☽第10話 収穫祭のできごと
「よし! これで準備は整ったな。店を開けるぞ、野郎ども!」
「はいっ、親方!」
親方の合図に従い、弟子たちがそれぞれの持場へと散る。
ティアはリオに教えられた通り、店の片隅に置かれたテーブルの上に木彫りの人形を並べ始めた。
「ここのところ、リオフリード様がわたくしに木彫り指南をしてくださっていたのは、収穫祭の出店に並べる商品を増やすためだったのですね」
リオにだけ聞こえるほどの声でつぶやくと、リオは「ああ」と返事をした。
〈毎年親方は、木工細工やちょっとした家具なんかの店を出してんだけどさ。その端っこに、売りたいものがある奴は並べていいってことになってんだ。売れればいい小遣いになるし、みんなこぞってこの日のために売りもんを用意すんだよ〉
「そうだったのですね。……ですが、わたくしの作ったものなど売れる気がいたしません。リオフリード様がお作りになったものとは差があり過ぎますもの。きっと売上には貢献できませんわ。申し訳ございません……」
〈――って、おい。売れるかどーかわかんねーうちから、謝る必要なんてねーっての。案外、俺の作ったもんより王女さんが作ったもんのが売れるかもしんねーだろ?〉
「まさか! リオフリード様がお作りになった品々に、わたくしの作ったものなど敵うはずもございませんわ。特に、この小鳥の置物などとても愛らしくて……。わたくし、初めて拝見した時はうっとりと見惚れてしまいましたのよ?」
〈ふ、ふ~ん……。そーなんだ?〉
「ええ! 見つめていると、いつの間にか頬が緩んできてしまいますの。まるで、幸福を運んできてくれる森の妖精のようではございませんか?」
〈そっ……かぁ?……え~っと……じゃあさ、王女さん〉
「はい? いかがなさいました?」
〈その小鳥の、やっぱ売るのやめる。俺の袋に入れといてくんねーか?〉
「えっ? これだけ愛らしいのにお売りになりませんの? 欲しいと思われる方はたくさんいらっしゃるはずですのに……」
〈ああ、売らない。仕舞っておいてくれよ。頼むからさ〉
「あ……はい……」
ティアは小鳥の置物を手のひらで包み込むようにして持ち上げると、肩から斜めがけしている布袋にそっと仕舞った。
その時、再び親方から号令がかかった。
「よし、準備完了! 小僧ども、集まれぃッ!」
号令に従い、少年たちが親方を取り囲んだ。
大工の間では、十代までの見習いのことを「小僧」と呼んでいるらしい。
親方は少年たちを見回すと、ビリビリ響く重低音で告げた。
「今日は収穫祭だ! 日頃から頑張ってくれているおまえたちに小遣いをやろう! 一人ずつ両手を前に出せ!」
少年たちは「やったー!」と歓声を上げながら、我先にと両手を差し出す。
親方は彼らの手に一枚ずつ銀貨を載せていった。
〈うぉおーっ、銀貨かよ!? 親方、今年は奮発したなぁ!〉
リオが歓声を上げた。――ということは、銀貨一枚というのは彼らにとっては大金なのだろう。
ティアも貨幣の価値については学んでいるが、自身で使ったことはない。
塔から庭園に出ることがせいぜいで、城の敷地内から出たことなど一度もない彼女は、そんな機会さえなかったのだ。
貨幣を手にするのも今日が初めてで、銀貨一枚の価値も実感としてはわからなかった。
〈やったな、王女さん! これであれこれ買い回れるぜ!〉
「え?……え、ええ……」
恥ずかしくて「銀貨一枚で何がどれだけ買えるのか」と訊ねることもできず、ティアはただうなずいた。
本日の目玉商品は完売ということで、午後からは小僧全員、自由時間ということになった。
ティアもリオに案内してもらいながら、収穫祭の出店や催し物などを見て回っていた。
広場では大道芸などが披露されていて、ティアは初めて見る奇抜な格好をした芸人たちの巧みな技に驚いては、何度も歓声を上げた。
昼食には「とろとろチーズの焼きパン」を熱々のまま食したり、井戸水でキンキンに冷やした「ほんのり甘いハーブ水」を飲んだりもした。
「とろとろチーズの焼きパン」はこの街の名物だそうで、直火で溶かした塩味強めのチーズを、ほんのり焦げ色がつくまで焼いたパンに載せたもの。大人も子供も大好物ということだった。
ティアは舌が火傷しそうなほどに熱々のものを食したことがなかったので、初めの一口は少しだけ勇気がいった。
だが、信じられないほどの美味しさに、感動して涙まで浮かべてしまった。
〈いくらなんでも大げさだろ。城じゃあ美味いもん毎日食ってたクセに。エトナが作ってくれた朝食ん時とはえれー違いだな〉
リオはそう言ってからかったが、ティアはムキになって言い返した。
「そんなことございません! あの時もわたくしは『美味しい』と――」
〈そー思ってるよーには見えなかったけどなぁ? 同じ『美味しい』でも、チーズパン食った時とはかなり反応違ってたし〉
「そ、それは……。……うぅっ。意地悪ですわ、リオフリード様。わたくし、エトナが作ってくれた朝食には今も感謝しておりますのよ? ですが、あの……パンの硬さに、少々驚いてしまっただけですわ……」
否定しきれないところがあるのか、ティアの声がどんどん小さくなっていく。
リオはケラケラ笑っていたが、突然ハッとしたように口をつぐんだ。
「リオフリード様?」
〈王女さん、隠れろ! その店の陰に、早く!〉
鋭い声が飛び、ティアは意味がわからず立ち止まった。
「え? あの……?」
〈何でもいいから隠れろって! ほら、そこの店の奥!〉
「あ……は、はいっ」
ティアが店陰に隠れたとたん、今度は「顔だけそっと出して辺りを窺え!」との指示を受ける。
言われた通りにこっそり辺りを窺うと、少し離れたところにいるアラサブとエトナが目に入った。
「まあ。アラサブ様とエトナですわ。リオフリード様、お声がけしなくてもよいのですか?」
〈いいからちょっと黙っててくれ!〉
イラ立つような声に不安になったが、ティアは素直に従って二人の様子を窺い続けた。
最初のうち、二人は楽しそうに話をしているだけだった。
だが、アラサブの顔が急に真剣に変わり、ベルトから下げた袋から何やら取り出して、エトナの前に差し出す。
それを見たエトナはパッと顔を輝かせ、とても嬉しそうに笑った。
アラサブは照れくさそうにそれを手にすると、エトナの頭上へ持っていき――。
「あれは? ペンダントのように見えますけれど……」
そこでティアはハッとなった。あのペンダントとよく似たものに見覚えがあったからだ。
(あれは……わたくしを刺した方が持っていらした――?)
床に倒れた暗殺者の首から下げられていた、キラキラと輝く歪な石のペンダント。遠目でハッキリとは確認できないが、あの日のペンダントによく似ていた。
(あの時のペンダントだとするならば……何故、それをエトナが? あれは、アラサブ様からエトナへの贈りものだったのでしょうか?……だとすると、それをどうしてリオフリード様が……?)
わからないことがたくさんあった。
だが、あのペンダントがあの時と同一のものだとすれば、やはり暗殺者はリオ本人。そう考えるのが妥当だ。
(そんな……。リオフリード様が、わたくしを……)
喧騒が行き交う街の片隅で。
高揚していたティアの心は、さざ波が引いていくように冷えていった。




