第七十三話 ころころころん
「ポーションと薬草はバルカンに使った分を追加……、ランタンの魔光石はそろそろ替え時か。食べ物はルナの世話になりっぱなしで、補充してなかったからなあ。結構、買わねえと……」
マイコールは耳の付け根をぽりぽりとかく。
エルーナの家の一室。
居候させてもらっている部屋で、レザーリュックの中身を広げ、道具を一つずつ確認する。
初めて冒険都市サヴァランに到着した時は、リュックはパンパンだったのに、今は随分と余裕がある。
「色々と買わなきゃいけねーけど、オイラって金持ってるんだっけ?」
金貨袋を取り出して、逆さにしてみる。
ころんころんと出てきたのは、金貨一枚と銀貨と銅貨が数枚だった。
「……ありゃま」
森での居候暮らしで宿屋代金がいらなかったので、ギルドでの依頼を受ける必要もなかった。そのツケがきたのであった。
「依頼受けて、金を作らねーと。宿屋に泊まれねえもんな。……でも、この家での生活。良かったなあ」
手を止めて、ふと思い出にひたる。
穏やかな森がこんなに近くて、ベッドもある寝床。
リアノンもゆっくり休めて、マイコールとしても森の匂いがそばにあって落ち着く。
それに皆の笑い声や、匂いも、ここにはたくさん染みついている。目を閉じれば、そんな場面ばかりが浮かんでくる。
本当に、こんな家は他にはない。
でも、あと少ししたら、そんな生活も終えてしまう。
「もう少し……、いや、ダメだ。リアノンためには、旅を続けねえと。でもやっぱり、少しぐらいなら……」
思考がぐるぐる同じところを回り始める。
窓から差し込む陽光の下で、マイコールはころんと仰向けになり、右にゴロゴロ、左にゴロゴロと転がった。
「マイコー、入るわね。……あら?」
「うにゃ?」
「ふふっ、床をコロコロして、どうしたの?」
ちょうど真上を向いている時に、ノックをしてから入ってきたエルーナと、目が合った。逆さに見えるエルーナ。
くすりと微笑んだ彼女は、しゃがんで頬杖をつく。
「何か悩みごと?」
「あー、いやあ、なんでも……、なくはねえよなあ」
マイコールは、ひょいと身軽に起きあがる。
だいたいの場合は、心配させないことを選んで、口をつぐんでいたかもしれない。
だけど、ここにいるのはエルーナだ。
「オイラ、この家が大好きなんだ」
マイコールは部屋をゆっくりと見回し、エルーナへと視線を戻した。
「離れるの、寂しいなって思ったら、つい……」
「コロコロしちゃってたのね?」
「そーなんだ」
「そう……」
エルーナはぽつりと返す。
部屋のなかは静けさに満ちていた。
「ルナー、どこー?」と呼ぶ小さな声が、窓の外から聞こえてきた。
エルーナはもぞもぞと姿勢を変える。おしりの位置を直して、マイコールの横に並んだ。
そして、ころんと仰向けになった。
「ルナ?」
きょとんとして、彼女のことを眺めていると、右にころん、左にころん……。
それから、マイコールを見つめてくる。
「寂しいと……、こうするのよね?」
エルーナはほんの少しだけ頬を緩めた。
笑うほどでもない、小さな、はにかみ。
「あ……、にゃはっ。そーだなっ」
笑顔がこぼれるマイコールも、横になって転がり始める。
ころん……、ころん……。
ころころ……、ころころ……。
陽だまりで、二人は口を閉ざしたまま、右へ左へ、ゆっくりと転がり続けた。何をしているのか、そう思うけど、不思議と良い気分だった。
「あ……」
「にゃ……」
ぽふん。タイミングがずれて、二人の身体が重なった。エルーナの懐に、マイコールがすっぽりと収まる。
彼女の温もりが、じんわりと伝わってくる。
「ぶつかって、ごめんなあ」
マイコールは離れるため転がろうとして。
きゅっと抱きしめられた。マイコールは、どうした? と思いながらも、身をゆだねた。
顔のそばに、ほのかな香りが漂う。
いつか嗅がせてもらった、やわらかなミルクのような香り。
彼女の胸の音が、心地よい。背中をトントンされているみたいな、優しいリズムだった。
「今日も、お日様みたいな香り……」
そう呟くと、エルーナは小さく息をこぼし、マイコールの頭にもふっと顔をうずめた。
耳元で囁く声は、少しひんやりとして、静かなものだった。
「あ、ルナ。見つけた」
扉のところに、ユキマルを頭に乗せたリアノンが立っていた。
「お昼寝してるの?」
「まあ、そんなとこだな」
にゃっこらせと起き上がり、マイコールはリアノンへと向き直る。吸い込まれるように、リアノンが抱きついてくる。
「マイコーとルナの香り……。うん、とても落ち着く」
鼻をすんすんとさせるリアノンは、ぎゅぎゅっと力を込めた。
「ん……、でも……」
