4.望まぬ再会
執務室に戻り、激しい過呼吸に陥る狩諳。
8年前に失った父親が生きていたのに、自分の手で殺めなければならない宿命。
狩諳はそのやるせなさに打ちひしがれて、しゃがみ込むことしかできなかった。
(父さん…なんで…よりにもよってシグマなんかに…。)
狩諳は抗不安薬で、心を何とか薄氷の上で繋ぎ止め、涙目で情報収集に取り掛かる。
時の流れというものは残酷で、今までの平穏を嘲笑うかのように、鋭い冷気が入り込んでくる感覚が狩諳を襲う。
父の発見場所、発見時刻、所持物、全てが繋ぎ合わさって1つの答えが導き出された。
狩諳は、その冷気を理解するよりも速く駆け出した。
腰に短剣を携え、真夜中の静寂を掻き切るように走った。
(昔よく遊びに行っていたあの公園、眠れない時必ず傍に居てくれた、あの、日が変わる時間帯、俺が父さんに贈ったあの懐中時計。まさか…ずっと俺を…。)
忘れなんかしないような思い出の数々が、狩諳を猟弥の元へ導いたのである。
「何してるんだよ…父さん…。」
狩諳は思い出の公園で、消えたはずの父親を見つけた。
「お前は…。久し振りだな。元気そうで安心したよ。」
「どうしてシグマになんて堕ちたんだ!どうしてよりにもよって…。」
「…お前は、デルタに入ったんだな。そうか、俺を殺さないとダメなのか。」
猟弥は冷静に、温もりすら感じさせるような声で話し続ける。
「そうだな、娘がデルタに入ったなんて、これ以上の誇らしいものがあるだろうか。流石は俺の子供だな。」
狩諳は拳を握り締め、震える声で問う。
「最期くらい、親孝行させてよ…。殺すなんて…あんまりだ…。」
「そんな事言うなよ。十分立派な親孝行さ。俺の息の根を止めるのが我が娘で良かった。ほら、殺さなきゃなんだろう。さっさとやっちまいな。」
敵意のない視線、狩諳を想う言葉、自ら首を差し出す仕草。
その全てが狩諳の意思を揺るがす毒となり心に突き刺さっていく。
狩諳は大粒の涙を流しながら、声を絞り出す。
「俺…総帥になったんだ…。凄いでしょう…?でも…総帥になった以上、ここで父さんを殺さなきゃ…示しがつかない。俺…苦しいよ…父さん…。どうしてシグマになんて入ったの…?」
猟弥は黙って微笑んでいた。
かつての幸せな日々を噛み締めるかのように、ただ穏やかに笑っていた。
「何か言ってよ…父さん…。」
狩諳は短剣を握り、柄が軋む程の力で溢れ出しそうな感情を抑えこんでいた。
すると、猟弥が狩諳の元へ一歩、また一歩と近づき、狩諳を優しく抱き締め、耳元で囁いた。
「全てはお前を守るためさ。お前が生きていたら、それでいい。」
「何だよそれ…答えになってないよ…俺は…どうしたらいいんだよ…」
猟弥は何も答えなかった。
狩諳の短剣を持つ手を優しく掴み、しかし抗えない程の力で自分の首元へと押し込んだ。
「お前は幸せになれ。正しい道を歩むんだ。」
そう言い遺し、猟弥は狩諳の手を握ったまま短剣で首を貫いた。
膝から崩れ落ちながら、呼びかけても反応のない父を抱きしめ、獣のような声で泣き叫ぶ狩諳。
二度目の肉親との決別は、どうしようもなく悲しくて、痛ましく、無慈悲なものだった。




