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第六十七話 託されたもの

「随分と乱暴なことをする。教会への冒涜は、神様から罰が下ってしまうよ、マイコール君」


 壇上にいる黒衣の男が、両手を掲げて大袈裟に言ってみせる。


「乱暴なのは、おめえもだろ?」


 マイコールは腕を組んだまま、ジェルダンへと鋭い視線を送る。


 わずかな沈黙。

 互いの視線はぶつかり合い、どちらも決して目を逸らさない。


 教会の上から飛び込んだ後。視界に映った彼女は、思い詰めたような顔をしていた。

 本当は背後にいるエルーナへ、声を掛けてやりたい。

 だけど、そんな彼女を見ない。

 見てしまえば、心が揺れてしまう。


 式を止めた。しかし、まだ終わってはいないのだ。


 決して緩めず、次の一手を打ち込んでくる。隙を見せれば、喉を切り裂いてくる。


「やれやれ……。これから愛しの君に指輪を贈るところだったのに、無粋なことだ」


 ジェルダンは手に乗せたものを確認すると、そっと懐に収めた。


「それにしても、想像以上に速く戻って来たものだね。君を過小評価していたよ」

「ホント、王都では色々とやってくれたもんだよなあ」


 マイコールは軽く返した。だが、本人の意思とは関係なく、背中の毛が自然と逆立つ。


「僕からの贈り物は、どうやら楽しんでもらえたようだね?」


 素直に問いかけてくるジェルダンに、マイコールは小さく息を吐いた。


「楽しくはなかったぞ。オイラのためにあんな騒ぎを起こすな。迷惑だ」

「それは残念なことだね。でも、僕の方は、とても楽しめていたんだよ?」


 口元に手を当てて、ジェルダンが笑う。


「君がエルーナと……、あの獣みたいな男と、別れて行動してくれたおかげでね」


 纏わりついてくるような声が、とても耳障りだ。


「君が離れたから、二人は色々と大変だったんだよ? 王都へ一緒に行っておけば、良かったのにね」


 この話し方だ。まるでこちらが悪いことをしたかのように、心に付け込んでくる。


「地面の中を逃げ回って、疲れ切ってしまったあの姿……。

 本当に可哀想だったね。

 それもこれも、君のせいだとは思わないかい?

