☽第2話 漠然とした不安
散々喚き散らしてスッキリしたのだろうか。
リオは「ま、今日はここまでにしといてやるか」とつぶやいて、すっかり大人しくなってしまった。
ティアはまだくらくらする頭を押さえながら、今の言葉もアラサブに伝えなければいけないのかと、リオに訊ねようとした。
だが、伝えてほしいならとっくに催促されているはずだということに思い至りティアはホッと息をついた。
仲の良い友人同士がケンカだなどと、どうなってしまうのだろうと心配していたが、どうやら仲はこじれずに済んだようだ。
「悪かったよ、リオ。最初からおまえに相談してればよかったんだよな。でも、ほら。エトナに告白して振られちまったら、おまえとも気まずくなっちまうだろ? そーゆーの嫌でさ。エトナは優しいから、振っちまったの気にして自分を責めちまうかもしれねーし……困らせたくなかったんだよ。だから、あの……ちゃんとエトナに好きだって伝えられるまで、誰にも言わないでくれねーか? 特にアデリンには、絶っっっ対に言わないでくれ!」
〈……は? 『好きだって伝えられるまで』?〉
リオはしばし沈黙した。
だが、その直後、
〈えぇええーーーッ!? まだ告白してなかったのかよ!? あのペンダント渡しただけっ!?〉
再びティアの頭がぐわんぐわんするほどの大声を上げた。
てっきり、告白して付き合うことになったとでも思っていたのだろう。よほど意外だったようで、最後の方は声が裏返っていた。
「なっ!? 頼むよリオ! アデリンには絶対絶対絶っっっ対、言わないでくれよ!? もしあいつにバレよーものなら、そこら中に言いふらされるからな!」
アラサブはガシッとリオの肩を掴み、激しく前後に揺さぶる。
リオの「頭ぐわんぐわん攻撃」からのアラサブの「体中ガクガク攻撃」に、ティアは危うく吐き気を催すところだった。
「しょ、承知っ、いたしっ、まし、たっ。……どっ、どなたっ、にもっ……申しませっ……からぁ~……」
リオを真似ることすら忘れ、ティアは涙目になりながら訴えた。
アラサブはハッとしたように肩から手を離し、「悪ぃ。つい……」と謝ってきた。
〈大丈夫か、王女さんっ?〉
リオは心配そうに訊ねてきたが、すぐにアラサブをかばうかのように言葉を重ねてきた。
〈けど、まー……アラサブが必死になっちまうのもわかんだよ。おしゃべりなアデリンにバレちまったら、次の日には街中の奴に知れ渡っててもおかしくねーし。俺だって、あいつにだけはぜってー秘密は打ち明けねーって決めてるくれーだしな〉
うんうんとうなずくリオの姿が見える気がして、ティアは込み上げてきそうになるものを懸命に抑えながら、「そ……そうなのですか」とうなずいた。
ティアとアラサブが酒場に移動すると、店内は騒然としていた。
いつもの「仕事帰りの男どもがワイワイと笑談しながら飲んだり食べたりしている」ような騒然ではない。男たちが席から離れ、何かを取り囲むようにして円を作って大声を上げたり何やら指図したりしているのだ。
何事かと、ティアたちも男たちの間を縫って輪の中心に向かう。
するとそこには、女将に体を支えられながら青い顔をして倒れている、エトナの姿があった。
「エトナ!」
ひときわ大きな声で名を呼ぶと、アラサブが男たちをかき分けてエトナの傍らに膝をついた。
ティアは驚きのあまり言葉を失い、両手で口を覆って立ち尽くす。
〈エトナ!……何だよ、いったい何があったってんだよ!?〉
リオの声でようやく我に返ったティアは、震える足を励ますように少しずつエトナに近づいていった。
「エトナ! エトナっ! どうしたんだよ、なんでこんな――っ。女将さん! 何があったか教えてくれ! どうしてエトナは――っ」
取り乱して声を上げるアラサブを制するように、女将が片手を前に出す。
アラサブがハッとしたように口をつぐむと、女将が落ち着いた声でアラサブの問いに答え始めた。
「注文を受けてる途中で倒れたんだよ。たぶん貧血ってやつだろう。倒れたのは初めてだけど、最近よくあるんだよ、青い顔でフラフラしちまってる時が。薬師にちゃんと診てもらって、数日休んだ方がいいって前から言ってるんだけどね。『お兄ちゃんに心配かけたくないから』って言って、ちっとも聞きゃあしないのさ」
〈俺に心配かけたくない? 前からって……〉
リオはショックを受けたように黙り込んでしまった。
その場の者たちの視線を一身に受け、ティアは青くなってへたり込む。
その時、エトナがうっすらと目を開いた。
「エトナ!」
アラサブの声に気づいたように、エトナはゆっくりと彼に視線を向けた。
エトナは彼を心配させないためか、うっすらと笑みを浮かべると、
「ごめん……ね。大したこと、ないの。いつもの貧血……だから、そんなに心配しないで……?」
「エトナ……。でも、『いつも』って――」
「ホントに……大丈夫。ちょっと、クラっとする……だけなの。食欲だってあるし、全然、平気だよ……?」
いつもの弾けるようなまぶしい笑顔ではない。弱々しく儚げな笑顔だった。
ただただ呆然とするしかなかったティアは、エトナと視線が合ったとたん「あ……」と声を上げたが、何を言えばいいかわからない。再び口をつぐみ、じっとエトナを見返した。
「大丈夫、だってば……。そんな顔しないでよ、お兄ちゃん。ちょっと休めば、元に戻る……から」
そこでまた笑うと、エトナは「ね?」と言って僅かに顔を傾けた。
「エトナ……」
喧騒の中心で、ティアは生まれて初めて味わう〝親しい人に関わる漠然とした不安〟に、そこはかとない恐れを抱いていた。