「ど、どーした?」
モフモフに問題でも発生したかと、マイコールは自分の匂いを嗅いでみる。いつかのような変な匂いには、なっていないと思うのだが。
確かめるように、力を込め緩めたり、またきゅっとしてみたりを、リアノンが繰り返す。
そして今度はマイコールの周りをくるりと歩きながら、とろんとした瞳で観察を続けた。
「ルナ。尻尾、さわるよ?」
「え、ええ……」
リアノンの意識は、エルーナの尻尾へ向けられる。
マイコールの時と同じことを、またやっている。
しばらくすると、リアノンは立ち止まった。指先をこめかみに当て、トントンと考え込む。
「あの、リアちゃん?」
「ん?」
「私を探しに来たのよね?」
沈黙に耐えかねたエルーナが、遠慮がちに問いかける。
「そうだった。ちょっと、見てほしいものがある」
「わかったわ」
リアノンがエルーナの手をとって、扉の向こうへと消えて行った。
「……にゃんだったんだろ?」
マイコールは首を傾げ、もう一度だけ自身の臭いを嗅いでみるのだった。
◇
「依頼通り『A級クエスト・ギガントサウルスの討伐』達成となります。お疲れ様でした」
バルカンに肩車をしてもらってるマイコールは、カウンターの向こうを眺めた。
受付嬢が頭を下げ、報酬を渡してくれる。
「ほらよ、アニキ」
「ありがとな、バルカン」
バルカンが岩のような手で金貨をむんずと掴み、マイコールの持つ袋へと入れてくれた。
「結構、稼いだみてえだけど、足りるか?」
「こんだけあれば、大丈夫だろー」
マイコールはまだ正確に数えてないが、リアノンとの二人旅には、おそらく十分な金額だろう。
「そうか? まあアニキが言うなら、そういうもんか?」
バルカンが顎をかきながら、何かを考えている。
だが、少しすると「ま、いっか」と呟いた。
「バルカンが手伝ってくれて、助かったぞ」
歩くバルカンに揺られながら、ツルっとした彼の頭を肉球で撫でる。
「くすぐってえよ」
わずかに照れたような、低い声。
「でも、気持ち良いだろ?」
「そりゃ、アニキのプニプニだからな」
満更でもなさそうだったが、公衆の面前でやられるのは嫌かと思い、手をとめる。
「だけどよ、手伝うって……、荷物持ちと案内しただけじゃねえか」
「転移ダンジョンで、ひとっ飛びできたのも、迷子にならずに目的地まで行けたのも、バルカンのおかげだ」
「俺としちゃあ、もっとこう身体を動かしてえとこだったんだけどな」
そう言って、拳を素早く突き出す。
「まあまあ、もうちょっと辛抱しとけよ。完全に傷が癒えてねえんだからさ」
「アニキって、結構そういうところ頑固だよな。おっ、あそこの席が空いてるぞ」
のっしのっしとテーブルへ向かうバルカン。
なぜか視線がちらちらと向く。居心地が悪そうに、首元をかいている。どういうわけか、冒険者たちが道を空けてくれた。
左右へ避けた者たちからも、バルカンとその頭の虎猫へ、興味深い視線を注いでくる。
マイコールはやべえかもな、と思った。もう一押ししたら、バルカンが怒りそうな気配がする。
そんな時、進行方向の道に、ふっと割り込んできた者たちがいた。若い四人組。一番前にいる戦士風の少年は、なにやら気を張った様子で、こちらを見上げてくる。
「なんだ、てめえら……」
眉根を寄せ、バルカンが低い声で言った。
「喧嘩してえなら――」
「バルカンさんっ! 頭、触らせてくれませんかっ!」
「買ってやっても……、なんだと?」
少年が両手を差し出し、それを見つめるバルカンが固まるという、謎の構造が生まれた。
「なあなあ。バルカンの頭に、なんかあんのか?」
周りの反応からして不思議に思っていたマイコールが尋ねる。
「ほら、バルカンさんて、あの悪いS級の人と戦って生還したどころか、一矢報いたらしいじゃないですか」
「一矢っていうと……、あの噛み付いたやつかあ?」
「あ、こらっ! アニキっ!」
バルカンが焦った様子で、マイコールの口を塞ぐが、時すでに遅し。
ギルド内が、にわかにざわつき始める。
「S級って、王都に連行されたらしいジェルダンか?」「ほら、ここのギルド長が入れ替わったのも……」「噛み付くなんて、野獣みたいな奴だ……」などなど。
「どうしたら、そんなに強くなれるのかなって。話してたら、ある人が教えてくれたんです」
ざわめきの中で、少年はこほんと一息。
「『あのハゲオヤジの頭に、秘密がある。あんたも撫でさせてもらってから、頑張って訓練すれば、強くなれる』って」
少年は興奮した様子で言う。
そりゃ確かに、『頑張れば』少しずつでも強くはなれそうだ。
口に出すのもあれなので、マイコールは内心で留めておいたが。
「ハゲオヤジ……、それ、どこで聞いた?」
