☀第11話 稀代の変人錬金術師
部屋中に重苦しい沈黙のとばりが下りていた。
リオはテーブル前の椅子に座り、両手を膝の上に置いてじっとしている。カティはその横に立ち、やはりピクリとも動かなかった。
先ほどからずっとうつむき通しのため、カティが今どんな表情をしているかは、リオの位置からはわからない。
常に無表情に近い顔つきをしているので、今もそうなのかもしれないが……。さすがに状況が状況だけに、怒った顔をしている可能性もあった。
「セルランティア様」
長い沈黙の後、ようやくカティが口を開いた。
「はっ、はいっ?」
緊張し過ぎて声が上ずる。
リオはますます体を固くして、カティの次の言葉を待った。
「ご就寝後に、何ゆえにあのようなことをなさったのか、教えていただけますでしょうか」
淡々とした口調は、いつものカティらしい。
だが、その中に微かな悲しみのようなものが感じられる気がして、リオはごくりとツバを飲んだ。
「え、え~っと……あのようなこと、って……?」
何を訊かれているのかは明白だったが、一応とぼけてみる。
とたん、深いため息が聞こえてきて、リオは慌てて顔を上げると一気にまくし立てた。
「いやっ、ごめん! 何も言わずに抜け出したのは悪かったと思ってるけど、こっちにはこっちの都合っつーか理由があって! 緊急の用事っつーか、どーしても確かめたいことがあったから仕方なく――っ!」
〈リ、リオフリード様! そのようなお言葉遣いでは怪しまれてしまいますわ!〉
ティアの声に今さらながらハッとしたが、もはや手遅れだろう。
恐る恐る様子を窺うと、カティは無表情を通り越し、虚無とも悟りとも取れるような顔つきでじっとリオを見つめていた。
「あ……。え~……っとぉ……」
冷や汗が全身からドッと噴き出すかのような圧。
リオはひたすら体を固くしたまま、気まずく視線を横に流した。
「『確かめたいこと』とは、どのようなことでございましょう? そもそもセルランティア様は、この塔を抜け出してどちらを目指されるおつもりだったのでしょうか?」
「えっ?……あ、えっと……。ちょ、ちょっと街へ……」
「街? お一人で街まで歩いていかれるおつもりだったのですか? 一人の供もお連れにならずに?」
「あ……うん……」
再びの沈黙。
完全に呆れているのだろうとガックリ来ると同時に、ティアには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
唯一の理解者であるように思える侍女との信頼関係を、一気に失わせてしまったのかもしれないのだから。
(王女さん、あんまりしゃべんなくなっちまったしな……。やっぱ、たった一人きりの味方って感じの侍女に、見放されちまうんじゃねーかって不安なんだろーな……)
罪悪感で胸が痛む一方、リオは「これでまた、塔から抜け出すのが難しくなっちまったな」と忌々しくも思っていた。
ティアに悪いと思う気持ちに嘘はないが、「一刻も早く家に戻って妹に会いたい」という感情だって本物なのだ。
(クソッ! あんなとこで妙な奴に出会いさえしなきゃ、とっくに街まで行けてたかもしんねーのに!)
リオは悔しさのあまり膝の上でギュッと拳を握り、唇を噛んだ。
あの時の妙な奴が脳裏をよぎる。
(それにしても……何だったんだろーな、あのあごひげがくるんって丸まった変な奴。王女さんに会うのは初めてみてーだったのに、やたら詳しそーなとこもあったし……。とにかく怪しいとこだらけの貴族っぽい奴だったぜ)
塔を抜け出すことに成功したまではよかったが、あのあごひげがくるんと上に向かって丸まった奴に遭遇したのが運の尽きだった。
その妙なあごひげ貴族は、リオをひと目見ただけで「セルランティア王女」だと気づいたのだ。
――にもかかわらず、無礼にも顔を近づけてきて、食い入るようにリオの瞳を覗き込むと、
「ほほぉ~う? これが噂に聞く虹色の瞳、ですか。確かに珍しい、吸い込まれそうなほどにお美しい瞳の色ですなぁ。――ま、遠目ではよくわかりませんが」
そう言ってニヤリと笑い、興味深そうにうなずきながら、指先であごひげをいじっていた。
(王女さんはずっとこの塔に隔離かなんかされてて、たまに来るのも父親である王様だけだって言ってた気ぃすっけど……。あいつ、王女さんの瞳の色だけじゃなく、ホントの髪の色まで知ってたんだよな。被り髪で隠すように言われてるくれーだから、王やごくごく身近な奴らしか知らされてねーことなのかと思ってたけど、そーでもねーのか? それとも、あいつは王の身近な奴らのうちの一人……だったり?)
――そう。
あの妙な貴族らしい男は、こうも言っていたのだ。
「そしてその御髪。いけませんなぁ、きちんと被り髪で隠しておいてくださらなければ。お父上であらせられる陛下がご覧になりましたらたーいへんなことになるところでしたぞ? この王家お抱え科学者にして、大いなる知の探求者、そして王の財布を最も軽からしめる稀代の錬・金・術・師! ドルジー・テメンダスが通りかかったことが唯一の救いでしたなぁ~、うぅん? セルランティア王~女、殿、下っ!」
(……あ。そー言や名乗ってたんだな、あいつ。個性が爆発し過ぎてて、そん時ゃあ全ッ然、話が耳に入ってこなかったけど)
改めて稀代の変人――いや、稀代の錬金術師なる「ドルジー・テメンダス」のことを思い返しながら。
リオはひたすら、カティの次の言葉を待っていた。




