5.戻れない過去
狩諳が最愛の父をその手で殺めてから数週間が経った。
時が過ぎても、いつも明るい表情のはずの彼女が笑顔を見せることはなかった。
ずっと、「お前を守るため」という言葉を反芻していた。
(俺を守らなければならない状況、つまり、俺が人質にでもとられてた事があったか?…否、脅されたことも捕まったこともない。だとすれば、いつの話だ?)
考え込むうちに、狩諳は嫌な予感を覚えた。
(もしかして、あのテロの日…? …俺は小学校にいたはずだ、確か、不審者が入ってきて……っ…!)
嫌な予感は加速していく。
(もしあれがシグマだとしたら?俺らは人質も同然だったのか?父さんは、あの時脅されでもしていたのか…?)
たらればの妄想が、嫌な程に噛み合って次々と展開されていく。
(父は意味もなく悪事に走るような人間なんかじゃなかった…俺がいたから父さんは…)
狩諳は膝から崩れ落ちた。
床を掴み、どうしようもないまま大粒の涙を流していた。
「全部俺が原因なんじゃないか…。俺のせいで、俺を生かすために父さんはシグマに入り、俺に殺された…。うっ…うぅ……俺さえいなければ…っ…。どうやって生きていけば良いんだよ……っ…。」
残酷すぎる真実に辿り着いてしまった狩諳。
抱えきれない罪悪感が狩諳の心の臓に突き刺さる。
さらに苦しいことに、実の父を殺めたという噂が部下にも広まっていた。
「親殺し」と陰口を言われ、狩諳はもう耐えることができなかった。
それでも、世のため人のために生きなければならないのがデルタである。
狩諳は目の下に隈を作り、時折涙を流しながら、無心に書類を捌き、巡視に向かっていた。
ある日、一人の男が総帥執務室を訪ねてきた。
「荒瀬…お前大丈夫か?いや、絶対大丈夫じゃねえよな。どうしてそう一人で抱え込むかなぁ。俺は診せに来て貰わねぇと何も出来ねぇんだ。たまには怪我してなくても来い、馬鹿野郎。」
毒舌で有名な医務部長、雨霧 将悟だった。
狩諳の噂の広まりを知り、精神状態を心配してやって来てくれたのだ。
「…平気ですよ。総帥たるもの、落ち込んでいる暇は無い。そうでしょう?」
狩諳は必死に取り繕うも、雨霧には全てお見通しだった。
「馬鹿野郎。そんな顔で平気だと言われても信じるわけ無ぇだろ。その隈、どうせ毎日悪夢に魘されてんだろ?最愛の親をその手で葬ったんだ。毎日フラッシュバックするのだって無理は無ぇ。…気休め程度にしかならんだろうが、抗不安薬と睡眠薬だけ処方するから、とりあえず毎日寝る前に顔出しに来い。」
「ありがとう…ございます…。」
狩諳は力なくそう述べることしかできなかった。