 君が置いていかなければ、あんなことにはならなかった。

 僕は、そう思うなあ。

 でもまあ、エルーナにとっては、良かっただろうね。

 僕の妻になることが早まったのだから」


 本当に次から次へと、よくもまあここまで話せるものだ。


「なに言ってんだ。もしも一緒に動いても、その時は、もっと嫌なことを王都で仕掛けてきただろ?」

「まあ、否定はしないね」

「どっちに転がっても、都合の良いように何かをやらかすだろ? オイラが離れたから、じゃねえんだ。おめえがやったから、起きるんだ」


 マイコールは視線の鋭さを強めた。


「だとしたら……、仲間はもっと選んだ方がいいね。僕からの贈り物に、耐えられるようにね」

「なに言ってんだ?」

「ふふ……。あの獣みたいな男のことだよ。とぼけても意味がないからね? 僕が直々に相手をしてやったんだから」


 獣みたいな男と聞いて、ようやく思い当たる。


「バルカンのことか」

「僕に一度やられているのに、それでも学ばず、また負ける。彼が愚かなおかげで、エルーナをたやすくこの手におさめられた」


 ジェルダンが人差し指を向けてくる。


「仲間をみる目は養ったほうがいい。弱いことは、それだけで罪だからね。ああ、でも彼にかぎっては、その心配はもうないのかな?」


 わずかな間を置いて、


「死んでいれば、関係のないことだからね」


 教会にジェルダンの言葉が響いた。

 後ろから、エルーナが息を呑む音が、かすかに聞こえてきた。


「死んでねえよ」


 教会の中央に立つ虎猫は、静かに言った。


「オイラが確かめた。それは間違いねえ」


 ジェルダンの目元が一瞬だけ歪んだ。


「なあ、ジェルダン」


 マイコールは、構わずに続ける。


「さっき……、バルカンは負けた。おめえはそう言ったな」

「間違いないね。事実なのだから」

「オイラは、負けたとは思わねえ」

「ははっ! 何を言ってるんだい? 彼が勝っているというなら、僕はここにいないじゃないか。それとも、気持ちでは負けてないとでも?」


 心底おかしいと言った様子で、ジェルダンは笑い始める。

 そんな彼に、マイコールはぽつりと告げる。


「あいつは、繋げたじゃねーか」

「……なに? 繋げた、だって?」


 我に返って考え込む様子のジェルダンに、マイコールは言葉を紡いでいく。


「そのマントの留め金。壊されて直すのに一日をムダにしたって聞いたぞ」


 ジェルダンの瞳が、わずかに細まった。


「……それがどうしたんだい?」

「頭が良いはずなのに、分からねえのか? それとも認めるのが嫌で、考えてねえのか?」

「なんだと……」

「一日だ」


 ハッキリと言ってやる。


「たった一日。バルカンがその留め金を壊して、生み出したもんだ」


 あの時のバルカンは、留め金しか届かなかったと言った。

 だけど、今だからこそ、わかることがある。


「でもな、その一日があったからこそ、オイラはこの瞬間、ここに立っていられるんだ」


 ジェルダンの口元から笑みが消える。


「バルカンはやりきった。オイラに繋いだんだ」


 視線は逸らさない。


「それでも、あいつは負けで、自分の勝ちだって、胸を張って言えるってんなら――」


 ほんのわずかの間を空けて。

 低い声で、静かに突きつける。


「おめえ、ずいぶんと小せえなあ」


 マイコールの声が、静寂に染み渡っていく。

 一拍……、二拍……。


「なんだって?」


 ぴきりと、空気が割れるような気配。

 ジェルダンが初めて大きく揺らいだ。


 マイコールは、思った。

 この場から逃さず、こちらへ強い意思を向けさせるには。

 ここしかない、と。


「それは――」

「オイラ、気づいちまったんだよ」


 立て直すような隙は与えない。

 焦らず、相手の言葉にそっと被せていく。


「おめえ、怖がりだもんな」

「僕が、怖がり?」


 わずかな亀裂を、


「そうだろ? だって、オイラみたいな虎猫族に、あれこれ頭を使ってやってるのは、裏に隠れてこそこそするばっかじゃねえか。ぜんぜん、向かってこねえもんな」


 さらに押し込んで広げていく。

 じっと見つめて、ジェルダンへと強い視線を送る。目をそらすのは許さないと、逃げるなと。


「オイラが、怖いんだろ?」


 いつもだったら使わない、強い言葉。


「エルーナのことだって、そうだよな」


 さらに畳み掛ける。


「側にいて欲しいって……、幸せなことがあると静かに微笑んでくれる、あいつに……。一緒に居てほしいって思うなら……」


 一瞬、森での日々が胸をよぎる。


「真正面から、思いを伝えろよ」


 声に、わずかな熱が滲む。


「でも、それもできねえ」


 赤毛の女の姿が浮かぶ。

 何かに怯え、強い言葉にすがっていた。

 手放しかけてる心を、どうにか繋ぎ止めていたのだろう。


「おめえが欲しいのは、そこにいるエルーナじゃねえ」


 鋭く切り裂く。


「なんでも言う事を聞く、人形だ。

 ――そんなもんに、

 エルーナを巻き込むな」


 その一撃は、確かにジェルダンに届いていた。

 顔から感情が抜け落ち、どうしようもなく冷たいものになる。