「検問所のところです」
「あいつ……、ゲンコツ十発は覚悟しとけよ……」
バルカンは拳を握り込んで、わなわなと震えていた。
「バルカン。それはそうと、どーすんだ? 待ってるぞ?」
きらきらと瞳を輝かせる少年には、悪気の欠片もない。
どっかの検問兵への怒りで、顔を真っ赤にしながらも、バルカンがしゃがむ。
「けっ、今日だけだぞっ」
「はいっ!」
少年が丁寧に頭に触れた。
感極待った様子の少年。残りの三人も、次々に触れていった。
最後に礼儀正しく頭を下げてから、去っていく。
周囲も気になっていたのは、その件であったらしい。いつものギルドの賑わいに戻りつつある中を、マイコールたちは席についた。
袋を覗き込んで勘定をしている間に、バルカンが木のジョッキを持ってくる。
ミルクがなみなみと注がれた方を、側に置いてくれた。
「ほら、バルカン。これ」
金貨を三枚ほど、バルカンへと差し出した。
やけくそ気味に酒を飲んでいたバルカンが、不思議そうな顔をする。
「あん?」
「おめえの取り分だぞ。手伝ってくれただろ?」
「そんなもん、アニキが預かっておいてくれや。俺、持ってるとすぐに使っちまうからさ」
ぞんざいに手で払う仕草をする。
「預かる? オイラが?」
「あん? アニキんとこは、財布握ってんの、リア嬢ちゃんなのか?」
「いや、オイラだなあ」
「なら、あってるじゃねえか」
「うにゃ?」
「……ん?」
二人揃って首を傾げる。会話が思いっきり噛み合ってない気がする。
「あっ! いっけねっ、忘れてたぜっ!」
バルカンがツルツル頭を、ぺちんと叩いた。
「俺も旅に同行するぜっ! よろしく頼むっ、アニキっ!」
「えっ、そーなのか?」
あまりにも唐突な展開に、マイコールは目をぱちくりさせてしまう。
「ああっ、リア嬢ちゃんに聞いたんだが、王都を目指すんだろ?」
「その予定だぞ」
マイコールは、つい先日にエルーナとやりとりをした内容を思い出す。
彼女の知る不老不死に関する話。
昔、とある国の機密文書を、一読する機会があったそうだ。アイルトン王国の内情が詳細にまとめられており、その一つに不老についての研究機関のことが記載されていたらしい。
そんなわけで、次の目的地は王都に決めたのだった。
ついこの前、騒ぎを起こしたことは気にかかるが、今のところお咎めの話もきてないし、どうにかなるだろう。
「アニキにも、色々と教えてもらいてえし、王都には闘技場とかもあんだろ? 強い奴と戦えそうじゃねえか!」
「なあなあ、岩石団の連中とか、マリアのことはいいのか?」
瞳をきらきらさせてるバルカンに、マイコールは尋ねる。
「おうよっ! もちろん話しはつけてあるぜ。そもそも王都って、冒険都市からだと、街を二つくらい挟んだところじゃねえか。そんなに遠くねえもんよ」
「話をつけた、かあ」
しっかり考えているように聞こえるのだが……。
ふと、ギルドに来る前、孤児院でのマリアの事を思い出す。
彼女は頬を膨らませながら、鋭い視線を向けてきた。なんかちょっとだけ、様子がおかしかった気もする。
ただ、ある程度の筋を通してバルカンが来たいというなら、止める理由もない。
「旅の仲間が増えるのかあ」
マイコールは、ぽつりと言葉をこぼした。
いつかの冒険都市を四人で回ったものとは違う。
リアノンと旅をするようになってから、本格的に仲間として同行者が増えるのは、初めての経験だ。
「三人旅か。また雰囲気が変わるんだろうなあ」
仲間が増えることなんて考えたのは初めて……、いや、違うか。
ふと、いつかの森の匂いが思い出された。
――オイラたちと、一緒に行かねーか?
そんな事を伝えようとして、それぞれの生き方があるからと、言葉を飲み込んだあの日。
「ん? 三人なのか?」
「んにゃ? オイラとリア、そんでバルカン……。三人じゃねーのか?」
「ユキマルとエルーナは? 一緒じゃねえのか? 俺はてっきり、そうだと思ってたんだけどよ」
「ユキマルは、あるかもしれねえなあ。でも、ルナは……」
そこまで言いかけて、言葉をつぐんでしまう。
「エルーナは都合が悪いのか?」
「森の中、ずっと一人で過ごしてきたんだぞ? 家の裏手に、誰かの御墓みたいなもんがあったし……」
「あー、なるほどな。そりゃあ、確かに……」
マイコールは木のジョッキに口をつける。
美味しいはずのミルクが、なんだか味がしない気がする。
「まあ、ずっと顔を見れねえわけじゃねえ。また会いに来りゃいいだろ」
バルカンが快活に笑っている。
「それもそーだな。王都と冒険都市なら、本気出せば一日で行き来が出来るからな」
「……そりゃ、アニキだけだっての」




