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虹の瞳のセルランティア~殺した者と殺された者の魂は過去に飛び、互いの体に入って悲劇の芽を摘む~  作者: 咲来青
第2章 相互理解の日々

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☀第3話 一難去ってまた一難

 夕食の時間をどうにか乗り切り、カティが部屋を出ていった後。

 リオは着慣れぬドレスと重い体を引きずるようにして寝台まで移動すると、うつ伏せのまま倒れ込んだ。


 カティによる〝歴史や外交の講義〟に始まり、指先が引きつるような細かい〝針仕事〟、ステップが完璧すぎるカティとの〝社交ダンスの練習〟、吐き気を催すほど膨大な〝薬草の暗記〟……。カティが容赦なく指示してくる()()()()()()()()()を、ようやく消化し終えたのだ。

 慣れないことの連続で片時も気の休まる暇がなかったし、とにかく疲れ切っていた。


 大工の修行でどれほど体を動かそうとも、ここまで奇妙な疲労感を味わったことはない。もはや指一本動かす気力すら、リオには残っていなかった。


 枕に顔を埋めたまま微動だにしないままでいると、頭の奥から申し訳なさそうなティアの声が響いた。


〈あ、あの……リオフリード様。本日はわたくしの代わりにいろいろとご苦労をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。慣れぬことばかりで、さぞやお疲れになったでしょう?〉


「……いや。べつにあんたのせいじゃねーし」


 うつ伏せだった顔を僅かに横に向けてボソリとつぶやくと、リオは急に眉尻を吊り上げ、


「それよか、なんなんだよあのカティって奴! 次から次へとあれやれこれやれって! 俺の体はひとつしかねーってのに!……あ、いや。体は王女さんのだけど……」


 素直に怒りを吐露した後、人の体を借りている状態だったことを思い出し、気まずそうに顔を伏せた。

 そんなリオの様子に、ティアはクスッと笑い声を漏らす。


〈カティは完璧主義ですから。……ですが、リオフリード様。針仕事と社交ダンスは、初めてとは思えないくらいの出来栄えではございませんでしたか? 教わるまではぎこちなかった指先も、一度覚えてしまえばとても器用に動かせておりましたし、複雑な刺繍も流れるように縫ってしまわれて……。ダンスも同様ですわ。初めは緊張していらしたようですけれど、途中からは足さばきも軽やかにおなりになって、わたくし思わず見惚れてしまいましたもの〉


「うげぇ~! やめてくれよ。ダンスなんか二度とやりたくねーぜ。女とあんなひっついて、手まで握って!……あ~……、思い出しただけで気色悪ぃ~……」


 リオは顔を伏せたまま、ゆるゆると首を横に振った。


 彼が女性とあそこまで顔も体も近づけたことなど、今まで一度もなかった。

 それなのに、顔に息がかかる距離でカティから指導を受け、両手を取られ、自然と体が触れ合う距離になっていたのだ。ティアの体を借りている状態でなければ恥ずかしさが頂点に達し、逃げ出してしまっていたかもしれない。


(……けど、あのカティって女、なんか甘いっつーか……良い匂いがしたな……)


 そこまで考え、リオはハッと我に返った。

 慌てて考えを追い出すように首を激しく振ると、ティアに「リオフリード様……?」と不審がられる始末。


()げーっての! 甘い匂いとか良い匂いとか、そんなんカンケーねーだろーがッ!!」


 思わず起き上がり、寝台の上で柔らかな寝具をバシバシと叩く。フカフカ過ぎて殴り甲斐がないな、というどうでもいい感想がチラリと脳裏をよぎった。


〈リ、リオフリード様?……いかがなさったのですか? もしや、どこかご加減でも……?〉


 心配そうに声をかけてくるティアに、リオは思い切り首を横に振った。


「いやっ! べつに、加減がどーのって話じゃねーんだ! なんでもねーから心配しねーでくれ!」


〈そ……そうなのですか? ならばよろしいのですが……〉


 ティアの声には、まだ不安の色が滲んでいた。

 本当になんでもないのだと伝えるためリオが口を開くと、扉を叩く規則正しい音が数回。


「セルランティア様。湯浴みの用意が整いました」


 その後聞こえてきた「湯浴み」という言葉に、リオはピクリと反応した。


「は?……ユ……アミ……?」


 聞き慣れない言葉だが、いったいどういう意味なのだろう?

 リオが思わず首を傾げていた時だった。


〈まあ、大変……! 湯浴みのことをすっかり失念しておりましたわ……! どうしましょう……どうしたらよいのでしょう……?〉


 怯えているようにも思える声色にギョッとし、リオは慌ててティアに訊ねた。


「どっ、どーしたんだよ王女さん!? ユアミって、そんなにヤベーもんなのかっ?」


〈『ヤベー』……? かどうかはわかりませんが、危機的状況であることは間違いないと思います! 湯浴みなのですもの……!〉


「危機的状況!? 『ユアミ』ってそんなにヤベーのかよ! どんな風にヤベーんだ!?」


 詳しく訊ねようとしたとたん、再び扉を叩く音が部屋に響き渡る。


「いかがなさいました、セルランティア様? 湯が冷めてしまいますので、お早くご支度願います」


 続いてカティの冷静な声がして、リオはヒソヒソ声でティアに訊ねた。


「王女さん。『ユアミ』がどんな風にヤベーのか、手短に教えてくれ。どんなもんかさえわかってりゃー、対処のしようもあんだろーし」


 だが、常に控えめでどちらかと言うとおっとりしているティアとしては珍しく、慌てたような早口で断言した。


〈そんなっ、対処なんてできるものではございません! 湯浴みは身を清めること! カティに、体も髪も洗ってもらうことですのよーっ!?〉


「……え?」


 その意味を理解した瞬間、リオは絶句して固まった。

 徐々に青くなっていきながら、


「え……えぇええええーーーーーーーッ!?」


 扉の向こう側でカティが待ち構えているのも忘れ、塔の外まで響き渡るほどの驚愕の声を上げた。

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