表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
70/75

第六十九話 爆炎の魔術師

 細々とした灯りを頼りに、リアノンは地下通路を駆け抜けた。

 炎魔術が飛来した瞬間も何度かあったが、周囲が暗くて、走りながらでは扱いも雑になるようで、ここまではどうにか掻い潜ることが出来た。


 階段を登りきって、重い扉を押し開け、転びそうになりながら廊下へ飛び出す。


 地下とは違う、磨かれた床に伸びる絨毯。

 高い天井、ジェルダンという男が描かれた絵画。

 急に明るいところへ来たので、わずかにくらっとする。


 後ろからは、相変わらず罵声が飛ぶ。


「逃げられると思ってるのっ! この泥棒猫っ!」


 振り返ると、赤毛の女が階段を登り切るところだった。

 右手を構えてくるが、魔術は飛んでこない。舌打ちをして、床を蹴った。


 リアノンも廊下を駆け抜ける。

 長い廊下を走り、勢いのままに角を曲がる。

 シャンデリアが吊るされた、広い玄関ホールの空間。


 両開きの大きな扉。マイコールが出て行くとき、その扉から教会へと向かった。


 外へと繋がる光がそこにある。

 あともう少し――。

 ユキマルを抱え直し、リアノンは最後の直線を駆ける。

 その瞬間。


 頭上で何かが爆ぜた。

 軋む音すら飛ばして、玄関天井が崩れ落ちてくる。

 リアノンは咄嗟に身を翻して、転がるようにして逃れた。

 背後で連続する轟音、そして舞い上がる石煙。

 振り返り、そこにあったものは。


 両開きの扉が、瓦礫で塞がれていた。


「はぁっ……、はぁっ……、逃さないわよ、泥棒猫……」


 玄関ホールの入口。

 息を切らせて左手を膝についた赤毛の女が、右手をどうにか天井へと向けていた。


 パラパラと、小さな石片がこぼれ落ちてくる。

 頭上にある豪奢なシャンデリアがわずかに揺れた。


「あんたのせいで屋敷を壊す羽目になったじゃない! あげく、人質まで奪われたって言ったら、ジェルダン様に何をされるか……っ!」


 喚き散らしていた女は、ふと視線を上げる。

 リアノンと目が合う。


「あら……、あんた」


 一瞬だけ、声音が変わった。


「駄猫の連れじゃない。罠があったはずなのに……、王都から戻ってこれたの……」

「二人で、頑張ったから」

「じゃあ、本当にジェルダン様に傷をつけたのは……。いえ、今はどうでもいいわ」


 息を整えながらも、赤毛の女は小さい希望を瞳に浮かべて、口元を歪ませた。


「駄猫の仲間。しかも、魔物よりも使えそう。捕まえたら、どうにか許してもらえそうね」

「ダメネコじゃない。マイコーだよ」

「そんなの、どうだっていいのよっ! あんたを縛り上げてやるわっ!」


 赤毛の女が勢いよく右手をリアノンへ向けた。


 魔術が来る。

 リアノンはじっと見つめた。右か、左か。

 どちらに跳ぶか、考えていると。


 魔術はこない。赤毛の女の視線が、周囲へと向けられ、唇を噛み締めた。


「ふんっ、今なら酷いことはしないであげるわ。だから、無駄なことはやめて、大人しく捕まりなさいっ!」

「それはダメ。わたしは、マイコーのところへ行く」


 提案をバッサリと切り捨てる。


「私の魔術の腕を見てから、泣いて後悔しても、遅いわよっ!」


 赤毛の女が右手の人差し指だけを向けてくる。

 指先に赤いものが灯った。

 小さな火種。

 次の瞬間、一直線に放たれた。


 右手でユキマルを抱えたまま、リアノンは地面を蹴って、身体を横へ投げ出した。


 目標を失った火。しかし、壁に当たる寸前、小さく萎み、そのまま消えた。


「ほらほらほらっ! じっとしてると燃えちゃうわよっ!」


 一発、二発、三発――撃ち出される火種。

 リアノンは横へ転がり、急制止して予測を外させ、倒れ込むように跳んで避けた。


 ユキマルが小さく身を縮める。

 苦しそうだった。でも、立ち止まる余裕はない。


 女の指先をしっかりと捉え、撃つ方向、そして撃つ時に集まる火を見逃さない。

 そこだけを、ひたすら見る。


