し直してみても、それが再び姿を現すことはなかった。
あまりの衝撃に固まってしまっていたリオだったが、
「ど……っ、どーゆーことだよ!? なんであの樹が消えてんだ!?」
そう叫ぶと、慌てて窓辺へと駆け寄った。
窓を開け、体を乗り出して周囲を見回す。
〈リ、リオフリード様……! そのように身を乗り出されては危のうございますわ〉
すかさずティアが注意を促したが、リオとしてはそんなことを気にしている余裕などない。さらに体を乗り出し、心の底から叫んだ。
「どこにいっちまったんだよ、樹ーーーッ!? あれがねーと、ここから抜け出せねーじゃねーかぁあああーーーーーッ!!」
――そうなのだ。
今朝までは立派な姿を見せてくれていたはずの逃亡用の大木が、跡形もなく消えている。
……いや。視線を下に移すと、真新しい大きな切り株が目に入った。
つまり、リオがこの塔から離れている間に切り倒されたということだ。
「カ……っ、カティの奴、やりやがったな!? まさかここまでするなんて――!」
滅多なことでは表情を崩さないカティの顔を思い浮かべつつ、リオは悔しそうに握った拳を震わせた。
おかしいと思ったのだ。今朝いきなり、なんの脈絡もなく、
「本日は少々遠出をいたしましょう。裏の森の散策を許可されました。ご自身で薬草を直接ご覧になり、実物を確認なさりながら名前をお覚えになった方が、頭に入りやすいですし」
などとカティが言い出した時は。
ティアからは、塔以外に行くことが許されているのは〝近くにある庭園〟くらいだと聞かされていた。
それが、いきなり「遠出をいたしましょう」とは――。
絶対、何か裏があるはずだとリオは怪しんだのだが。
「まあ! 庭園以外のところへ行けるだなんて……! 素晴らしいですわ。わたくし、とっても楽しみです」
あまりにもティアが弾んだ声を上げるものだから、
「何だか嫌な感じがする。やめておこう」
とは、どうしても言い出せなかったのだ。
(やられた……)
リオは切りたてほやほやに違いない大きな切り株を見下ろした後、ヘナヘナとその場にくずおれた。
これでいよいよ、塔からの脱出が限りなく不可能になった。「一刻も早くエトナに会いに行きたい」というリオの切実な願いは、この先も叶うことはないのだろうか。
「……いや。まだ方法はあるはずだ。簡単に諦めんじゃねーよ、俺」
自分に言い聞かせるようにつぶやくと、リオはここから脱出する方法を考え始めた。
(窓からが無理なら、やっぱ扉から出るしかねーよな。けど、鍵はカティが管理してんだから、まずは鍵を手に入れねーと)
どうすればカティから鍵を奪えるだろう?
そもそも彼女は、いつもどこに鍵を仕舞っているのだ?
そこが確認できなければ、奪うことなどできるわけもない。
まずは彼女の言動に注視し、鍵の仕舞い場所、もしくは、持ち歩く時に仕舞うところを見つけ出さなければなるまい。
次に、鍵を仕舞うところがわかったとして、それをどう奪うかだ。
(鍵を身に着けてるか、服の内側に隠してるとしたら……社交ダンスの練習の時くれーしか奪う機会はねーよな?……けど、服の内側なんて……)
「うわーっ、ムリムリ! 服の内側に手を突っ込むなんてできるわけねーだろ!」
思わず声に出してしまったら、ティアが不思議そうに訊ねてきた。
〈リオフリード様? 『服の内側に手を突っ込む』とは、どういうことなのでしょう?〉
「えっ?……あ、いやっ。なんでもねーよ! こっちの話だから気にしねーでくれ!」
〈そうなのですか? ならばよろしいのですが――〉
一応納得してくれたようだとホッとしつつ、リオは次の手を考え始めた。
(鍵を奪えねーとなると、やっぱ窓から出るしか……。けど、どうやって?)
リオはぐるりと室内を見回してみた。
家具や絵画、鏡……。ざざっと確認してみた印象では、窓から脱出するために役立ちそうなものは見当たらない。
(王女さんの言うことにゃー、縄とかもねーって話だしな。他に、縄の代わりになるよーなもんは……)
もう一度辺りを見回した時、ふと目に入ったものがあった。寝台に敷かれている寝具だ。
あの内部には羊毛がたくさん入っているのだそうだが、あれを全て取り出して布だけにし、それをいくつかに裂いて編み込んでいったらどうだろう? 数本束ねれば、そこそこの強度の縄のようになるのでは?
(そーだ、それなら俺にもできんじゃねーか? 多少時間はかかんだろーけど、夜中のうちに抜け出せりゃー城から街までは走ってすぐだ。……よし、その手で行こう!)
リオが新たな脱出方法を思いついた、その時。扉を規則正しく叩く音が聞こえた。カティだ。
「セルランティア様、入室してよろしいでしょうか?」
内心「よくねーよ」と思いつつも、渋々許可する。
一拍の後に入ってきたカティの手には、大きな麻袋のようなものが握られていた。
何の荷物だろうと思いつつ、リオは警戒して用事を訊ねる。
「本日より、セルランティア様のお部屋にてお仕えするよう申しつかりました。至らぬ身ではございますが、これまで以上に身近にてお支え申し上げる所存です。改めまして、どうぞよろしくお願いいたします」
いつものような無表情で、カティが深々と一礼する。
ポカンとその姿を見つめたまま、告げられた言葉を脳内で何度か反芻すると、
「は……はぁあああーーーーーッ!?」
今はセルランティアであることもすっかり忘れ、リオは王女らしからぬ大声を上げた。




