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虹の瞳のセルランティア~殺した者と殺された者の魂は過去に飛び、互いの体に入って悲劇の芽を摘む~  作者: 咲来青
第1章 王女と暗殺者

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☽第2話 窓に映った暗殺者

「よかったぁ。いきなり倒れちゃうんだもん、心配しちゃったよ。でも、もう大丈夫そうだね!」


 ニコリと笑う少女の顔を戸惑いつつ見つめ、ティアは掛布をギュッと掴みながら訊ねた。


「あ、あの……あなた様は?」


 少女は不思議そうに首を傾げた。


「『あなた様』ぁ?……えぇ……何言ってるの、お兄ちゃん? まだ寝ぼけてるの? いつもは『おまえ』とか『エトナ』って呼んでるくせに、いきなり『あなた様』なんて……」


「……え、と、な……?」


「そうだよ、エトナだよ。お兄ちゃんのたった一人の妹でしょ! 寝ぼけてるからって、そんな大事なこと忘れるー?」


 少女は不満げに口をとがらせ、これみよがしに腕を組んだ。


(……妹? この少女が……わたくしの?)


 ティアは混乱した頭で、必死に状況を整理しようとした。


 自分は確かに刺された。

 そこで死んだはずだった。

 なのに今、こうして生きている。


 ただし、別の誰かの体で――少年の体で。


「そんな……。わたくし……」


「『わたくし』ぃ!?……ねえ。ホントにどうしちゃったの? まさか……どこかで頭打った?」


 エトナと名乗った少女が心配そうに覗き込んでくる。

 ティアはとっさに首を横に振った。


「い、いいえ。頭を打ったわけではなくて……。確か、胸を刺されて……」


「はあッ!? 胸を刺されたぁ!?」


 少女は素っ頓狂な声を上げた後、にわかに顔を曇らせた。


「やだ……。ホントにどうかしちゃったんじゃないの? 昨夜は刺されたような傷なんてどこにもなかったし、今だって……ほらっ」


 そう言うと、少女は問答無用でティアの上着をまくり上げた。


「きゃああッ!!」


 ティアはとっさに両腕で体を抱き締め、寝台の上で小さく丸まった。


「きゃ……きゃあって……」


 いきなり大声を出されて驚いたのか、少女は戸惑うように声を抑えた。


「そんな、女の子みたいな悲鳴上げて……。やっぱり、倒れた時に頭を強く打っちゃったんだね。……でも、どうしよう。薬師さんに診てもらいたくても、そんな余裕はないし……」


「薬師……?……あ、いえ。宮廷医様は必要ありません。わたくし、ほんの少しばかり混乱しているだけですの……」


 恐る恐る顔を上げてそう告げると、少女は幽霊でも見てしまったかのように顔を歪めた。


「きゅうていい? 混乱しているだけです……〝の〟?」


「あ……」


 ――そうか。

 何故かはわからないが、自分は今、少年になってしまっているのだ。

 しかも、どうやらこの少女の兄らしい。


 とりあえず、少年のような受け答えをしなければならないのだと気づきはした。

 だが、どうしていいのかが、ティアにはさっぱりわからなかった。


(困りましたわ。この少女のお兄さんというお方が、どのような話し方をしていらっしゃるのか存じ上げませんし……)


 ほとほと困り果てていると、少女はようやく気を取り直したらしく、取り繕うように笑みを浮かべた。


「とにかく、もう少し眠ってた方がいいよ。親方さんには、『今日はお休みさせてもらいます』ってあたしから伝えておくから。……ねっ? 今日一日ゆっくり休んで、それでも具合が悪いようだったら、薬師さんに相談しよう?」


「え?……あ、いえ。わたくし、具合が悪いわけでは――」


「いいから、いいから!――ほらっ、早く横になって! その間に、親方さんにお休みのこと伝えてくるよ。それが終わったら、朝食作って持ってくるね!」


 少女は強制的にティアの体を寝かしつけると、ボロボロの掛布を首の下まで引き上げた。

 くるりときびすを返し、素早く扉を開けて顔だけ振り向くと、


「じゃあね、ちゃんと寝てるんだよ?」


 それだけ告げてから、バタンと扉を閉めた。

 ティアは呆気に取られ、しばらく扉を見つめていたが……ふと我に返り、天井に顔を向けて息をついた。


(とても朗らかな、笑顔の素敵な少女だったけれど……。わたくしが、彼女のお兄さん……?)


 不可解なことばかりだ。

 てっきり命を奪われたと思っていたのに、目が覚めたら別人に――しかも、男性になってしまっているなんて。



 気泡だらけで、透明度の低いガラスがはめ込まれた窓。その外を見ると、同じようなみすぼらしい家が密集していた。


(なんという寒々しい光景でしょう……。これがもしや……スラム街、というものなのでしょうか……?)


 ティアは今の今まで、王都にこのような場所があるということすら知らなかった。

 いや、噂ぐらいは耳にしたことがあったが、実際に目にするのは初めてだった。


 胸に奇妙な感覚が広がっていく。

 ……罪悪感だろうか。

 それとも無知、無関心であったことによる恥ずかしさ――?


「とにかく、落ち着かなければいけませんね」


 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、ティアは平らになってしまった胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸した。


 まずは状況を把握しなくては。

 自分が今、どんな姿になっているのかを確認してみよう。


 そう思ったティアは、動くたびにミシミシと音を立てる寝台から体を起こし、軽く周囲を見回した。どこかに鏡はないかと思ったのだ。

 だが、それらしきものはどこにも見当たらず、ティアはそっとため息を漏らした。


「……あ。そう言えば――」


 ふと思い出し、ティアはもう一度窓に目を移した。

 先ほどは街の様子に気を取られて気づかなかったが、そこには一人の少年の姿が映し出されていた。


「え……?」


 ティアは我が目を疑った。


 まさか。そんなはずがない。

 そんな恐ろしいことが、あっていいはずが――……。


 ドクンドクンと大きく響く鼓動を感じながら、ティアは窓に手を伸ばして自分の顔を近づけた。


「……嘘……。この顔……」


 忘れられるはずもない。

 自分の胸を短剣で突き刺した殺人者が、そこにいた。


「これが……わたくし?……まさか、そんな……」


 震える両手を口元に当て、恐怖におののいていた時だった。


〈はあ!? なんだよ『わたくし』って!? 俺の声で気色悪ぃこと言ってんじゃねーっ!〉


 少年らしき声が、ビリビリと脳に直接響いてきた。

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