☀第7話 ときめきと戸惑いと
翌日、リオは心地よい寝具に包まれたまま幸福な気持ちで目覚めた。
眠りに就く前は重くて痛くてたまらなかった体が、今は嘘のようにスッキリとし、痛みもどこにも感じられない。きっと熟睡できた結果だろう。
「ん、あ~……よく寝た」
大きく伸びをしてつぶやいたとたん、
〈リオフリード様! お目覚めになったのですね……!〉
頭の中でティアの声が響き、リオはギョッとして目を瞬いた。
「え……。な、なんだよ急に。朝なんだから目覚めるに決まってんだろ」
昨日起きたことはやはり夢ではなかったかと思いながら、リオは心臓をバクバクさせながら返答した。
〈それはそうですけれど……。昨夜は何度お声がけしてもお返事はいただけなかったものですから、少々案じておりましたの。消えてしまわれたわけではなくて、本当に良うございましたわ〉
(『良うございました』って……よかったってことか?)
意外な言葉に、リオは驚いて目を見張った。
自分の体を乗っ取られているというのに、まさか「よかった」などと言い出すとは……。
〈ですが、リオフリード様が深くお眠りになってくださっていたお陰で、良いこともございましたのよ。湯浴みを済ませられましたの。リオフリード様が熟睡していらっしゃる間だけ、わたくし、体を動かすことができたのですわ〉
「えっ、体を動かせた!?」
思わず大声を上げてしまい、リオはハッとして口をつぐんだ。
昨日、カティが言っていたことを思い出したのだ。
(ヤベーヤベー。『岩で囲まれた建物は音がよく響く』し、『大声を上げたら外に筒抜けになる』……んだったよな。なるべく大声出さねーよーに気ぃつけねーと)
自分に言い聞かせるように心でつぶやくと、リオは改めてティアに小声で訊ねた。
「体を動かせたってのは、マジなことなのか? ユアミも済ませたって――」
〈ええ、間違いございませんわ。昨夜、リオフリード様が『絶対に湯浴みなどしない』とおっしゃった時は大変困惑いたしましたが、致し方ないことだとも思っておりましたの。……だって、リオフリード様にわたくしの、その……は、肌をお見せするだなんて、とても耐えられませんもの……〉
ティアの声がどんどん小さくなっていく様が、本当に恥ずかしがっているんだなと感じられ、リオは妙にドギマギしてしまった。
彼女のような控えめな女性が、彼の周りには一人もいなかったからだろう。なんとも言えない新鮮な感覚が湧き上がってきて、リオは慌てて勢いよく首を振った。
(クソっ! 『可愛い』とか思っちまうなんて、正気か!? この王女は俺の敵なんだぞ!? 敵にときめいてどーすんだよ……ッ!!)
自分を戒めるつもりで、拳でこめかみ辺りを叩く。
すると、痛さが伝わったのだろうか。ティアが短く悲鳴を上げた。
〈い、いかがなさいましたの? 突然、ご自身で頭をお叩きになるなんて……〉
心配しているのか、それとも怖がっているのか。ティアは微かに震える声で訊ねる。
リオはとっさに「なんでもねーよ!」とキツい声で返してしまった後、
「あ、いや……。すまねー、乱暴なことしちまって。考えてみりゃあ、俺の体じゃねーんだよな。自分を殴ったつもりでも、あんたに暴力振るったことになっちまうのか。……悪ぃ、痛い思いさせちまって。次からは気ぃつけるよ……」
気まずく視線をさまよわせ、リオは小声で反省の弁を述べた。
だが、素直に謝りながらも、
(なにを謝ってんだよ、今さら……。ためらうことなく刺し殺した相手に向かって、『暴力振るってすんません』なんて、笑い話にもなんねーよ……)
どうしてもそんな想いが胸を満たし、気持ちが沈んだ。
それでもティアは、
〈まあ……。そのようなこと、お気になさらないでくださいませ。リオフリード様に悪気などございませんことは、なんとなく伝わってまいりますもの。わたくし、露ほども怒ってなどおりませんわ〉
胸に沁み入るような温かい声色で、リオに罪の意識を抱かせまいとする。
リオの胸の痛みはよけいに強まり、思わずギュッと片手で夜着の胸元を掴むと、
「――っ!」
信じられないほど柔らかな感触が手のひらに伝わり、ハッとして片手を体から離した。
〈リオフリード様、いかがなさいましたの? もしや……わたくしが勝手に湯浴みなどしたことが、お気に召しませんでしたか……?〉
「いやっ、違う! そーじゃなくて――っ」
慌てて否定したものの、「あんたの胸の柔らかさに驚いて」などと言えるわけがない。リオは言葉に詰まって沈黙した。
〈リオフリード様……?〉
不思議そうにつぶやくティアに、たちまちリオの胸は罪悪感で塗りつぶされる。
「勝手に触ってごめん」
そう謝りたくても、「肌をお見せするだなんて、とても耐えられませんもの」などと言われたばかりなのだ。それ以上のことをしてしまったとは、とても言い出せなかった。
(あぁ~……ったく! 勘弁してくれぇ~……。こういうことが、これから毎日続くのかよ? ジョーダンじゃねーぞ……)
顔も体も熱くしたまま、リオは両手で頭を抱えた。
するとそこに、規則正しく扉を叩く音が響いた。




