最終話 フワモフ旅
エルーナとリアノンを待たせている孤児院が、見えてくる。
マイコールは出発前の様子を思い出した。
リアノンは子供たちに囲まれ、読み聞かせをしていた。
エルーナは笑顔のマリアを相手にしていたが、何かをきっかけにして、建物の奥へと手を引かれていた。
その時に、ちらりとマリアが振り返ったが、頬を膨らませ、ずいぶんと怖い顔を向けられた気もする。
バルカンとマイコールは扉の前にたどり着いた。ドアノブに手をかけて、少しためらってしまう。
「どうかしたか?」
「い、いや……、なんでもねーぞ。たぶん……」
自分に言い聞かせるような言葉をこぼして、マイコールは扉を開いた。
来客に気づいた子供たちが、きゃあきゃあと玄関へと押し寄せる。そして一番最後にマリアが現れて、マイコールは思わず一歩引いてしまった。
怒っている。
腕を組み、頬を膨らませて、むぅ〜と睨んでくる。
どうすれば良いのか。聞きたくなって、バルカンへと振り返る。するとそこには、すたこらさっさと、背中が遠くなっていく彼の姿があった。
――あんにゃろーめ、逃げやがった……。
一人残されたマイコールは、マリアへと向き直る。
視線はバルカンを追ってない。何かをしでかしたのは自分なのだ。
「あなたたちは、向こうに行ってなさいですの」
「「「はーい」」」
マリアの一声で、素直に引き下がる子供たち。
いつもなら、言う事を聞かずに賑やかしてくれるのに。どうして、こんな時に限って……。
取り残されたマイコール。思わず唾を飲み込んだ。
「猫さん。わたしは、あなたに物申したいことがあるのですわ。なんだか、わかりますの?」
「えーっと……」
耳の付け根を かきかきしながら思い返してみる。
「あっ、そういやあ、マリアに頼まれたエルーナへの伝言を、伝えわすれてたっ! そのことか?」
「えええっ! あの時、絶対って言ったですの! 忘れるなんて、許せませんのっ!」
建物の外まで届きそうなマリアの声。
これはまずい。関係ない話で、火に枯れ草を盛大に入れてしまったようだ。
「もうっ! それについては後ですのっ! それよりもエルーナ姉さまのことですのっ!」
「ルナ? そーいやあ、姿が見えねえな」
子供たちに紛れてリアノンも飛び出してきそうなものだが、その中もなかった。
「エルーナ姉さまと、リアちゃんは、外へ行ってますの。鍛冶屋へ挨拶に行くらしいですの」
わずかに勢いを落としてくれるマリア。
「それで、ルナがどうしたって?」
「そうですの! エルーナ姉さまのことですの! 猫さんは、このままでいいんですのっ!?」
あっという間に再燃する様子に、マイコールはついていける気がしなかった。でも、「落ち着け」なんて言おうものなら、もっと凄まじくなりそうだった。
「よくわかんねえけど……。オイラ、ルナになんかしちまったのか?」
マイコールは少しだけ背中を丸めて、しょんぼりしてしまう。
なにを仕出かしたのか、思い出そうとしてみる。
「朝も挨拶返してくれたし……。あー、もしかして……、あれがまずかったのかなあ」
「むむっ! エルーナ姉さまに、何をしたんですの?」
「ルナが『ご飯、美味しい?』って聞いてくるからさ」
「うんうん」
「『ルナのメシは、いつもウマいぞ! 毎日食べてえくらいだ』って……」
「……」
「ご飯作るのって大変だもんな。それを考えずに、毎日なんて……、オイラってやつは……」
マイコールは重いため息をついた。
「あとで、謝らねえと……」
「それは、謝らなくていいですの」
手の平をビシッと突きつけ、マリアが断言する。
「うにゃ? そーなのか?」
「なんでこう男たちは、乙女心がわからないんですの……」
マリアが盛大にため息をついた。
「すまねえ、マリア。オイラ、『おとめごごろ』ってのが、わからねえ……。だから、教えて欲しいんだ」
真っ直ぐな眼差しを、マリアへと注ぐ。
「ルナは、何を気にしてるんだ?」
「そ、それは……」
マリアは続きを声にしようとして、首をぶんぶん振った。
「言えない、ですわ……」
「えっ? にゃんで? そんなことは言わねえでくれよう。オイラ、ルナのために知りてえんだよう。なあなあ、頼むよー」
