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虹の瞳のセルランティア~殺した者と殺された者の魂は過去に飛び、互いの体に入って悲劇の芽を摘む~  作者: 咲来青
第2章 相互理解の日々

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☀第4話 束の間の自由時間

 その夜、ティアはなかなか寝つけずにいた。


 リオフリードと名乗る少年らしき魂が、いつの間にか自分の体の中にいたからだろうか。考えること以外は全て彼に任せきりだったから、ティア自身はあまり疲れていないのだろう。


(リオフリード様は、よく眠っていらっしゃるようですね)


 体の内側から、健やかな寝息のような音がする。

 一日中慣れないことをやらされ、カティにバレないようにと神経を研ぎ澄ませていたのだ。泥のように眠ってしまっていても無理はない。


(ゆっくり眠らせてあげましょう。ですが……その間、わたくしはどうしたら……)


 そこで「今のうちなら湯浴みもできるでしょうに」と、ふと考えた。

 すると、


「え……?」


 先ほどまで自分の意思では決して動かせなかった手が、指先が、ほんの少し動いた気がしてティアは目を見開いた。

 とたんに大きく暴れ始めた心臓に戸惑い、そっと胸を押さえる。

 恐る恐る起き上がり、ティアは室内を見回してみた。

 寝台の周囲をぐるりと囲むカーテンの向こうで、暖炉の残り火がチラチラと揺れている。


「リオフリード……様?」


 もしや、自分の中から彼がいなくなったのだろうか?

 そう思って声をかけてみたが、返事はない。


(どういうことなのでしょう? 彼は消えてしまったのでしょうか? それとも、ただ眠っていらっしゃるだけ……?)


 不思議に思いながらも、ティアは寝台から足を下ろし、室内履きを探すことも忘れて立ち上がった。

 床には厚めの絨毯が敷いてあるが、この辺りは夏場でも夜は冷える。ヒヤリとした感触がして、ティアは慌てて室内履きに足を入れた。


(普通に動けるようになった原因が、リオフリード様が消えてしまわれたからだとしたら……)


 考えた瞬間、寂しさのようなものが胸をよぎった。


 ……どうしてだろう。

 いきなり体を奪われて、とても怖かったはずなのに。

 自分が取らないような行動を取られ、自分が言わないような言葉を発せられ、不快に思って当たり前のはずなのに。


(楽しかったから……でしょうか)


 ティアは今日一日のことを思い返しながら、再び寝台へと腰を下ろした。


 ……そうだ。確かに楽しかった。

 最初はただただ恐ろしくて、あまりの奇妙な出来事に声も出せずにいたけれど。

 彼との心(それとも頭?)での会話はとても楽しく、久々に気分が高揚した。いつの間にか「次は何が起こるのだろう?」「彼はどんな言葉を口にするのだろう」と、期待している自分がいた。


 それだけ自分は、今まで味気ない日々を送っていた――ということなのだろうか。

 未知の出来事に戸惑い、恐怖しながらも……気がつくと夢中になってしまっているほどに、刺激に飢えていたのだろうか。


(そう……なのかもしれませんね。毎日カティと、同じことを繰り返すだけの日々でしたし……)


 ――カティがどうのということではない。

 彼女のことは心から信頼しているし、常に傍で見守っていてくれる大切な人だ。

 彼女との日々が嫌だということでは決してなく――。


(『新たな人間関係』というものに憧れていた……ということなのでしょうね。カティ以外のどなたかと、話をしてみたかった)


 カティ以外で考えるとするなら、ここを訪れるのは父である国王だけだ。

 父親と会話はできるものの、彼の訪問は常に短く、話す内容も大方決まってしまっている。

 そんな寂しい日々に現れたのが彼――リオフリードだったのだ。


(……フフッ。本当に不思議なお方でしたわ。わたくしを『殺した』などとおっしゃったり。……いいえ。あのお言葉が完全に嘘だとは、決めつけられませんけれど……)


 だが、あの言葉が本当のことだとしたら、今ここにいる自分は誰なのだろう?

 彼の言葉通り自分が殺されたのであれば、何故こうして生きている……?


(あ。そう言えば、『今は冬だよな?』というようなことをおっしゃっていましたわ。わたくしが『夏の終わり頃です』とお伝えしたらとても驚いて、急に取り乱されて……)


 ……ということは、この体で目覚める前まで彼は「冬」にいた?

 いつの冬かはわからないが、自分を殺し、その直後にこの体で目覚めたということは……。

 こうして自分が生きているという事実がある以上、その冬は過去ではなく、()()()()()()()()()()ということになる。


(わたくしは……リオフリード様に『殺された』のではなく、これから『殺される』……?)


 そう考えれば、全ての辻褄は合う気がする。

 ……とすると、彼が急に消えたのは……これから()()()()()()()()()()ため?


「まさか。そんなことがあるはず……」


 思わず口に出し、ゆるゆると首を振ると、ティアは再び立ち上がった。


(こうして考えていても仕方ありませんね。リオフリード様が本当に消えてしまわれたのかさえ、まだわからないのですし)


 小さくうなずいてから、ティアは暖炉まで歩いていき、その上にある取っ手付きの燭台を手に取った。

 その灯りをかざしながら扉へ向かい、コンコンコンと扉を叩く。――それがカティを呼ぶための合図だった。



 階下にはカティのための部屋がある。ほとんど待つことなく、外から彼女の声がした。


「セルランティア様、どのようなご用件でしょう? やはりお気が変わられ、湯浴みなさりたくなったのですか?」


 ほんの少し、言葉に「それ見たことか」というような雰囲気が含まれているのを感じ、ティアは思わず笑みをこぼした。

 リオが就寝する前、カティ相手に「湯浴みなんて誰がするか!」「してたまるか、コノヤロー!」と大騒ぎしていたのを思い出したのだ。


「セルランティア様……?」


 怪訝そうなカティの声にハッとなり、ティアは慌てて彼女の言葉を肯定した。


「ええ、そうなの。急に湯浴みをしたくなってしまって……。こんな時刻に申し訳ないのだけれど、今から湯浴みの用意をお願いしてもいいかしら?」


 即座に鍵を開ける音がし、外側から扉が開く。

 そこには当然カティがいて、微かに笑みを浮かべた後、うやうやしく一礼してみせた。


「無論でございます、セルランティア様。そのようなこともあろうかと、いつでもお入りになれるように湯は用意してございます」

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