☽第6話 賑やかな酒場
ティアが再び目を覚ましたのは、多くの人々の声が飛び交う喧騒の中だった。
ハッとして周囲を見回すと、リオの親方のように体格の良い男たちが、木製の取っ手付きの器を持って大声で話したり、豪快に笑ったりしている。
彼らの座るテーブルには、やはり木製の大きな器に盛られた温かそうな煮込み料理らしきものと、今朝目にした黒パン、チーズなどが置かれていた。
思わず「ここは、いったい……?」と口に出したとたん、頭の中でホッとしたような声が響いた。
〈王女さん!……よかった。消えちまったわけじゃなかったんだな!〉
「えっ?……リオフリード様?」
状況が飲み込めず、ティアもとっさに声を出してしまった。
すると隣から、
「はぁあ~っ? 自分に『様』なんて付けて、マジでどーしちまったんだよ? さっきはオレにも付けてたし……」
呆れたような声がして、反射的にそちらへ顔を向ける。
そこには、先ほどまで川で汗を流していたはずのアラサブがいて、自分(この場合はリオだが)をじっと見つめていた。
〈わーっ、王女さん! 今から俺が言う言葉をマネしてくれ! いいな?――『わりーわりー、ちょっとボーッとしちまってた。今日は力仕事ばっかこなしてたから、きっと疲れちまったんだな』〉
「わ……わりーわりー、ちょっとボーッとしてしま――っ、ボ、ボーッとしちまってた。今日は力仕事ばっ、……か、こなしてたから、きっと疲れてっ……疲れち、まったんだな」
およそ感情のこもっていない声で、どうにかこうにか真似てみせる。
アラサブはまだ怪訝そうな顔をしていたが、すぐに表情を和ませてニカッと笑った。
「ま、そっか。力仕事の後に、川で溺れて流されちまったんだもんな。そりゃー体力奪われるよなぁ」
〈そ、そーなんだよ。もうヘトヘトでさ~〉
「そ、そーなんだよ。もうヘトヘトでさ~」
――今度は上手く真似できた気がする。
ホッとしてうなずくと、アラサブも釣られるようにうなずき返した。
「じゃあ、ハイ! 疲れてヘトヘトなお兄ちゃんとアラサブ兄ちゃんには、女将さんが愛情込めて作った『ハーブと野菜と塩漬け肉の煮込み』!」
ドン! と二人の目の前に大きな器が置かれた。
器からはたくさんの湯気が立ち上り、優しくも芳醇な香りが胃袋を強烈に刺激してくる。
器の中を見ると、大きな塊肉が中心にドーンと盛られており、周りにはトロトロに煮込まれていそうな野菜、そしてハーブが添えられていた。
「やったー! 女将さんの『塩漬け肉の煮込み』は最高だからなぁ!」
歓喜の声を上げ、アラサブが大きなナイフでもって肉の塊を切り分け始めた。
大きめに切った肉と野菜を、まずは自分の皿へ盛り、次にティアの皿へも取り分ける。
「えっ?」
ティアは驚いて声を上げた。
すると、料理を運んできてくれたエトナとアラサブが、一斉にティアへと視線を向けた。
「なぁに? どーしたの、お兄ちゃん?」
「急に大声上げてビックリするだろ。……なんだよ、もしかして肉が足んねーってのか?」
二人同時に訊ねられ、ティアは慌てて首を横に振った。
肉が足りないと不満の声を上げたわけではない。大きな器に盛られた肉や野菜を、自分の皿だけでなくティアの皿にも載せてきたことに驚いたのだ。
(ひとつの器に盛られたものを、他人と分け合って食すなんて……。こちらの方々にとっては、当たり前のことなのでしょうか?)
戸惑って、微かに首を傾げてしまう。
「お兄ちゃん、やっぱりおかしいよ。せっかくあたしが、『今日はお休みします』って親方さんに伝えにいってあげたのに、無理して働きに出たりして……。あのまま、家で大人しく休んでればよかったのに」
エトナはぷうっと頬を膨らませ、不満げに腕を組んだ。
アラサブはギョッとしたように目を見張り、エトナの方を振り返った。
「そ、そーなのか、エトナ!? 朝、リオって調子悪かったのかよ?」
「うん、そうなの。今日は朝からすっごく変だったんだよ?」
そこで言葉を切ると、エトナはチラリとティアの様子を窺い、一気に畳みかけた。
「あたしのことわからない感じだったり、急に『あなた様』とか呼んでみたり、自分のことは『わたくし』とかって言ってたし、服をめくったら女の子みたいな悲鳴上げたりもして……とにかくものすっごーっく変だったんだからぁ!」
〈エ、エトナやめろ! それ以上言うなぁああーーーッ!!〉
リオが頭がガンガンするほどの大声を上げ、ティアは思わず両手で頭を押さえた。
すると今度はアラサブが、
「えぇえーーーッ!? マジかよ、エトナ!? そこまで変だったのか!?……ってか、オレのことも『アラサブ様』って言ったり、いつもなら大喜びで飛び込んでく川にもなかなか入ろうとしなかったり、おまけに溺れて流されて、オレがいなかったら大変なことになっちまってたかもしんねーんだぜ!」
アラサブの言葉を聞き、ティアはようやく思い出した。
……そうだ。川で足をすべらせて、深みにはまってしまったのだった。
思い切りもがいて川面に顔を出そうとしたが、全く体が浮かばず……どんどん深みに引き込まれるようで、怖くて、苦しくて……。
(そうでしたわ。わたくし、そこで気を失ってしまったのですね。……では、わたくしの意識が途切れている間は、リオフリード様が……?)
もしかして、その時だけこの体は、リオに返されるのだろうか?
そうだとすれば、自分がずっと眠っていることさえできれば、リオは普通に生活できるのでは……?
ふと、そんな考えが脳裏をよぎった。
それが本当のことであったなら、これから苦労しそうな湯浴みも、自分が眠っている間に済ませておいてもらえるかもしれない。
(そうですわ。そうに違いありません! 後ほどリオフリード様と二人きりになれた時に、このことについて話してみましょう。リオフリード様もきっとお喜びになりますわ)
脳内ではリオが、隣ではエトナとアラサブが、まだ騒がしく言い合っていた。
しかし、ティアの心は「リオに嬉しい報告ができる」ことの喜びで満たされていたため、彼らのことは少しも気にならなかった。