「う……」
マイコールは藁をも掴む思いで、マリアへと寄った。
彼女を見上げて、一生懸命にお願いをする。
「もーっ! そんなに可愛く頼んでも、エルーナ姉さまが言わないなら、わたしが言えるはずないですのっ! ダメなものはダメなんですのっ!」
「うにゃん!?」
マリアに押しのけられ、マイコールはコロコロと床を転がった。その隙にマリアは奥へと逃げてしまう。
そんな、と床に座り込んだマイコールは絶望した。
ルナに悪いことをしてる。
それを教えてもらえないなんて、これからどうすりゃいいんだろう。
「……猫さん」
扉の向こうから、マリアが顔だけをひょっこり覗かせた。
「突き飛ばして、ごめんなさいですの」
「いや……、そりゃあ別に構わねえんだけど……」
じーっと、マリアを見つめる。
一言間違えると、逃げられてしまうかもしれない。そんな緊張感で、押し黙るしかなかった。
「エルーナ姉さまと、ちゃんと話すことをおススメしますの」
「にゃ? 話す?」
「大人になると、色々と面倒ですの。思いやりのはずが、重くなりすぎですの」
「……よくわかんねえけど」
「わたしから言えることは、もうないですのっ!」
扉がパタンと閉められ、マイコールは玄関に一人残された。
なにが悪かったのか、まだわからない。けれど、胸の奥がひどく落ち着かなかった。
◇
「今日は店じまい……。なんだ、虎猫のにいちゃんか。入んな」
「もぐもぐ……。マイコー、用事はすんだ?」
マイコールが鍛冶屋の扉をくぐると、小綺麗にされた鍛冶屋のカウンター近くに、エルーナとリアノン、おっちゃんが集まっていた。
ユキマルはすっかりおなじみになった、リアノンの頭上にいる。スカーフみたく首に巻きつけた、夕焼け色の布がよく似合っていた。
ユキマルが冒険都市に入れたのは、マイコールがS級だからこそ、同行者という扱いで特別に黙認されたからだ。
初めてS級が役に立った瞬間だ。
それにしても。
マイコールは建物を見回す。初めて来たときに比べると、だいぶ雰囲気が変わったものだ。
火と鉄の匂いが充満してたのに、今はどこか柔らかい。リアノンたちが居るというのもあるし、壁に飾られた一枚の絵のおかげもありそうだ。
リアノンが絵筆で描いた、おっちゃんの絵。
線は少し崩れてるところはあるが、確かにおっちゃんとわかる、優しい絵だ。
「マイコー。こっち来て。おいしいのあるよ」
「おう」
リアノンに呼ばれて、皆の方へ視線を移す。
マイコールは、マリアとの一件もあったので、エルーナをじっと見つめた。視線が絡むと微笑んで、手招きをしてくれる。
――いつも通りに見えるなあ。
「いる?」
椅子に腰を掛けたリアノンが、クッキーを差し出してくれる。
紅茶を練り込んだクッキーの香り。マイコールは、そのままパクリと口をつけた。
「ほら、ミルクもあるぞ。飲め」
おっちゃんが空いている椅子を、軽く叩いた。マイコールはひょいと飛び乗り、木のジョッキを手に取る。
ごくごく、ぷはあっ!
「空きっ腹にしみるなあ」
「それは何よりね。はい、今度はクッキーをどうぞ」
エルーナが摘んでいるクッキーを食べ、またミルクを飲む。
リアノンとエルーナから交互にクッキーを差し出される。そんな甘い時間がしばらく続いた。
「もぐもぐ……。このクッキー、ウマいけど。おっちゃんの家に、こんなのもあったんだな?」
おっちゃんとクッキー。水と油みたいに、なんか合わない気がした。
「おっちゃんっていうと、酒とその肴って感じだもんな」
「ワシも驚いた。クッキーを買う日がくるなんてな」
「わざわざ買ったのか?」
「ミルクに合うのは、肴よりもこれだろう」
おっちゃんがクッキーを摘み、頬張った。
ふむ、と重い声を漏らしていた。
その横で、一枚のクッキーが空を飛んでいく。よく見れば糸が繋がっていた。ユキマルの仕業だった。
虫だけでなく、クッキーもいけるらしい。器用に前足で支えて、ぱりぱりと食べている。
ユキマルを眺めていると、バルカンの言葉がよみがえってきた。
――ユキマルとエルーナは? 一緒じゃねえのか?
ユキマルは、エルーナの家に住み着く?