「僕が君を怖れてるいる? ありえない。君は僕に一度、負けているじゃないか」


 そうだなあ。いつもならば、きっとそう言っていただろう。


「場外に出て、な。あれで勝ったつもりか?」


 言い返した自分に、わずかな違和感がある。

 本当に、らしくない。

 勝った、負けたで揉めるなんて、好きじゃないのに。

 だが、ようやく、ここまでたどり着けた。


「ごちゃごちゃ言うのは終わりだ。おめえらが大好きな、勝負ってやつに、乗ってやる。

 勝った奴が、正しいってなら――」


 マイコールは右手を前にだす。掛かってこいと、手で招く。


「戦って、白黒つけようじゃねえか」


 静寂が落ちる。


「……いいだろう」


 ジェルダンは、マントを脱ぎ捨てた。


「ふっ!」


 静かな気合いと共に、ジェルダンの全身へ、光の粒が集約していく。

 マントが床へ触れる――その瞬間。


 教会の中央。あったはずの影は、もはやそこにはない。

 半瞬遅れて、床が割れる。


 わずか一拍。

 距離を潰し、煌めく右爪。マイコールが、肉薄する。


 火花が散る。

 ジェルダンには届かない。

 阻んだのは、彼の右手に生まれた光剣。


 爪を走らせる。二撃、三撃――。

 だが、斬り込めない。


 懐へ張り付きながら振るう爪。

 後方へと下がりながら、光剣で正確に、無駄なく、捌き続ける。


 攻防の間にも、光の粒が身体を這うように覆っていく。

 隙間を許さず、重なり合い、輪郭が鮮明になっていく。


 嫌な感じだった。だが、まだ間に合う。


 息もつかせぬ連撃。

 壁際は、すぐそこにある。追い込んだ。

 手数で押し込めっ――!

 その瞬間。


 ジェルダンが垂直方向へ跳んだ。壁に足が触れる。

 止まらない。

 後退の勢いのまま、軽やかな歩調で、壁を踏む。

 一歩、また一歩、踏んでいく。


 足を掛けられる突起は、確かにある。

 だが、彼の足はそれを選ばない。踏むのは、ただの平面だ。

 靴の裏にわずかな光。それは無数の小さな刺のようだ。


 迷いなく登っていく。

 まるで地面であるかのように。


 それでもマイコールは前に出た。

 強化肉球の反発で加速を生む。瞬時に突起を見極めながら足を掛け、右へ左へ跳び回り、一撃離脱による爪撃を仕掛けていく。


 手数から威力へ。


 だが、どうにもやりにくい。

 身体はどうしたって、地面に引かれる。

 一度の跳躍の力は、すれ違いざまの一振りにしか載せられない。


 そして距離がわずかでもあけば、跳躍の線を予測し、剣を振るう余力を与えてしまう。


 初めは数度に一回、やがて二度に一回。

 徐々に呼吸が合わせられ、重い反撃が降ってきた。

 高低差の優位性も、じわりと効いてくる。


 真っ向から受け止めれば、そのまま地面へと叩き落とされてしまう。

 踏ん張れない空中戦の中で、自らの意思で懐へと飛び込んでいるはずなのに、気づけば迫る光剣を捌き、流しているのは自分だった。


 そして完成する――光の鎧。

 ジェルダンの口元が歪み、剣の動きがわずかに緩む。


 懐に届く、糸のような隙。

 油断か、誘いか。

 考えるよりも先に、身体が動く。

 強化と加速を、爪へと集約。

 全部を載せて、光の鎧へ叩き込む。

 鈍い衝突音が、教会で反響する。


「くうっ!?」


 爪に伝わるのは硬質な感触のみ。

 光は歪みもせずに、そこにあり続けていた。

 ジェルダンは、一歩も動かない。


 硬すぎる。爪では通らない。ならば――

 叩く。


 側にあった突起に尻尾を引っ掛け、その反動で身体を真上へと跳ね上げる。

 ジェルダンを追い抜き、反転しながら天井を肉球で捉えた。

 強化肉球が弾む。そこにありったけの横回転を重ねる。


 空気が唸り、生まれるのは小さな竜巻のような渦。

 その衝撃の全てを尻尾に託し、

 背後から、叩き込む。


 轟音が教会を揺らした。

 ジェルダンの身体が床へと弾き飛ばされ、教会の長椅子をいくつか破砕した。


 マイコールは壁にある突起に掴まり、瓦礫の向こうを油断なく見据える。

 手応えは、確かにあった。

 いくら鎧が硬くとも、衝撃は中に届く。無傷で済むはずがない。

 だが。


「どうなってんだ……」


 マイコールは、ぽつりとこぼした。

 ジェルダンが平然と立ち上がり、鎧についた木くずを、丁寧に払っていた。


 露わになっている顔ですら、気にする様子もない。

 ジェルダンがゆっくりと、こちらを見る。

 その視線には焦りも苛立ちもなく、淡々とした余裕だけがあった。


 ギルドの地下でもそうだった。

 手加減していたとはいえ、触れても傷一つすら負わせられなかった。

 一撃で終わる相手ではないと、わかってはいた。たが、ここまでとは思っていなかった。


 手札は、まだある。だが、それも決して多くはない。


 ジェルダンの動きを見据え、次の手を探る。そうしながらも、頭の片隅ではもう一つの戦場のことを思った。


 リア。

 頼んだぞ。



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