☽第12話 神が与えし試練
朝食を終えた後も、ティアは長いこと沈み込んでいた。
忙しい中、せっかくエトナが作ってくれた朝食を美味しいと思えなかったことも。恵まれた食事を毎日提供してもらっていたにもかかわらず、当然のように残していたことも。
そのどちらもが恥ずかしく、情けなくて……耐えがたいほどの自己嫌悪に陥っていた。
その間、リオは何度となく声をかけようとしてくれていたようなのだが。
それにすら応える余裕がなくなっていて、ティアはひたすら「このまま消えてしまいたい」とさえ思っていた。
今まで、自分は不幸な方の人間なのではないかと感じたことが幾度もあった。
……そのたびに、否定してはきたけれど。
家族から一人離され、塔に住まわされている状況はとても寂しく、孤独で……。
どうしても〝可哀想な自分〟という思い込みからは逃れられずにいた。
(なんという世間知らずだったのでしょう。あれほど恵まれた身分にいたというのに気づきもせず、あろうことか不幸とまで思っていたなんて……)
返す返すも滑稽でならない。
悲劇の王女を気取っていた自分に、天罰でも下ればいいのだ。
(……あ)
ティアはハッとなった。
今の自分のこの状況は、そういうことなのではないかと思ったのだ。
無知な自分に天罰を下そうと、神が試練を与え給うたのでは、と――。
(ああ、そうですわ。きっとそうです。これは神の試練――! 乗り越えなくてはならない、わたくしに与えられた試練なのです。これさえ乗り越えられたなら、きっと……!)
きっとその時こそ、神が迎えに来てくださるのだ。
わたくしの魂を、いずこかへと導いてくださる。
――ティアはそう思い込んだ。
(理解しましたわ、神よ――! ならばこの試練、喜んでお受けさせていただきます)
急激に浮上したティアは、意気込んでリオに話しかけた。
「リオフリード様! 教えていただきたいことがあるのですが!」
〈へっ?……あ、あぁ……教えてもらいてーこと、か……。べつにいいけど……〉
さんざん黙り込んだあげく、いきなり声をかけてきたティアに驚いたのだろう。リオは小声で応じた。
「リオフリード様は、普段はどのように過ごしていらっしゃるのですか?」
〈は?……どのようにって……フツーに働いてっけど?〉
「えっ!? 働いていらっしゃるのですか? お若くていらっしゃるのに?」
〈若いったって、もう十七だぜ? 働いてて当たりめーだろ〉
「えっ、十七!?……あ……申し訳ございません……」
ティアは慌てて両手で口元を押さえた。見た目の印象から、自分より二つほどは歳下だろうかと思っていたのだ。
リオは「チェッ」と舌打ちのような音をさせてから、少し不機嫌な声を響かせた。
〈ったく。いくつだと思ってたんだよ?……まあ、エトナと双子かと思われたりしたこともあったし、しょーがねーっちゃあしょーがねーのかもしんねーけど……〉
「あ……あの……申し訳ございません。わたくしと同齢だったのですね……」
試練の第一段階から失敗してしまったと、ティアはしょんぼりと肩を落とした。
張り切って訊ねたとたんにこれだ。だからダメなのだと、つくづく自分が嫌になった。
〈おい、なんで王女さんが落ち込んでんだよ? 傷ついたのはこっちだってーの〉
「は、はい……。申し訳ございません……」
それはわかっているのだが、どう返せばいいのかもわからず、ティアはますます縮こまった。
〈だーかーら! いつまでそーやってんだよ? 貴族様ってーのは、一日中動きもせずに考えごとばっかしてんのか?〉
「い、いいえ。そのようなことはございません。朝はカティに勉学と針仕事を教えてもらいますわ。昼食後はカティと舞踏の練習をして、薬草学や医学も学びます。夕食後はカティから楽器を習い、どこまで上達したかを確認するため、カティに聴いてもらうこともありますし……」
〈――って、誰だよ『カティ』って? やたら出てくんじゃねーか。一人でそんなにあれこれ教えられんのか?〉
「ええ! カティは素晴らしく頭が良い侍女なのです。わたくしよりふたつだけお姉さんというだけですのに、出会った頃には、すでに大人顔負けの知識を備えておりましたのよ」
〈へーえ。すげーんだな、その『カティ』って侍女。……ってか、マジで侍女なのかよ? 教師とかじゃなくて?〉
「ええ、侍女ですわ。なんでも一通りこなせてしまう、とびきりの才女ですの!」
自分のことでもないのに、何故か自慢気に語ってしまった。
自然と胸を張っていたティアは、我に返って恥じらうようにうつむく。
〈そっか。そのカティって人のこと、すっげー信頼してんだな。王女さん、声が弾んでるし〉
「えっ?……そ、それは確かに……信頼しておりますけれど……」
童女のようにはしゃいだ声を上げて、はしたないと思われただろうか?
ティアは恥じ入りながらうつむいていたが、リオはさして気にしていない様子だった。
ホッと胸を撫で下ろしているティアに向かい、今度はリオが弾んだ声を上げた。
〈じゃーさ、さっきの続きな。俺が一日なにやってっかって話だけどさ。今日はこんなことになっちまったからいつもと予定違っちまったけど、朝起きたら、まずはエトナと街の井戸まで行って水を汲んでくる。その後は顔洗って歯ぁ磨いて、エトナと一緒に酒場に行くんだ〉
「えっ? 朝から酒場に……?」
〈親方の奥さんがやってる酒場だよ。エトナはそこで働いてんだ。俺や兄弟子たちはそこで朝飯食わせてもらっててさ。エトナも一緒に。今日は、ほら……俺が倒れちまっただろ? だから、特別にエトナが作ってくれたんだよ〉
「まあ……。そうだったのですか」
そんな特別な朝食を、わたくしは……と沈みそうになったとたん、リオが早口に続きを語った。
〈まー、そんなわけで! 朝飯食ったら俺は親方と兄弟子たちと現場行って大工仕事、エトナは残って酒場の給仕や下働き。仕事が終わったらまた酒場に戻って夕飯食ってエトナと家に帰る!――っと、そんなとこだな。俺の一日ってやつは〉
「大工、仕事……。それはどのようなお仕事なのですか?」
〈へっ? どーゆーって……。木を運んで切ったり、その木を加工していろいろ作ったり、設計図見て家建てたり……って、そんな感じだけど?〉
「木を運んで、切る……。わたくしにもできるのでしょうか……」
〈は? 王女さんがなんで……って、ああ、そっか! そーだよな。俺、今こんなだし……。王女さんに代わりにやってもらうしかねーんだよな〉
「はい……」
いくら体はリオのままとは言え、飲み物の入った器より重い物など持ったこともない自分に、はたしてできるのだろうか?
たちまち不安でいっぱいになってしまい、ティアは再びうつむいた。リオは慌てたように、しかし明るく、力強い声で言った。
〈だーいじょーぶだって、俺がちゃんと教えるし! それに、体は俺なんだからさ。俺の教えた通りにやりゃー、なんの問題もねーって! なっ? そんなに心配すんなよ、王女さん!〉
ティアに彼の表情が見えるわけはなかったが、太陽のようにまぶしい笑顔が、何故か脳裏に浮かんだ。
その笑顔に釣られるように、ティアは柔らかく微笑んだ。
第1章はここで終わりです。
明日からは第2章になりますので、引き続きお読みいただけましたら幸いです。