 確かに早い。だが、マイコールの背中にいる時の、景色の流れには及ばない。


 しかし、見えても、身体は簡単に追いつかない。

 何度目かの一撃。身体は避けても、ひらりと翻ったローブに火が絡みつく。


「ほーら、燃えていくわよ。早くしないと大変なことになるわねっ」


 意地の悪い言葉が振りかかる。

 熱い。焦げる臭いがする。

 リアノンは咄嗟にローブを脱いで、足で火種を揉み消した。


「熱いでしょ? 怖いでしょ? もっと大きくて、爆発するような炎だって、作れるのよ?」


 赤毛の女が、愉快そうな視線を向けてくる。


「もう一度だけ、機会をあげるわ! 大人しく捕まりなさいっ!」

「……ヤダ」


 リアノンは、ぽつりとこぼした。


「あんたの手、震えてるじゃない! 怖いのに、なんでそうなるのよ!」


 言われて気づく。

 左手も、ユキマルを抱える右手も、自分でわかるほどに震えていた。

 見上げてくるユキマルの瞳が揺れていた。


 痛いのも、熱いのも、嫌だ。

 でも――。


「マイコーが、待ってる」

「あんな駄猫っ、最後はジェルダン様にやられて、おしまいよ!」


 強い言葉で圧を掛けてくる。

 早く折れろ、と。

 リアノンは、赤毛の女を見つめた。


「待ってる」


 静かなのに、どうしてか良く通る声。

 手は、もう震えてはいなかった。


「……なんなのよ」


 赤毛の女はうつむく。両手が怒りで震え始める。


「あの時も……、そう。駄猫と一緒で幸せだのなんだの……。本気でそう思ってる顔をして……。私を……」


 わずかな間をおいて。

 赤い発光が、指の隙間から滲み出る。


「私を、否定するなぁぁぁ!」


 両手を振り上げた。

 炎が左右へと分かれて地面を走り、絨毯を裂いた。

 焦げた臭いが鼻を突く。そして炎は行く手を遮るように消えない。


「逃さない、絶対に。あんたは丸焦げにして、駄猫に晒す! 絶望する駄猫を見れば、ジェルダン様はきっと満足して、全てを許してくれるわっ!」


 赤毛の女が両手を真上へと掲げた。

 初めは小さな球体。

 だが、両手から立ち昇る赤い光の線を吸う度に、徐々に膨らんでいく。


 完成までに猶予はまだありそうだが。

 横へ――無理。

 さっきの炎が、逃げ道を縫い止めている。

 踏み込めば、焼ける。

 道は前にしかないが……。

 前に出たら、たぶん途中でも撃ってくる。


 炎の魔術は確かに強力。

 でも、撃つのはあの女の人。

 手の届かない距離にいるけど。

 この距離をどうにか出来れば。


「……キュイ」


 ユキマルが腕の中でもぞりと動いた。


 逃げたいのかな。そう思ったが、違うと気づいた。小さな口元をもぞもぞと動かし、赤毛の女を見据えている。


 何度か見たことがある。

 餌になる虫を前にしたときの、あの目。


「……やるの?」


 返事はない。それでも――。


「ユキマル」


 名を呼べば、ちらりと見上げてくる。


 いつかの陽だまりの下。

 マイコールの頬を借りて試した、あのことを思い出す。

 あの時は確かに失敗した。でも、その後だって何度もやってみた。まだ、ちゃんと上手くいったことは、数回しかないけど。


「のびーる……きれない……」


 リアノンは、自分の左頬を引っ張り、ぱっと離した。

 それを見たユキマル。

 その口元で糸を練る動きが、確かに変わった。


 ユキマルの視線を、自分のものと合わせる。


「わたしが示すとこ。良く見て」


 炎はなおも膨らみ続けている。熱が頬を刺す。

 赤毛の女の両手は高く掲げられたまま。視線は、もうリアノンしか見ていない。


 ――今じゃない。

 まだ。


 炎球が、さらに一回り大きくなる。


「ちょっと大きくしすぎたかしらねっ!」


 赤い光が揺らぐ。


 獲物を仕留めようとする時が、一番隙だって。マイコールが、笑って言っていた。


 リアノンは、あえて一歩、後ずさる。

 逃げ場がないように見せるために。

 赤毛の女の口元が、勝ち誇ったように歪んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