☀第12話 陰謀疑惑と貞操危機
結局その日は、カティから長い説教をされるようなことはなかった。
「本日はごゆっくりお休みください」とだけ告げ、彼女は部屋から出ていった。
だが、鍵をかける直前、
「セルランティア様。もう二度と、勝手な振る舞いはなさらないと誓ってくださいますか?」
そんなことを訊ねられ、リオはぐっと詰まってしまった。
ティアのためにも、ここは「誓う」と返さなければいけないことはわかっていた。
わかってはいたが、どうしてもその言葉を口にすることはできなかった。
〈リオフリード様……〉
脳内でティアの悲しげな声がする。
申し訳なく思いながらも、リオは沈黙を貫いた。
「誓っては……いただけないのですね」
カティの淡々とした口調にも微かに失望の色が滲んでいる気がして、リオはギュッと拳を握ってうつむいた。
「ごめん。やっぱり俺――あ、いやっ。わ、わた――っ、わたくし、どうしても街に行きたっ……いの。行かなければいけないのっ」
ティアの口真似にしてはお粗末過ぎたが、どうにか自分の意思を伝える。
カティは長い沈黙の後、
「さようでございますか。……それでは、お休みなさいませ」
それだけ言うと鍵をかけ、階下の自室へと戻っていった。
カティの気配が完全に消えると、
「王女さん、ごめん。俺……」
リオはもう一度、街に行きたいことをティアに訴えようと思った。
だが、彼女は意外なほど優しい声で理解を示してきた。
〈承知しておりますわ。どうしても街に行かなければいけない事情がおありなのでしょう? 確か、妹さんにお会いしたいとおっしゃっていましたよね?〉
「えっ?……あ、ああ……」
〈そういうお気持ちでしたら、わたくしにも理解できます。きっと、妹さんも心配なさっているに違いありませんし……。カティの目を盗んで行動しなければいけないのは骨が折れることですけれど、わたくし、リオフリード様のご成功を心よりお祈りしておりますわ〉
「……王女さん……」
予想外のティアの言葉に、リオは呆然とした。
この王女、どこまでお人好しなんだと信じられない気持ちだった。
(王女さんがこんな人だってわかってたら、俺だって……)
「王女を暗殺しようなんて思わなかった」などと考えそうになり、リオはハッとして首を横に振った。
(何考えてんだ、今さら……! どんなに後悔したって事実は消せねー。俺が王女さんを殺したってことに変わりはねーんだ。それに、俺が殺してなくたって、結局は他の誰かが王女さんを――)
そこであることに気づき、リオは再びハッとなった。
(……そーだ。俺たちの計画を後押ししてくれた奴がこの城にいたってことは、城ん中にも王女さんを殺したがってた奴がいたってことじゃねーか。……ってことは俺が殺してなくたって、きっとそいつかそいつの仲間が王女さんを……)
リオはその事実に戦慄した。
このお人好しの王女を殺そうとしている人間が、城の内部にいるのだ。
だとすると、自分が王女暗殺を断念したとしても、彼女の運命は変わらないのか?
このまま婚姻式へと突入したら、ティアの命は……。
〈リオフリード様、いかがなさいましたの? 急に黙り込んでしまわれて……〉
リオはとっさに「なんでもない」と答えた。
王女暗殺を企てている人間がこの城の中にいる、だなどと言えるわけがない。
(王女さんには言わねーまま、探ってみるしかねーな。……けど、どうやって?)
ティアはこの塔から出たことがほとんどない。しかも、城に近付こうとするだけで王の怒りを買うのだ。
そんな状態で〝城の内部を探る〟などとできるわけが……。
(そーか、あの妙ちきりんな錬金術師! あいつ、確かこの塔に『通りかかった』とかって言ってたし……。もしかして、しょっちゅうこの辺りをウロチョロしてたりすんじゃねーか? あいつに城の奴らのことを訊くことができれば……)
そう思ったものの、リオはあの時、ドルジーとかいう錬金術師に嫌な感じを受けたことも思い出していた。
ドルジーに遭遇してすぐ、カティが慌てた様子で二人を探しにやってきたのだが――。
(あいつ、カティの耳に顔近づけて、なんかコソコソ話してたんだよな。そこまで長い時間じゃなかったけど、その後カティの顔色が変わって……)
常に冷静、表情を崩すことなどほとんどない彼女の顔色が、ドルジーが耳打ちしたとたんに変わったのだ。
あの時、ドルジーは彼女に何を伝えたのだろう?
内容によっては、あの男は信用に足る男ではないということになるが。
(……いや。よくよく考えてみりゃー、あんな妙ちきりんな自己紹介する奴、信用できるわけねーか)
リオの頭の中を、「王家お抱え科学者にして、大いなる知の探求者、そして王の財布を最も軽からしめる稀代の錬・金・術・師! ドルジー・テメンダス」という言葉がぐるぐる回る。
(……うん、やめよう。やっぱあんなヘンテコな奴を当てにするなんて危険だ。城の人間のこと訊くのは、もっと他の奴にしよう。婚姻式とやらがあるまではまだ半年近くあるんだ。それまでにどうにかできりゃー間に合――……ん? 『婚姻式』?)
瞬間。リオの全身から一気に血の気が引いた。
(婚姻式……ったら、隣国王子とやらと夫婦になるってことだよな? 夫婦になるってことは、トーゼンあんなことやこんなことも……)
リオの脳裏を〝婚姻関係の男女がし得る行為のあれこれ〟が雪崩のごとく押し寄せ、竜巻のごとき速さで回り出した。
(じょ……っ、ジョジョ、ジョーダンじゃねーぞ! 女とだってまだしたことねーのに男とだと!? そんなもんぜってー受け入れられるわけねーだろーがッ!!)
今さらながら〝ティアと体を共有しているために起こり得るであろうあれこれ〟に思い至り、リオはヘナヘナとその場にくずおれた。
〈リ、リオフリード様!?……いかがなさいましたの? ご加減が優れないのですか?〉
ティアの心配そうな声が響く。
だが、己の貞操の危機の可能性に恐怖するリオの耳には、しばらくは何ひとつ聞こえては来なかった。