それとも森に返すのがいいのか? そんな事を考えていると、
「ユキマルが気になる?」
「そーだな。オイラたち、旅に出るだろ? ユキマルは、どうするのが良いのかなって……」
「それならたぶん、ついてくるよ」
「にゃ? そうなのか?」
「うん」
あまりにも言葉が少ないのに、当然のようにリアノンがうなずく。さすがのマイコールでも、ちょっと伝わらなかった。
「森はいいのか? もしくは、ルナの家もあるだろ?」
「わかんない。でも、ユキマル。なんかずっと頭から離れようとしないから」
「そうなのかあ」
「旅が嫌になるなら、きっと自分で決める」
なるほど、とマイコールは唸った。
どうするのが良いとか言ってしまったけど、決めるのは確かにユキマル自身だ。
――じゃあ、ルナは。
そこまで考えて、首を振った。
ユキマルと、エルーナは違う。
そう思い込んで、マイコールはミルクを飲んだ。
ユキマルが、ぱり、ともう一枚クッキーを割る。
「虎猫のにいちゃん、王都へ行くんだってな」
おっちゃんの声で我に返る。
「そーなんだ。ちょっと用事があってな」
「一つ頼んでいいか?」
「いいぞ」
おっちゃんが酒を喉へと流し込む。ぷはあっ、と息を吐いた。
「美味い酒を頼む」
「にゃはっ、いつも世話になってるからな。お安い御用だぞ」
◇
パンパンになったレザーリュックを担いで、外へと繋がる扉の前へ立つ。
マイコールは肉球でドアノブに触れた。一呼吸だけ入れて、ゆっくりと開けた。
朝の外気。ほのかにひんやりした空気が、毛を撫でる。
一歩、外へ出る。
リアノン、抱えられたユキマルが続き、そしてバルカンの足音が重なる。
振り返ると、そこにエルーナが立っている。
「少し冷える朝ね」
「そーだな」
エルーナの静かな呟きに、マイコールは短く答えた。
「お弁当を用意したの。良かったら食べてね」
「いつもありがとな」
「独り占めするのはダメよ?」
エルーナが、左眼だけを閉じた。
「そんな事、オイラはしねえよう。食いしん坊のバルカンなら、するかもしれねーけど」
「いやいや……、そんなことしたら、めちゃくちゃ怒られるじゃねえか」
バルカンが乾いた笑いを漏らした。
小鳥たちの声。
風が、花をそっと揺らした。
「あー……、そうだ。ちょっと用事思い出したから、先に行ってるわっ」
「にゃ!? おい、バルカン――」
「荷物なんて俺が持つからよ。ほら、行くぞ、ユキマル」
「キュイ!?」
「あ……、ユキマル……」
リアノンの呟きを意に介さず、バルカンは動いた。
半ば強引に荷物を奪い、バルカンはユキマルを腕に収める。
かさかさかさとユキマルは動こうとしていたが、その抵抗もバルカンには意味をなさなかった。
「わぷっ!? 糸を吐くなってのっ!」
バルカンの足音が、森の方へと遠ざかっていく。
「バルカンのやつ……。いきなり、どうしたんだ?」
「きっと、気を使ってくれたのよ」
口元に手を添えて、エルーナか穏やかに微笑む。
「……色々なことがあったわね」
エルーナがしゃがんて、マイコールたちと視線を合わせてくれる。
「大変なこともあったけど、それ以上に楽しいことがたくさんあったわ」
エルーナの指先がマイコールの頬を撫で、リアノンの髪を優しく梳いた。
「……そーだな」
「うん」
初めて出会った時が、昨日のように思い出される。
それから考えると、随分と遠いところまで来たものだ。
「また、遊びに来てね。私はここで待ってるから」
「もちろんだ。ちゃんとリアや皆と……、来るぞ。約束だ」
マイコールが手を伸ばす。
エルーナが肉球を、きゅっと握ってくれる。
「それじゃあ――」
「また――」
お別れの言葉と共に、お互いが手を離そうとした。
次の瞬間。
「ダメ」
リアノンが二人の手を、ぎゅっと掴んだ。離れないように、くっつける。
「リア?」
「リアちゃん?」
とろんとした瞳が、マイコールたちを捉える。
「マイコー」
ぎゅむっと抱きついてくる。
モフモフに顔を埋めて、何かを確かめる。
「ルナ」
今度はくるりとエルーナの後ろに回って、尻尾を抱く。フワフワに頬を寄せる。
「……違う」
「違……、う?」
エルーナの声が揺れる。
「な、何がだ?」
マイコールは戸惑った。
「やっぱり……、モフモフも、フワフワも、元気がない」
