☽第5話 急流にさらわれて
急激な流れの中。
死に物狂いで手足を動かし、ようやく川面に顔を出すことができたリオは大声で叫んだ。
「王女さん! おいっ、王女さん! 無事かッ!?」
何度も呼びかけて無事を確認しようとするが、一向に返事はない。
気を失ってしまったのだろうかと心配になったが、今は自分の身も危ない。川に流されるまま周囲を見渡し、大きな岩を発見すると、無我夢中でその岩にしがみついた。
(王女さん、泳げねーみてーだったしな。深みにはまって焦っちまったんだろーけど……)
そんなことを思いながら、川上の方へ目を向ける。
共に川に来ていたアラサブが、走ってこちらに向かってくるのが見えた。
(よし。これでアラサブに引き上げてもらえりゃ、こっちは大丈夫だ)
ホッとしつつ、小声でティアに呼びかけるも、やはり返事はなかった。
リオが今、このような状態になっている理由だが。
話は少しだけさかのぼる。
街で仕事帰りのアラサブと会った後。
アデリンから、夕食の用意がまだできていないと報告を受けたアラサブは、
「飯ができるまで川で汗でも流してよーぜ!」
などと言い出した。
川に入ったことなどなかったらしい王女は、恐怖のあまり辞退しようとした。
だが、「なーに言ってんだよ、泳ぎ上手のおまえが!――ほらっ。グダグダ言ってねーで、サッサと川に行くぞ!」と、アラサブに半ば強引に引っ張られてきてしまったのだ。
川に着いてからも、彼女はしばらくためらっていたが……。
不審がるアラサブを見て、このままゴネ続けるとリオに迷惑がかかると思ったのだろう。ギュッと目をつむってから、アラサブを真似るように上着と麻の肌着を脱ぎ捨て、意を決したように川へと入っていった。
しかし、ずっと目をつむったままなのがまずかった。思い切り足をすべらせ、川の深みにはまってしまったのだ。
川の中で手足をばたつかせてもがくティアに、
〈王女さん、大丈夫だ! 落ち着いて、力を抜いて体を川に預けてりゃー、そのうち自然に浮いてくる! 俺は泳げるから、顔が川面に出せさえすりゃーなんとかなる! いや、なんとかしてみせっから!〉
リオは必死に呼びかけたのだが、動揺しすぎて何も聞こえない状態に陥ってしまったのか、ティアから一切返答はなかった。
そして現在――。
(未だに返事がないんだよな……。やっぱ気絶しちまったのかな? それとも……消えちまった、のか……?)
瞬間、胸にチクリと痛みが走った。
……どうしてだろう。
目が覚めたら体を乗っ取られていて、混乱していたこともあり、散々ひどい言葉も投げつけてしまったのに。
たった一日。自分の内側で、ほんの少しだけ話をした相手が「消えてしまった」と感じただけで胸が痛むなんて、本当にどうかしている。
(……そーだよ。王女とか名乗ってたけど、本物なのかどーか確かめたくても、俺みてーな身分の奴が会えるよーな相手じゃねーし。消えちまったんなら終わりだよ、終わり)
そこでまた、今度は胸がズキズキと痛んだ。
「……ったく、なんだってんだよ。王女なんて知るかよ……!」
思わず毒づいた、その時。
「リオーーーッ!!」
アラサブがリオのしがみついている岩まで辿り着き、片手をうんと伸ばしてきた。
「ダイジョーブか!? ケガねーかっ、リオ!?」
想像以上に真剣なアラサブの表情に、一瞬ジーンとしてしまう。
だが、素直に「心配してくれてありがとな」と礼を言うのも恥ずかしくて、
「ケガはねーよ。とにかく、まあ……引き上げてくれ」
ムスッとした顔で、リオはアラサブの手を取った。
川岸に上がると、二人はへたり込んだまま何度も大きく肩で息をし、しばらくは立ち上がれもしなかった。
次第に呼吸も穏やかになり、気持ちも落ち着いてくると、
「……ホント、どーしちまったんだよ? リオが溺れるなんて思ってもいなかったから、すっげー焦っちまったじゃねーか! おまえにもしものことがあったら、エトナやアデリンやおまえの親方たちに、顔向けできなくなるだろ! マジで勘弁してくれよぉ~」
情けない顔でアラサブが責めてきて、リオは気まずく目をそらした。
「俺だって、まさか自分が溺れるなんて思ってなかったけどさ……。しょーがねーだろ、こーなっちまったもんは」
「な――!……お、おまえなぁ~……」
さらに情けない顔つきになり、アラサブはガクリと肩を落とした。
リオは「しまった。また謝りそこねた」と思いはしたが、溺れた原因が自分にないからだろうか。なんとなく謝罪する気になれずにいた。
それよりも王女さんは――と再び考え始めた時、視界の端に小さくて綺麗な石ころが映った。
「ん? なんだ、これ……?」
手にとってしげしげと見つめていると、アラサブがハッとしたように顔を上げ、リオの手から素早く石を奪い取った。
「あっ! なにすんだよ、アラサブ!」
「これはオレが見つけたんだ! リオだからって、譲ってなんかやんねーからな!」
大事そうに両手で石を握り締め、アラサブは軽くリオをにらんだ。
「え?……あ、ああ……なんだ。おまえのだったのか、それ――」
「そーだよ、さっき見つけたんだ! おまえに見せてやろーと振り返ったら、いきなり川に流されてて……。ったく! 驚き過ぎて死ぬかと思った! もう二度と、こんな気持ちにさせんじゃねーぞ!」
そう言い放つと、アラサブは口をへの字に曲げてそっぽを向いた。
これはさすがに謝らないとマズいだろうと覚ったリオは、「……ごめん」小さな声でポツリとつぶやいた。




