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虹の瞳のセルランティア~殺した者と殺された者の魂は過去に飛び、互いの体に入って悲劇の芽を摘む~  作者: 咲来青
第2章 相互理解の日々

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☽第1話 初めての肉体労働

 自分の背丈の倍以上あるだろうと思われる木材を前に、ティアは長いこと固まっていた。


 この大きな物体を、向こうの建てかけの家の前まで運ばなければならない。

 しかし、なかなか担ぐ勇気が持てず、ティアは両手を胸の前でしっかりと重ね合わせていた。


〈だーかーら! 大丈夫だって言ってんだろ? 体は俺なんだし、担げねーわけねーんだって。毎日毎日、こんなの何十本って運んでんだから〉


「なっ、何十本!?……ですか……?」


 ティアは顔面蒼白になった。

 これだけ重そうな木材を持ち上げ、担ぎ、少し離れた場所まで持っていく。それを幾度も繰り返さなければならないなんてと、考えただけで目が回りそうだった。


「おい! どうしたんだ、リオ? さっきから全然動いてねえじゃねえか。具合でも悪いのか?」


 思いきり背中を叩かれ、ティアはビクッと肩を揺らした。

 恐る恐る振り返ると、「兄弟子」だとリオから説明を受けた大柄の男が怪訝顔で見下ろしている。


「あ……。いえ、あの……」


 ティアは「このように大きくて重そうなもの、運べるかどうか不安で」などとは当然言えず、うつむくばかりだったのだが。


〈ほらっ、言われちまったじゃねーか! とにかく一度持ち上げてみろって! ぜってーダイジョーブだから!〉


 リオに急かされ励まされ、ティアは覚悟を決めたように木材を見つめると、のろのろと両手を伸ばした。


(このような巨木の一部、とても持ち上げられる気がしませんわ。……ですが、この体の持ち主であるリオフリード様がああまでおっしゃるんですもの。きっと、わたくしにだって――)


 そんなことを思いながら、のろのろと持ち上げてみる。


「……え?」


 ティアは信じられないというように、今自分が抱えている木材をじっと見つめた。


 軽いとまでは言えない。だが、普通に持てる。

 足元もふらつかず、背筋もピンと伸ばせた。


「まあ……! 持てましたわ! わたくしにも持てましたわ、リオフリード様!」


 思わず感激して、ティアは喜びの声を上げてしまった。

 すると、すぐ側で様子を見守っていた兄弟子が、幽霊でも見たかのような顔つきで一歩足を引いている。


〈ちょ……っ、やめてくれよ王女さん! 俺がおかしくなっちまったと思われちまうだろ!〉


 脳内でリオに抗議され、ティアは慌ててごまかそうとしたのだが、どういえばごまかせるのかがわからない。「あの」「その」と、しどろもどろになるしかなかった。


「ま、まあ……そういう日もあるよな、うん。……け、ケガしねえように気ぃつけろよ~……」


 兄弟子は引きつり笑いを浮かべ、ジリジリと後退していった。

 ティアは「は、はい。お心遣い感謝いたします」と口にしながら、彼がそそくさと去っていくのを見送った。


(怪我しないようにと心配してくださるなんて……。なんてお優しいのでしょう、リオフリード様の兄弟子様は)


 しみじみ感動していると、


〈ああーっ、サイテーだぁッ! ぜってー、おかしくなったと思われた!……王女さん。頼むから妙な言葉を口にしねーでくれよ。今はあんたが俺なんだぜ? あんたが女言葉使うたび、俺がヤベーことになっちまうんだよ~〉


 情けない声のリオに注意され、ティアは再び憂い顔でうつむいた。


「も……申し訳ございません。『リオフリード様の口調を真似なくては』と思ってはいるのですが……。なにぶん、不慣れなもので……」


 ティアの声が暗いことにハッとしたのか、リオは「いや、待てって!」と焦っている。


〈べっ、べつに、怒ってるわけじゃねーから! 王女さんが俺の汚ぇー言葉しゃべんなきゃいけねーのは、すっげー大変なことだろーと思うしさ。怒ってるわけじゃねーんだよ。けどさ……〉


 もっと強く非難したいはずなのに、リオは懸命に自分を傷つけないように言葉を選んでくれている。

 やはり優しい人なのだと、ティアはしみじみ感じ入った。


(リオフリード様が粗暴でいらっしゃるのは言葉遣いだけ。……では、どうしてわたくしを……)


 リオの不器用な優しさを感じれば感じるほど、ティアはわからなくなるのだ。


 あの日。

 あの凍てつく冬の日に、何故、この少年はわたくしを殺しに来たのだろうと――。


(……きっと、深い理由があってのことに違いありませんわ。その理由が、この先わかる時が来るのでしょうか……)


 気持ちが沈み込もうとする寸前、リオの大きな声が響いた。


〈とにかく! もう運べるってわかったんだからさ! ここにある木材、サッサとあっちに運んじまってくれよ! いつまでもそーやって突っ立ってたら、親方の拳でガツンとやられちまうぞ!?〉


「ええっ、拳で……?」


 親方と呼ばれるリオの大工の師匠は、見た目の印象だと「面倒見の良い、大柄な大人の男性」という感じだった。

 頼り甲斐もありそうで、優しそうな人だったが……〝拳で人を殴る〟ことなどあるのだろうか?


「リオフリード様は、親方様に殴られたご経験がおありなのですか……?」


 ビクビクしつつ訊ねると、リオは「当たりめーだろ。数えきれねーくれーあるぜ」と平然と答えた。


「か……数え切れない、ほど……」


 生まれてこの方殴られたことなど一度もないティアは、想像するだけで震え上がった。


「き、きっと問題ございませんわ! リオフリード様のご立派なお体ですもの。木材など恐れるに足らずです! さあ、どんどん運んで参りますね!」


 両手で木材を抱え、ティアはしっかりとした足取りで歩き出した。

 夏の終わりの風が頬を撫で、まだ強い日差しが降り注ぐ中。楽しげに、歌でも口ずさみそうになりながら――。

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