その声はとても寂しそうで。
「二人とも悩んでる。だけど……、わからない」
どうしてか、その言葉が心に染みた。
「言ってくれないと、わからない」
そこで、ハッとする。
――オイラはずっと、ルナのことを考えていた。
森を守るだろう、とか。
ここに残るだろう、とか。
でも。
ルナの口から、何も聞いていない。
話したつもりでいたのは……。
ルナを思った自分とだけだった。
「……ルナ」
繋がれたエルーナの指先が、かすかに震えた。
マイコールが見つめると、瞳が揺れる。
それはすぐに静かな微笑みに戻ったけれど、胸の奥までは隠しきれていなかった。
「オイラ……、ルナと一緒に旅がしたいって、思ってたんだ」
繋がれた二人の手。マイコールは自然と力が籠る。
「でも、ルナにも色々とあるかなって……。オイラの気持ちを押し付けちゃいけねえって、言えなかった……」
喉が、少しだけ熱くなる。
それが優しさなのか。それとも怖かっただけなのか。
だけど、今だけは言えた。
目を背けたくなる気持ちを抑えて、マイコールは真っ直ぐ見つめた。
エルーナは口を開きかけて……、
伝えたいことはあるのに、上手く言葉にならないようで。
胸に手を添えて、小さく息をこぼしてから、言葉を紡ぎ始めた。
「……私はね」
視線が、ほんの少し森の奥へと流れた。
「大切な人を、守れなかったことがあるの」
それ以上の説明はない。
風が、花を揺らす。
「だから……誰かと一緒に未来を歩く資格なんて、ないと思っていたわ」
声は穏やかだ。けれど、ほんの少しだけ、震えている。
「でも……」
そこで、ようやく二人を見る。
「あなたたちと過ごしている時間が、あまりにも温かくて」
握っていた肉球に、ほんのわずかに力がこもる。
「また、誰かと並んで歩きたいって……思ってしまったの」
静かに、でも弱くはない。
ほんの少しだけ視線を落としてから、エルーナは顔をあげた。
「……一緒に、歩いてもいいかしら」
彼女は、微笑んでいた。
マイコールとリアノンは、顔を見合わせる。
そして、ほころんだ。
「うん。もちろん」
「一緒だぞ」
三人は手を繋いだまま、一歩踏み出す。
並んだ足跡が、森へと続いていく。
【あとがき】
プニモフ冒険記をここまで、読み終えてくれた皆様。
本当にありがとうございました。
作品も無事に完結を迎えました。
ささやかながら、あとがきを書いてみようと思います。
少しの間、お付き合いください。
小説を書いて投稿しようと思い立った時、まず最初に思ったのは、「執筆しながら読者様の反応をみて、継続をしていくスタイルは、私が途中で力尽きてしまうかも⋯⋯」ということでした。
今作品の主人公のマイコールは、私が大切にしているぬいぐるみがモデルだったので、絶対に最後まで描き終えたい。
そんな思いもありましたので、まず完結まで書き切ろう。
そうすれば途中で終わってしまうことは絶対にない。
そうして執筆活動を始めたまでは、良かったのですが⋯⋯
誰にも見てもらうことなく、ただひたすらに書き続けるというのも、なかなか心が折れそうになる。
そう感じたのも、今では良い思い出です。
なにはともあれ書き終えて、投稿を始めることは出来ました。
しかし、今度、気になるようになったのは――
果たして読んでもらえてるのだろうか。
そんな不安でした。
PVが0の日もあったりして、皆に読んでもらえる内容を書けてなくてごめんよと、ぬいぐるみに謝ったこともありました。
途中で、投稿しても読んでもらえないなら、意味がないのかも。
ふとそんな考えが過ぎることもありました。
それでも投稿を続けられたのは、アクセス解析で数人の方が、毎日最新話を読んでくださってるようだったからです。
とても励みになりました。
読んでいただいて、ありがとうございました。
もしこの物語が、皆様の心を少しでも温かく出来ていたなら、とても嬉しく思います。
次回作もつい先日書き終えました。
次回作
【呪いのビスクドールがヤンキーに拾われました 〜不幸にするはずが、なぜか私がビビってます〜】
令和8年5月24日(日)〜 初回は数話投稿。
以降は水、金、日曜日の週三回更新予定です
※タイトルは変更の可能性があります
またお会い出来る日を楽しみにしております。
それでは
にゃはっ♪




