☀第4話 束の間の自由時間
その夜、ティアはなかなか寝つけずにいた。
リオフリードと名乗る少年らしき魂が、いつの間にか自分の体の中にいたからだろうか。考えること以外は全て彼に任せきりだったから、ティア自身はあまり疲れていないのだろう。
(リオフリード様は、よく眠っていらっしゃるようですね)
体の内側から、健やかな寝息のような音がする。
一日中慣れないことをやらされ、カティにバレないようにと神経を研ぎ澄ませていたのだ。泥のように眠ってしまっていても無理はない。
(ゆっくり眠らせてあげましょう。ですが……その間、わたくしはどうしたら……)
そこで「今のうちなら湯浴みもできるでしょうに」と、ふと考えた。
すると、
「え……?」
先ほどまで自分の意思では決して動かせなかった手が、指先が、ほんの少し動いた気がしてティアは目を見開いた。
とたんに大きく暴れ始めた心臓に戸惑い、そっと胸を押さえる。
恐る恐る起き上がり、ティアは室内を見回してみた。
寝台の周囲をぐるりと囲むカーテンの向こうで、暖炉の残り火がチラチラと揺れている。
「リオフリード……様?」
もしや、自分の中から彼がいなくなったのだろうか?
そう思って声をかけてみたが、返事はない。
(どういうことなのでしょう? 彼は消えてしまったのでしょうか? それとも、ただ眠っていらっしゃるだけ……?)
不思議に思いながらも、ティアは寝台から足を下ろし、室内履きを探すことも忘れて立ち上がった。
床には厚めの絨毯が敷いてあるが、この辺りは夏場でも夜は冷える。ヒヤリとした感触がして、ティアは慌てて室内履きに足を入れた。
(普通に動けるようになった原因が、リオフリード様が消えてしまわれたからだとしたら……)
考えた瞬間、寂しさのようなものが胸をよぎった。
……どうしてだろう。
いきなり体を奪われて、とても怖かったはずなのに。
自分が取らないような行動を取られ、自分が言わないような言葉を発せられ、不快に思って当たり前のはずなのに。
(楽しかったから……でしょうか)
ティアは今日一日のことを思い返しながら、再び寝台へと腰を下ろした。
……そうだ。確かに楽しかった。
最初はただただ恐ろしくて、あまりの奇妙な出来事に声も出せずにいたけれど。
彼との心(それとも頭?)での会話はとても楽しく、久々に気分が高揚した。いつの間にか「次は何が起こるのだろう?」「彼はどんな言葉を口にするのだろう」と、期待している自分がいた。
それだけ自分は、今まで味気ない日々を送っていた――ということなのだろうか。
未知の出来事に戸惑い、恐怖しながらも……気がつくと夢中になってしまっているほどに、刺激に飢えていたのだろうか。
(そう……なのかもしれませんね。毎日カティと、同じことを繰り返すだけの日々でしたし……)
――カティがどうのということではない。
彼女のことは心から信頼しているし、常に傍で見守っていてくれる大切な人だ。
彼女との日々が嫌だということでは決してなく――。
(『新たな人間関係』というものに憧れていた……ということなのでしょうね。カティ以外のどなたかと、話をしてみたかった)
カティ以外で考えるとするなら、ここを訪れるのは父である国王だけだ。
父親と会話はできるものの、彼の訪問は常に短く、話す内容も大方決まってしまっている。
そんな寂しい日々に現れたのが彼――リオフリードだったのだ。
(……フフッ。本当に不思議なお方でしたわ。わたくしを『殺した』などとおっしゃったり。……いいえ。あのお言葉が完全に嘘だとは、決めつけられませんけれど……)
だが、あの言葉が本当のことだとしたら、今ここにいる自分は誰なのだろう?
彼の言葉通り自分が殺されたのであれば、何故こうして生きている……?
(あ。そう言えば、『今は冬だよな?』というようなことをおっしゃっていましたわ。わたくしが『夏の終わり頃です』とお伝えしたらとても驚いて、急に取り乱されて……)
……ということは、この体で目覚める前まで彼は「冬」にいた?
いつの冬かはわからないが、自分を殺し、その直後にこの体で目覚めたということは……。
こうして自分が生きているという事実がある以上、その冬は過去ではなく、この先迎えるはずの冬ということになる。
(わたくしは……リオフリード様に『殺された』のではなく、これから『殺される』……?)
そう考えれば、全ての辻褄は合う気がする。
……とすると、彼が急に消えたのは……これから再び自分を殺しに行くため?
「まさか。そんなことがあるはず……」
思わず口に出し、ゆるゆると首を振ると、ティアは再び立ち上がった。
(こうして考えていても仕方ありませんね。リオフリード様が本当に消えてしまわれたのかさえ、まだわからないのですし)
小さくうなずいてから、ティアは暖炉まで歩いていき、その上にある取っ手付きの燭台を手に取った。
その灯りをかざしながら扉へ向かい、コンコンコンと扉を叩く。――それがカティを呼ぶための合図だった。
階下にはカティのための部屋がある。ほとんど待つことなく、外から彼女の声がした。
「セルランティア様、どのようなご用件でしょう? やはりお気が変わられ、湯浴みなさりたくなったのですか?」
ほんの少し、言葉に「それ見たことか」というような雰囲気が含まれているのを感じ、ティアは思わず笑みをこぼした。
リオが就寝する前、カティ相手に「湯浴みなんて誰がするか!」「してたまるか、コノヤロー!」と大騒ぎしていたのを思い出したのだ。
「セルランティア様……?」
怪訝そうなカティの声にハッとなり、ティアは慌てて彼女の言葉を肯定した。
「ええ、そうなの。急に湯浴みをしたくなってしまって……。こんな時刻に申し訳ないのだけれど、今から湯浴みの用意をお願いしてもいいかしら?」
即座に鍵を開ける音がし、外側から扉が開く。
そこには当然カティがいて、微かに笑みを浮かべた後、うやうやしく一礼してみせた。
「無論でございます、セルランティア様。そのようなこともあろうかと、いつでもお入りになれるように湯は用意してございます」




