☽第1話 男の友情、棒読みの伝言
収穫祭後も、しばらくリオの不機嫌は続いた。
いや。収穫祭後と言うより、収穫祭でエトナとアラサブが良い雰囲気だったのを目撃してから、と言うべきか。
家にいる時は、エトナが側にいると一言も喋らなくなってしまったし。
外でアラサブと出会った時などは、それまで普通にティアと脳内会話をしていたにもかかわらず、急に静かになってしまったりするのだ。
このままずっとこうなのだろうかと、さすがに心配になってきた頃。
ティアは思い切って、リオに「ずっと不機嫌な理由」を訊ねてみた。
初めのうちは「何もねーよ」「王女さんの気のせいだろ」などとはぐらかしていたリオだったが。
ティアが引き下がることなく何度も訊ねていたら、ようやく、渋々ながら理由を話してくれた。
〈べつに、アラサブがエトナに贈りものしてたのが気に入らねーとか、そーゆーんじゃねーんだ。ただ、エトナのことが好きなら好きで、なんで俺に言ってくんなかったんだとか、裏でコソコソしやがってとかいろいろ考えてたら、腹が立ってきちまってさ〉
リオはその時のことを思い出したのか、吐き捨てるように続けた。
〈隠してるなんて水臭ぇじゃねーか! 俺たち、ガキの頃からずっと一緒だったのに。打ち明ける機会なんていくらでもあったはずなのに、なんで何にも言ってくんなかったんだよ!〉
「……リオフリード様……」
リオの告白は、正直言ってティアの予想とはまるで違っていた。
ティアは何となく、〝妹を取られてしまうような寂しさ〟を感じ、アラサブに嫉妬しているのではないかと思っていたのだ。
だが、ティアが思うほどリオは子供ではなかったらしい。嫉妬よりも「親友に打ち明けてもらえなかった寂しさ」の方が、先に立っていたというのだから。
(それほど、アラサブ様との絆が強いということなのでしょうね。わたくしならきっと、嫉妬してしまっていたと思いますのに……)
ティアには友人と呼べる者など一人もいない。
いつも傍にはカティがいてくれたが、彼女は友というより姉のような存在だった。
(心の内を明かしてくれないと拗ねてしまうような友が、わたくしにもいてくれたら――)
リオの不満を聞きながら、ティアはそっと心でつぶやいた。
翌日。
仕事終わりのアラサブと会ったとたん、リオは「今から自分が言うことをそのまま伝えてくれ」とティアに頼んできた。
いきなりのことで心の準備ができていなかったが、ティアは小さくうなずいてリオの言葉を待った。
「リオ? どーしたんだよ、会ったとたんに黙り込んじまいやがって。……だいたい、最近変だぞおまえ? オレに何か言いたいことでも――」
〈いつからエトナのことが好きだったんだよ、この野郎!〉
「ええっ?……い……イツカラエトナノコトガスキダッタンダヨ、このヤロウ……?」
「うぇええッ!?……な――っ、ななっ、な、なんだよいきなりっ?」
ティアの棒読みを聞いた瞬間、アラサブの顔がこれ以上は無理だろうと思えるほど赤く染まった。
〈いきなりじゃねーっつーの! 収穫祭の時に見ちまったんだよ、おまえがエトナにペンダント渡してんのをな!〉
ティアは目を白黒させながらリオの言葉を必死に真似たが、どうしても〝感情のこもっていない平坦な音読〟のようになってしまう。
これでは怪しまれてしまうのではないかと、ティアもリオもヒヤヒヤしていた。
しかし、恥ずかしい場面を見られていた衝撃の方が遥かに大きかったせいなのか、アラサブはツッコむことなく、ひたすら動揺しているようだった。
「みっ、み、見てたっておま――っ、お、おまえなんでっ、どっ、どーしてあんなとこにいたんだよっ? 店番サボって遊んでたのかっ?」
〈サボってねーよ! 朝、親方が『いつも頑張ってくれてるお前たちに』って小遣いくれたんだよ! そんで、午後は自由時間にしていいって言ってくれたから、いろいろ見て回ってたんだよ!〉
ティアのたどたどしい〝リオの言葉の復唱〟を聞くと、アラサブは真っ赤な顔を隠すように両手で顔を覆った。
「うわー……。なんだよ、そーゆーことかよ。おまえも親方から小遣いもらって遊びに出てたのかー……」
〈へっ! 俺のいねーうちにエトナ誘って、あん時拾った石ころで作ったペンダント渡してた――ってか! どーりで、慌てて奪い返したわけだよなぁ? あん時から『エトナに渡そう』って考えてたんだろ?〉
懸命に真似ながら、ティアは「あの時とはいつのことだろう?」「どこであの〝歪だけれど綺麗な石〟を拾ったのだろう?」と頭の隅で考えていた。
あの日以来、エトナは毎日のように首からペンダントを下げている。
そして家に戻ると、自分の部屋の物入れから手のひらほどの大きさの小箱を取り出し、大切そうにそのペンダントを仕舞うのだ。
リオに指示され、ティアはたった一度だけ、エトナのいない隙にこっそりと小箱からペンダントを取り出し、確認したことがあった。
遠目でも「もしや」と思ったが、近くで見ても、そのペンダントは自分を殺した時にリオが首から下げていたものによく似ていた。
(これが本当にあの時と同じペンダントだとしたら、どうしてエトナではなく、リオフリード様がお持ちになっていたのかしら? これほど大切にしているのですもの。いくらお兄様とは言え、エトナが簡単にお譲りするとは思えないけれど……)
やはり、あの時目にしたものはこれとは別のものなのだろうか?
よく似ているものをリオが見つけ、妹と同じように首から下げるようになったのか?
(そんな、まさか。リオフリード様とエトナはとても仲のおよろしい兄妹だけれど、恋人同士がするようなことをリオフリード様がなさりたがるとは、とても思えない)
……では、どうして?
何故リオは、妹の(もしくは妹のものと似た)ペンダントをしていたのだろう?
考えても考えても、とうとうティアには答えを見つけることができなかった。
「……ああ、そーだよ。川であの石を見つけた時、すっげー綺麗だなって思ってさ。こういうの、エトナ好きそうだなって……。これをもっとピカピカになるまで磨いてペンダントに仕上げられたら、収穫祭の時にエトナに贈ろうって……そう思ったんだよ」
アラサブは未だ赤い顔のまま、ふてくされたように事の経緯を語った。
目をそらしながら白状する姿が、ティアにはとても可愛らしく感じられ、思わず笑みをこぼしそうになったのだが。
〈だーかーら! なんでそれを俺に言わなかったんだよ!? 俺が二人の仲を裂くとでも!? 『エトナと付き合うなんてぜってー許さねー!』とでも言うと思ったのか!?〉
リオの不機嫌な声で我に返り、ティアは慌ててアラサブに伝えた。
彼は少しの沈黙の後、
「……悪ぃ。……ちょっと思った」
耳を澄ませなければ聞こえないほどの声で告げた。
とたん、頭を抱えてうずくまりたくなるほどのリオの怒号が、雷鳴のごとく脳裏に響き渡った。




